short novels

□今日からリア充
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二月といえば節分だと、あたしは声を大にして言いたい。バレンタインとかね、リア充のためにあるようなもんじゃん。独り身は肩身が狭いんですよ。や、別に良いんですよ、友チョコ美味しいし、チョコ好きとしては楽しいもん。

でも恋心を伝えるためのイベントじゃないからね? 家族に渡しなさいよ家族に。

大体バレンタイン司祭が処刑された日に、わざわざその人の名を付けて愛の日にしなくたっていーじゃん。お菓子会社の企みに乗り過ぎ。

…八つ当たりです、はい。

「…はー…。」

本日何度目かの溜め息。幸せが逃げる? いやいや、逃げる幸せすらないんで。

今日は二月十四日。所謂バレンタインデー。だけどあたしは図書委員で、図書室に一人。本当に一人。だってこんな日に人なんか来ないもん。暖房の効かないここで、寒いなか独りぼっちだ。何て寂しい人間でしょう。

八つ当たりの理由は、そんなとこ。いや、本はすごい好きなんだけど、することもないまま寒いなかぼっちって状況が辛い。ただただページを捲ってるだけ。因みに今読んでるのは「夜は短し歩けよ乙女」

そんな中、廊下を駆ける足音がした。お客さんかな、と目を向けたタイミングで、ドアががらっと、少々乱暴に開けられた。

「…えっ。」
「…ドーモ。」

低い声で、そして普段より強張った表情で低く挨拶してきたのは、クラスメイトの流川さんだった。

何か借りるのかな、と気になるけれど、凝視するのも可笑しいし失礼だろうから、手元の小説に目を落とす。だけど、いつも通り本の世界に没頭しようとしたところで、現実に引き戻された。

廊下を駆ける沢山の足音。一瞬、動物かなと思わされるけどすぐさま否定する。だって、流川様って叫んでるもん。多分この図書室にも来るつもりだ。

すっと視線を流川さんに移す。先程より更に強張った表情をしていた。仕方ない、一肌脱ぐか。

「流川さん、隠れます?」
「…ドコに?」
「カウンターの下に。」
「…オレでも入れるか?」
「試してみましょう。」

暫く俊巡した後、今自分が選べる状況にないことに思い至ったらしく、こくんと流川さんが頷いた。可愛かった。





ぴしゃん、と叩きつけられるように開いたドアに肩が跳ねる。開けた主を見やると、呼吸を乱したうえに鬼の形相の女生徒達がいた。

「ど、どうかなさいましたか?」

足元に、詳しく言えばカウンターの机の中にいる流川さんに、足をぶつけないよう注意する。死角になっていて彼女等からは見えないから、丁度良い。

「流川クン知らない?」
「え、クラスメイトですけど…。」
「そうじゃなくて、居場所よ。」

リーダー格と思われる、おそらく普通にしていれば美人の、でも今は表情のせいで恐ろしく見える女生徒に問われる。すごい意気込みだ、怖い。

「体育館ではないんですか?」
「いなかったわ! 体育館くらい、私達だって一番に探すわよ!」

うひゃー、こっわ。

「すっ、すみません…。」

怯えたように、でも申し訳なさそうに謝ってみる。七割本心の三割演技だ。微妙な比率。それが効いたのか、女生徒が表情を和らげた。

「良いのよ。…ごめんなさい、八つ当たりしちゃったみたい。」
「いえ…。」
「邪魔したわね。騒がしくしちゃってごめんなさい。」

じゃあ、と集団が去っていく。兵士か、と言いたくなるほど統率が取れていて、それがまた怖かった。女こえー。

残り香が、女の存在があったことを知らせる。化粧品や、香水の匂い。沢山のそれらが入り交じって気分が悪くなる。

「…流川さん、多分もう大丈夫だよ。」

一声かけてから立ち上がる。やばいやばい、空気悪い。換気しなきゃ換気。全ての窓を全開にして、如月の容赦ない風に耐える。うおおお寒いぜ。

「…さみぃ…。」
「あっごめんね。でも空気、すごく悪かったから。」

頭痛くなりそ。香水は好きだけど、色々混じるときつい。しかも何か、安っぽい匂いだ。どうせならロクシタンにしましょうよ、ねえ。

「イヤ、別に…。」
「流川さん、部活は?」
「…来るなって言われた。」

おお、どんまい。

「そっか。」

お疲れ様、と労うと、ドーモと返された。何となく笑ってみてから、腕時計に視線を移す。あと五分でここも閉めなきゃ。その旨を流川さんに伝えると、分かったと頷いた。

そして唐突に、

「…ハラ、減った。」

などと呟いた。いやいや、それならチョコ貰えば良くね。ああでも、フるのとか大変そうだもんね。

「チョコ…、余りで良ければ、一つあるけど。…どうする?」
「…甘過ぎねーか?」
「多分。」

じゃー貰う、と大きな手が、差し出したチョコを受け取る。中身は、生チョコとフォンダンショコラとココアクッキー。無論全て手作りである。クーベルチュールチョコレート使用なので、そう甘くはない。

「…旨いじゃん。」
「お褒めに預かり光栄です。」

更に言うと、無印良品のキットを使ってます。だってこれ美味しいから。

「ごちそーさま。」
「お粗末様でした。」

じゃあそろそろ閉めるね、と立ち上がる。微妙に頬が熱い。いや仕方ないよね。一悶着あったとは言え、想いは伝えられなかったとは言え、想い人にチョコを渡せたら、嬉しいじゃん。緊張しちゃうじゃん。

しかも目の前で食べて、美味しいって言ってくれたんだもん。
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