鋼の錬金術師

□第22話
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「じゃあな」

それだけ言い残した父親は、2度と帰ってくる事は無かった。




「何があった。全て話せ」


テーブルの上の開かれた手紙の内容は、大切な者の死亡通知。

「お父さんとお母さんが………イシュヴァールで…………!!」

伏せって泣きじゃくるウィンリィと、辛い悲しみを覚えるピナコ。



アルは鎧の顔を俯かせて言いにくそうに黙る。

「…………」


「父さんの残してくれたお金ね、手を付けてないの。私にもしもの事があったらされで生活しなさい。アンが帰って来たら、三人で仲良くね」

病状のトリシャは声を絞り出して、懸命に伝えた。



アンは俯いたまま、胸元のペンダントを握り締めた。


大総統はを2枚の写真を差し出した。

「等価交換をしようではないか。君の大切な人間の命と、君自身を」

その写真に写っているのは無邪気に笑うエドとアル。



エドは唇を噛み締めた。


禁忌である人体錬成に失敗し、代償として失った左足。

「あああああああああ」



「おめでとう。これで晴れて軍の狗だ」

ロイは国家錬金術師として合格した事を告げた。



「何から話せばいいのか……」















「エド!アル!エド!アル!どこ?」

母親であるトリシャは、部屋の扉を開けて目を丸くした。

「あらま」

そこには部屋中に散らかった大量の本と、床に落書きをしているエドと、寝っ転がって本を読むアル。

「また、父さんの書斎を散らかして、本当に本が好きなのね」

そして、床にチョークで錬成陣を書くエドに注意する。

「あら!だめよ。そんな所に、落書きしちゃ。父さんが帰って来たら怒るわよ」

「らくがきじゃないよ。見てて」

「!?」

刹那、淡い光と硬い音と共に、床にヒヨコの形をした像が現れた。

「……………これ、錬金術よね?父さんに習ったの?」

呆気に取られたトリシャの問に、エドは頬を膨らませて、アルは極当然と言う風に答えた。

「いない人にどうやって習うのさ!」

「本よんだら書いてあったよ」

「書いてあったって……あなた達こんな難しいのがわかるの!?」

こんなにも幼い子供が読んでいるのは絵本や漫画では無く、大人でも理解が難しいの錬金術の本。

「「なんとなく」」

「……………………世の錬金術師が聞いたら卒倒するわね……」

「やっちゃいけない事だった?」

「そんな事無いわ!たいしたものよ!さすが父さんの子ね。母さんみんなに自慢しちゃおう」

トリシャは微笑んで2人を抱き締めた。

彼女が微笑んで褒めてくれる事に、2人は顔を見合わせて笑顔を交わした。












そんなある日、新しい家族が家にやって来た。

「さ、アン。挨拶して」

『…アン、アン・ケリー。よ、よろしく』

緊張しているのか、トリシャの服をキュッと掴み恥ずかしそうに自己紹介したアン。

「この子、お父さんとお母さんがいなくて、うちで暮らす事になったから、仲良くしてね」

突然出来た新たな家族。初めは何を話していいのか、お互い戸惑ったものの、トリシャの計らいのお陰で距離は段々と縮まった。














『エドー!アルー!一緒に遊ぼ…あれ?何してるの?』

書斎の扉の隙間から顔を覗かせたアンは、金色の瞳を輝かせながら元気良く駆け寄って来た。

エドとアルは寝っ転がって、同じ本を読んでいた。

床に広げられた本は、とても彼等のような幼子が読むものでは無い。

細かい文字がぎっしりと敷き詰められた、大の大人でも理解に苦しむような内容の本を、2人は特に苦にする様子も無く平然と読み入っている。

「あ!アン」

「錬金術だよ」

『わかるの?』

「なんとなく」

『へー…ねぇ!そんな事より、お外で遊ぼうよ!!』

「この本読み終わるまでまって!」

『えー、まだまだあるじゃん』

2人が一緒に読んでいる本は、まだ手に取ったばかりなのか、あまり読み進められていない上に、分厚い。これは当分時間が掛かりそうだ。

「すぐ終わるからさ!」

『ゔー……じゃあ、あたしも一緒に見る!』

「アン、錬金術できるの?」

アルの質問に、アンは楽しそうに瞳を一層輝かせて兄弟の手を取って、立ち上がらせる。

「「わっ!」」

『いいもの見せてあげる!』

パタパタと庭まで走って来た3人。

「アンー、いいものって?」

『えへへ、いくよー!』

アンはいつも首から下げているペンダントを外して、チェーンを手に巻き付けて、空に掲げた。

刹那、淡い光と硬い音が聞こえ、頭上を見上げれば真っ黒な小さな雲。そして…

「わぁっ!」

「…冷たっ」

頬に当たるひんやりとした感触。

エドとアルは顔を見合わせた。

「「雪だっ!」」

「わぁー!すごいすごい!雪だー!」

「アン、すげぇよ!」

季節外れ、しかも東部では中々見られない雪に兄弟の興奮は高まる。

『えへへ』

照れ臭そうに、後頭部に手を当てたアンは嬉しそうに笑った。

「ボク、おかあさんも呼んでくる!」

お母さんにも見せてあげたいんだ。と走って家の中に、戻って行くアル。

降ってくる雪を手をお椀のようにして受け止めながら、すごい。と連呼するエド。


その日からアンも書斎に入り浸るようになったのは言うまでもない。






















──単純な事だった。「母さんが褒めてくれる」。たった、それだけの事が嬉しくて、オレ達は錬金術にのめり込んだ。──



アンも“母親に“褒められる事が嬉しくて、エド達と書斎に入り浸った。


崩れた本の山に埋もれた所を、トリシャに見つかってしまい、怒られる。

シチューと共に食事に出された牛乳を、アルは美味しそうに飲んでいるが、エドとアンは大量の汗を流しながら、睨みつける。


──おかあさん──


アルが粗相をした布団を干しながら、トリシャは苦笑いを浮かべ、当の本人であるアルは、恥ずかしそうに顔を赤くした。

エドは笑いが耐えられない様で、ニヤニヤと笑い、アンは俯くアルの肩に手を置いた。


──おかあさん──


紙に錬成陣を描いた刹那、淡い光を放ちながら、鶴の折り紙が錬成された。


──おかあさん──


家族4人の中に、絶えない笑顔。幸せだった。








だが、そんな幸せも長くは続かなかった。

「「おかあさん!!」」

『トリシャさんッ!!』

3人が畑から野菜を採って家に戻ると、トリシャが倒れていた。











「流行り病だそうだよ」

「悲しい事だ…子供3人を残して…」

「いや、1人は孤児らしい。ご主人が拾って来たそうだ」

「そのご主人は?」

「さぁ…どこにいるのやら、連絡もつかない」

「かわいそうに」

喪服に身を包んだ3人。エドとアルは大粒の涙を流し、アンは静かに顔を俯かせていた。









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