鋼の錬金術師

□第10話
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アームストロングは拳を振り上げた。

「ふん!」

ばかんと五等分に割れる薪。

「マキ割り終わりましたぞピナコ殿」

「ああすまないね」

薪割りの手伝いを終えたアームストロングはピナコに敬礼を送った。

そしてアームストロングは部屋を見渡した。

「そういえばエドワード・エルリックとアン・ケリーの姿が見えませんな」

「母親の墓参りだとさ」

「勝手に出歩くのは危険だといっておるのに………………!」

「かかか。大丈夫だよ。優秀な護衛がついとる」

心配そうな表情をするアームストロングとは反対に、ピナコは笑っていた。







「優秀な護衛」とはデンの事。
花束を咥えたデンの前を、ぎこち無い足取りのエドとアンが歩いている。

「あれエドワード、アン帰ってきてたのか」

「久しぶり!」

村人が久しぶりに帰って来た2人に声をかけた。

「わはは。相変わらずちっさいのー」

「ちっさい言うな!!」

『身長伸びてんだから!』

「まだ国家なんとかってやつやってんの?」

『うん。やってるやってる』

「そうかそうか。まぁ頑張れよ」

「どーも。じゃまたな」

「たまには遊びに来いよー」

手を振ってまたお墓に向かって歩き出す。









機械鎧の調整をしながらアームストロングに3人について尋ねる。

「少佐…………あの子らは毎日平穏無事に過ごしているだろうか」

─村人と会えば、立ち止まって少し話をする。

「なんせこんな田舎だ。都会の情報はあまり入ってこないし、あの子らもあの子らで手紙のひとつもよこさないからあたしゃ心配でね」

「"エルリック兄弟"…………とりわけ兄の"鋼の錬金術師"と"雪の錬金術師"と言えば中央でも名が通っておりましてな。もっともそれゆえトラブルにも巻き込まれるようですが……大丈夫ですよあの兄弟と彼女は強い」

「強い……かい」

ピナコの脳裏にはあの日の光景が浮かんでいた。


「ばっちゃん!兄さんを……アンを………2人を助けて!!」

ある日突然、家に駆け込んできたアルの声をした鎧。
その鎧が抱えていたのは気絶したアンと、右肩と左膝に巻かれた布から血が染み出して瀕死のエド。



「そうだね……4年前自分の腕と自分の髪の毛と瞳の色とを引き換えに弟の魂を錬成したときも」


そんな彼等を見てピナコは口から煙管を落とし、ウィンリィは顔に手を当て驚愕した。


「軍の狗となる事を決めた時も」


火の付いた目でエドは頼み込む。

「ばっちゃん俺は国家錬金術師になる」



「軍の狗を続けると言った時も」


『国家錬金術師はやめない。これの権利をフルに使って元の身体に戻る』


「大人でさえも悲鳴を上げる機械鎧の手術に耐えた時も」


「だから俺に自由に動かせる手足をくれ」

歯を食いしばり、布団を握り締め、激しい痛みと戦った。



「寝る時間を潰して元の身体に戻る為に研究を続け、強くなる為に鍛えた続けた時も…………」


「寝ないのかい?」

『もうちょっと……もうちょっと……』

アンの部屋から明かりが消えた事はなかった。



「あんな小さい身体のどこにあれほどの強さがあるのかと思ったよ
そしてそこまでして強いからこそ、どこかの拍子にくじけてしまった時立ち直れるだろうかと心配になる」

「ピナコ殿にとっては孫みたいなものですか」

アームストロングは壁に掛けられたコルクボードに目をやった。

「ああ、あの2人が生まれた時から、あの子がここにやって来たときからずっと成長を見てきたよ
いや……アンは何年間もイシュヴァールに行っていたけどね」

コルクボードに貼られたたくさんの写真には幼い頃のエドやアル、ウィンリィやアンやデンが写っている。

「なんせあたしゃあ、あの子らの父親とは昔っからの酒飲み仲間でね」

─墓標に花束を供え、2人はじっと母親の墓の前に立っている。

「……奴め妻も子供も自分で連れてきた子も置いてこの街を出ていったきり。今はどこをほっつき歩いているのやら……」

─エドが視線をずらして見つめた先には葉のはえていない木の見える丘。

「生きてるのか死んでるのかもわからん」

「父親と言えばウィンリィの両親は…………?」

「イシュヴァールの内乱で死んだよ
あたしの息子夫婦……あの子の両親は外科医でね。医者の手が足りないんで戦地に赴いたそして巻き込まれた」

─ウィンリィはアルと喋りながら機械鎧の作業を進めている。

「………………ひどい…………戦いでした」

「ああひどい戦いだった
だが、その戦いで手足を失った人があたしら義肢装具師を必要としてくれている
皮肉なものさ、戦で家族を失ったあたしらがその戦のおかげで飯にありついているのだからね」

それが現実。残酷で重く苦しいそれにアームストロングは黙ってしまった。

「おっと飯と言えばそろそろ夕飯の支度をしなくちゃいけないね
あんた沢山食べそうだから作りごたえがあるよ」

時刻は5時を少し過ぎた頃。

「いえそこまでお世話になる訳には…………」

「遠慮するこたぁ無い、飯は皆で食べた方が美味いだろ。寝床も患者用のベットが空いてるから使うといい。
どうせあの子らもここしか泊まる所がないんだ3人泊まるのも4人泊まるのも一緒だよ」

「泊まるところが無いとは…………彼らの故郷と言うなら彼らの家があるのでは?」

普通に考えれば故郷には生まれ育った家がある。帰る家。「ただいま」と言えば「おかえり」と帰ってくる暖かい家。

「無いよ。あの子らには帰る家が無い」

─帰る家。それは何年か前に自分の手で燃やしてしまった。
焼け焦げた木と、焼けた家の跡の前に2人と1匹は佇む。

「エドが国家資格を取って旅立つ日にあの子、自分の家を跡形もなく焼いてしまった。
あたしには錬金術はよくわからんが、あの子らのやろうとしてることが生半な事でないというのはわかる。あの子らは帰る家をなくすことで自分達の道を後戻り出来んようにしたんだろうよ」











『あたしね』

焼けた家を前にアンは突然口を開いた。

『もっと強くなりたい。スカーが来た時、大佐達が助けに来てくれなきゃあたし達は死んでた。あの時物凄くこわかった。エドとアルが死んでたかもしれないって思うと凄く怖くて……だから……強くなりたい』

アンとエドの間を風が通り抜けた。

『あたしもっと強くなるから、2人を護れるようになるから…お願いだから死なないで』

だらんとさがった右袖をぎゅっと握った。らしくない柄じゃない行動と言葉にエドは驚いた様にポカンとしている。











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