鋼の錬金術師

□第11話
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扉を閉め、少し歩くと書類を抱えたままストンとしゃがみこんだ。

『…………』

こわかった。だがその対象は大総統がではない。「戦場に行け」と言われるのがこわかった。
もう二度とあんな思いはしたくない。
毎度毎度そうだ。大総統の所へ来る度にこの恐怖感に押し潰されそうになる。

彼がいる限りアン・ケリーは自由になれない。

「大丈夫ですか?」

通りすがりの誰かに背中をさすられる。
誰かはわからないが、温かい手が温かい声が、気持ち良かった。








同じ頃。東方司令部には耳にガーゼを貼ったハクロ将軍が部下を連れて訪れていた。

「マスタング大佐」

「や、これはハクロ将軍」

リザとハボックを連れていたロイは名前を呼ばれ、振り返った。

「お怪我の方はもうよろしいのですか?」

ハクロが声をかけたのはリザとハボックを連れたロイ。

「仕事に差し支えない
それよりも例のスカーの件だ。たった1人の人間にここまでかき回され、しかもかなりの人数を動員しているにもかかわらず、未だに捕まらないとはどういうことだね」

「はっ、引き続き全力で捜査しますので、今しばらく時間をいただければと……」

「口先だけでなく成果で示してもらいたいものだな。ここまでは東部全域に警戒を出すハメになるぞ
それに君の部下でもあるケリー中佐。あれはどうにかならんのか?態度が悪すぎて敵わん」

そう嫌味だけ言うと部下を連れてさっさと歩いて行った。
そんなハクロの背中を見ながらハボックは呟く。

「…………めずらしくニューオプティンの支部から出てきたと思ったら、グチ言いに来ただけっすか。あのおっさん」

「私みたいな若僧が大佐の地位にいることが気に入くわないのさ。アンも5歳と言う異常な若さで中佐の地位に就いた。いつ自分の地位に取って代わられるかと恐々としているだけだ。放っておけ」

確かにそうだ、若い輩に地位を取られては良い気はしない。

「しかしスカーの件を早急に片付けたいのは私も同じだ。将来への不安の芽はさっさと摘んでしまうに限るからな」

部屋に戻ったロイは椅子に座る。
リザとハボックは机に資料を広げる。

「逆に中央でも、もてあました事件をここで片付ければ、私の株も上がるというものだ「害をもって利となす」私の昇進に利用できるものは、全て利用させてもらう」

机の上で腕を組んでそこに顎を添えるロイの瞳は鋭く光っている。

「私が大総統の地位に就いて、軍事の全権を手にするまではね」

将来を見据えた冗談抜きの本気の瞳と言葉に、2人は微笑む。
そしてリザは微笑んだまま、注意する。

「不穏当な発言は慎んだ方がよろしいかと」

「ああ、精々気をつけるとしよう」










そんな昇進話をする彼等の真上。つまり屋上にグラトニーが座っていた。

「どう?グラトニー」

振り返ると、エド達の尾行を終えたラストとアリサがブーツを鳴らして帰ってきた。

「ラスト、アリサおかえりー」

「スカーはあれから現れた?」

「ううん。この近くにはいない。あっちは?」

「あいつらが第一分館に隠されてた賢者の石の資料の存在に気づいたみたいだから、先回りして処分してきたわ」

グラトニーの横に腰掛け、ラストは肩を竦めて話す。

「そうそう。さすがにあれだけの蔵書があると資料を探しだすのも容易じゃなくてね、面倒だから建物ごと焼いちゃった
中央に入っちゃえば坊やの見張りも必要ないだろうし、とりあえずこっちの様子を見に戻ってきたんだけど……そうまだ片付いてないの…………」

グラトニーが話の途中で、不意にスッと立ち上がった。

「「グラトニー?」」

疑問符を浮かべながら、鼻を動かしてくんくんと臭いを嗅ぐグラトニーを見上げる。

「におうよにおうよ。血の臭いをまとったイシュヴァール人が近くにいるよ」

ラストとアリサの口許が弧を描く。

「グラトニー」

「うん。食べていい?」

「髪の毛一本残さずにね」

グラトニーは白い歯を剥き出しにて、涎を垂らした。











地下水道の脇に設けられた通路をスカーが1人歩いていた。

「チッ」

通路を這う鼠が体を強ばらせた。

何かの気配を感じ振り向くと、通路の闇の奥でグラトニーが丸い2つの目が光らせて立っていた。

白い歯を剥き出しにしたグラトニーは、体型に似合わぬスピードでスカーに突っ込んだ。






ドドン





刹那、地下水道を破壊する大爆発が起きた。









「ティム・マルコー…………えーと……ティム・マルコーの賢者の石に関する研究資料…………やっぱり目録に載ってませんね。本館も分館も新しく入ったものは必ずチェックして、目録に記しますからね。ここに無いってことはそんな資料は存在しないか、あっても先日の火災で焼失したって事でしょう」

案内所の女性は手元のファイルを捲るが、そんな書類は無いと言う。

殆ど賭けだったが、希望が潰れてしまい、エドは真っ青になって地面に膝を付く。

「──ってもしもし?」

2人はフルフラと歩きながら、図書館から出て行こうとする。

「どうもお世話になりました……」

「ちょっと大丈夫?」

「大丈夫じゃないよ」

そこで本を抱えた男が、思いついた様に言う。

「あ!シェスカなら知ってるかも、ほらこの前まで第一分館にいた……」

「ああ!シェスカの住所なら調べればすぐわかるわ。会ってみる?」

「誰?分館の蔵書にくわしい人?」

呆れた様な表情で女性は言う。

「詳しいって言うか……あれは文字通り「本の虫」ね」









『急がないとエドに怒られる!』

アンは書類の封筒を抱えて走っていた。

先程の軍人に車を出して貰って、国立中央図書館前まで来たアン。

きちんとお礼を済ませ、階段を駆け上がり、図書館内に入った所で彼等は鉢合わせた。

「「アン!」」

『エド!アル!』

「「お疲れ様です!ケリー中佐」」

ビシッと敬礼する2人にアンは一瞬顔を歪ませるが、表情を元に戻して言う。

『どーも
そうだ!マルコーさんの資料あった?』

「それがよ──」

シェスカという女性を訪ねる事になった経緯を話すとアンは目を見開いた。

『け、研究資料が……も、えた……』


















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