short novels
□初接近
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《楓視点》
勤めている図書館に、時折やって来る風変わりな男がいた。長身に、長く美しい黒髪の男。顔立ちも端正で、女の司書たちの間では噂になっていた。
…あたしは苦手だったけど。
一目で上等だと解るようなブランドものの服。上質な布が使われていて、シンプルだが質感からして違う。身に付けているものたちが、それなりの立場を匂わせる。
外見良し、お金あり、つまりいけすかない。
第一あの目がね、真っ黒なんだよ。いやあたしだって漆黒ですけどね、あの人は漆黒どころじゃない。何て言うか、闇みたいな感じ。光がない。つまり超怖い。
もう一度言う。
「ねえ、オレとお茶でもしない?」
あたしはこの人が苦手だ。
「えーっと…。」
「もしかしてまだ仕事ある?」
…あと十分くらいで帰れる…。
…嘘はつきたくないしなあ。ポリシーに反するし、なんかばれそうで怖いし。
「…もうすぐで帰れます。」
「そう。じゃあ、この後用事は?」
「え…、ない…ですけど…。」
「じゃあ、オレとお茶する時間は?」
へえ、意外と紳士なんだ…。ちゃんと意思を聞いてくれている。
「…なくはない、です。」
目を逸らすのは失礼な気がして、本音をいうと、敗けの気がして、しっかりと闇を見つめる。
「…近くにケーキ屋があるの、知ってる? 良かったらそこでお茶したいんだけど。」
「あ、知ってます。あそこのケーキ美味しいですよねー。」
テンションが上がって声が弾む。ここ図書館だよ、と男に指摘されて頬が熱くなった。恥ずかしい。だってあたし、司書なのに。
「う…、すみません。」
「謝る必要ないよ。ケーキ好きなんでしょ?」
「あ、はい…。」
気恥ずかしくなって俯くと、男が屈んで、カウンター越しに顔を覗きこんできた。しかも、下から。今までに経験したことのない事態に動揺してあわあわしていると、
「顔、まだ赤いよ。」
と、からかっているのかどうかさえよく解らない無表情で、平坦な声を聞かされた。
「そっ、そんなこと、…ありますけど…。」
「ん? あ、うん。」
「た、体質なんで仕方がないんです。」
「だろうね。顔に出やすくて可愛いよ。」
え。
「じゃあ、そこで待ってるから、お茶してくれるつもりなら声かけてね。」
そんな風に言い残して、美しい黒髪を揺らして離れていった。最後の拒否権を与えられたことに気付く。
…うーむ。