鋼の錬金術師
□第12話
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それは苦難に歓喜を
戦いに勝利を
暗黒に光を
死者に生を約束する
血のごとき紅き石
人はそれを敬意をもって呼ぶ
「賢者の石」と
床や机に散乱した書物や資料やメモ。
やっと導き出した真実はあまりにも残酷。
「確かにこれは、知らない方が幸せだったかもしれないな。この資料が正しければ、賢者の石の材料は生きた人間……しかも石を一個製造するのに、複数の犠牲者が必用って事だ……!」
口元を手で覆うエドから発せられる言葉は、酷く重たくのしかかる。
「そんな非人道的な事が、軍の機関で行われているなんて……」
「許される事じゃないでしょう!」
『…………ロス少尉、ブロッシュ軍曹
この事は誰にも言わないでおいてくれないかな』
「しかし……」
『お願い。お願いだから聞かなかったことにして……』
俯くアンの懇願に、ブロッシュは抗議する事を辞めざるを得なかった。
「うわ……ガス爆発か?」
2人の憲兵はスカーとグラトニーが交戦した地下水路の跡を見て唖然としていた。
巨大な爆発で破壊されたであろう地下水路は瓦礫の山と化して、元の形を残していない。
「わからんな。テロかもしれん」
「おいおい勘弁してくれよ。スカーの件も片付いてないところに……」
──最近市街破壊多いいなぁ……──
「……なんだ。あれ」
ふと視線を移すと、血塗れの上着が水面で鉄筋に引っかかっていた。
「──どう思う?」
現場に到着したロイ達。
リザは血塗れの上着を手に取って、確認する。
「スカーが着ていた物に、間違いないと思います」
「死体は出たか?」
「捜索はしてますが、あのガレキの下を全部確認するとなると、何週間かかるやら」
「どのみちこの出血量では、無事ではいないでしょうけれど………」
「うむ……しかし奴の死亡を確認するまで油断はできん。ハボック少尉!」
「はい?」
「お前の隊はガレキの撤去作業を進めろ。昼も夜も休み無しだ!なんとしても奴の死体をひっぱり出せ!」
「うへぇ勘弁して下さいよ。俺らを過労死させる気ですか」
理不尽な命令を受け、嫌そうにするハボックの愚痴を容赦無く切り捨てる。
「うるさい!奴の死体をこの目で見るまで、私は落ち着いてデートもできんのだ!」
「ああそうですか」
呆れて、反論する気さえ失せてしまった。
その様子を遠くでラストとグラトニーとアリサは眺めていた。
「…………逃げられちゃったわね」
「食べそこねた」
涙目になって口に指を当てるグラトニー。
「今度会った時にね」
アリサはそう言って、ぐずるグラトニーの頭をポンポンと軽く叩く。
「ま、あれだけやっとけばやつも暫く動けないでしょ
私はまた中央に戻るわ。お父様に報告しておかなくちゃね
で、今回アリサはどうするの?」
「はぁ……なんで私だけ誰かと行動しなきゃならないのかしらね……」
怪訝な顔で溜息を吐くアリサ。
この彼等との生活は嫌いではないし、寧ろ好きだ。
しかし、お父様からの命令で単独行動を許されないと言うのは、まだ自分を認めて貰えていないみたいで、どうも納得がいかない。
「………そうね。今回もラストについていくわ」
「何?エルリック兄弟とアン・ケリーは今日もまた部屋に閉じ籠っていると?」
「ええ、今日はケリー中佐以外、食事もまだのようです」
エド達が泊まっている宿のロビーにアームストロング、ロス、ブロッシュが集まっている。
「むう……疲れがたまっていたのだろうか。このところ根を詰めておったようだしな」
「はぁ……」
アームストロングにはっきりとしない返事を返し、2人は小声で話す。
「無理もないわよ。苦労して解読した研究資料の内容があんな…………」
「ダメージでかかったんでしょうね。俺も思い出しただけで胸くそ悪くなりますよ」
2人の会話を不思議に思いアームストロングは訊く。
「何だ?」
「「いえ何でもありません」」
慌てて両手を前に出し、否定した。
「あやしい」
迫り来る筋肉に脅され、2人は心で悲鳴を上げる。
──ひー!!──
翌日、3人は部屋に引き篭もっていた。
エドはタンクトップとズボンの格好でソファに横になり、アルはそのソファの背もたれに座り、アンはベットに仰向けに転がっていた。
「…………兄さん。ご飯食べにいっといでよ」
「いらん」
先程からずっと、続かない会話の繰り返されていた。
誰かが口を開けば一言二言の返事で終わり、静寂が訪れる。そしてまた、誰かが口を開けば一言二言の返事で終わり、静寂が訪れる繰り返し。
エドが重たい口を開いく。
「…………しんどいな」
「…………うん」
「なんかこう……」
機械鎧の右腕を天井に伸ばす。
「……手の届くところに来たなと思ったら、逃げられてそれの繰り返しで、やっとの思いでつかんだら今度はつかんだそいつに蹴落とされてさ…………」
伸ばした右腕を握り、額に置く。
「はは……神サマは、禁忌を犯した人間をとことん嫌うらしい。俺達一生このままかな」
再び静寂が訪れる。そう思った。しかし、違った。
『エドのバカ野郎!!』
布団から身を起こしたアンの瞳がエドを射抜く。
『一生このままなんて言わないでよ!
あたしには2年しか残されていないのに、まだまだ生きていられるエドが諦めたような事言わないでよ!!』
エドが口を開く前にもう次の言葉が、静かな部屋に響く。
『こうして立ち止まってる時間がもったいないよ。立って進むの。
賢者の石しか戻る方法が無いわけじゃないんだから、きっと見つかるから……ううん。見つけよう』
ニッコリと微笑むアンに、驚いた顔をしていた彼らから笑みがこぼれる。
「そうだな……アンの言う通りだ。いつまでもこうしてなんかいられねぇ」
『んじゃ、早速……』
「ちょっといいか?」
カッターシャツの袖に腕を通すアンの動きは止まった。
「アル、アン。俺さ……ずっとお前らに言おうと思ってたけど、怖くて言えなかった事があるんだ……」
「何?」
『うん?』
ーー