鋼の錬金術師
□第17話
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ゴオッ
南部へと走る汽車の中で、ウィンリィは3人に訊ねる。
「なんでまた急に、師匠のところへ行こうなんて思ったの?」
窓枠に肘を付いて頬に手を乗せたエドが人差し指を立てて答える。
「理由はふたつ。ここ最近どうにも負けっぱなしでよ、とにかく強くなりたいと思ったのがひとつ」
「はぁ?ケンカに強くなりたくて行くの?あんたらケンカ馬鹿?」
自分達なりにしっかり考え決めた事に呆れられ、青筋を立てて怒鳴る。
「ばっきゃろー!そんな単純な問題じゃねぇや!!」
『うーん……ケンカもだけど、それだけじゃなくて中身もって言うか……ね!』
「そうそう!」
アルも首を縦に振って同意する。
「俺はもっともっと強くなりたい!」
『あたしももっーと強くなりたい』
「うん!とにかく師匠のところへ行けば、何か強くなる気がする!」
「強くなりたい」そう心から真剣に願う彼等を見たウィンリィは、困ったように呆れている。
そして溜息混じりに2つ目の理由を訊ねる。
「………………ふたつめは?」
エドは窓に真剣な瞳を向けたまま答える。
「人体錬成について師匠に訊くこと!」
「ボクら師匠の元で修業したって言っても、賢者の石や人体錬成については教えてもらってないんだよね」
『うん。賢者の石がいろいろ大変な事になってるから、思い切ってストレートに元の身体に戻る方法を訊いてみようかなって思ってるの』
アンの表情と口調には、厳しさがあった。
「もう、なりふりかまってらんねーや。師匠にぶっ殺される覚悟で訊いて……訊いて……」
しかし厳しいその表情はだんだんと崩れ、青白い顔になる。
「短い人生だったなぁ。アル〜〜、アン〜〜」
「せめて彼女だけでも作っておきたかったよ兄さん、アン……!!」
『死ぬなら日向でポックリと逝きたかった……!エド〜、アル〜!!』
「おーい」
死について涙を流しながら語る3人に、ウィンリィは怪訝そうに呼びかけた。
「あ、そうだ!」
そして思い出したように、ごそごそと紙袋を漁り始める。
「元気の出る物!」
取り出した箱の蓋を開けると、おいしそうなアップルパイが入っていた。
「じゃーーん、アップルパイだよーーーーー♪」
「おっ、美味そう」
『おいしそ〜う!!グレイシアさんのだよね!』
「そうそう。「途中で食べなさい」ってヒューズさんの奥さんが、作ってくれたの」
『やっぱり!グレイシアさんのアップルパイの匂いがしたの!』
「それにしても多いな」
エドの言う通りアップルパイは、八等分に切られてある。
「あはは、4人分作ってくれたみたいよ」
「フフフフフフ。ボクの分も食べなよね、兄さん」
アルは不適な笑いを零した。
「う゛!!病院での仕返しか、てめ、このヤロー」
そんな事を言いながらも3人はそれぞれ、アップルパイを取り、食べる。
「うん、美味い!」
『おいし』
「ヒューズさんの奥さんね、すっごい料理上手なんだよ。作り方、教えてもらったからアルが元の身体に戻ったら焼いてあげるね」
「やたーー!!」
アルは、両腕を挙げて声を弾ませた。
「…こういうのも「おふくろの味」って言うのかねぇ」
しみじみとアップルパイを食べるエドにアルとアンは弄りと突っ込みを入れる。
「兄さん年寄りくさい」
『年寄りだから小さいんだよ』
「んだとぉーーっ!!誰が年寄りみてーに縮んでるだとっ!!?」
『エドワード・エルリック君でーす!』
ギャーギャー騒ぐ2人を眺めながら、ウィンリィはにこやかに言う。
「ヒューズさんも、奥さんも、エリシアちゃんも、すごくいい人だった」
「ヒューズ中佐って親バカで、世話焼きで、うっとーしいんだよなー」
とは言いつつも、彼が見舞いに来てくれるのは満更でもなく嬉しかった。
「ははは。いっつも病室に、兄さんをからかいに来てたよね」
『昔っからそういう人だよ。ほんとに…………「毎日仕事で忙しい」っていいながら、何回も御見舞に来るの』
アンは窓の外を眺めながら呟く。
『──今度中央に行ったら何か、お礼したいな…』
月明かりが綺麗な夜の中、ラッシュバレーに向かう汽車は走り続けていた。
エドもウィンリィももう寝てしまっていて、起きているのはアンとアルだけ。
「アン寝ないの?」
『んー、そろそろ寝…』
アルから窓の外に視線を移したアンの目が見開かれ、動きが停止する。
「…アン?」
そしていきなり窓を開けて外に身を乗り出した。
「アン??」
『……ヒューズさん?』
アンの視線の先で大きく手を振っているのは、中央に居るはずのヒューズ。
『ヒューズさん!』
大声で名前を呼んで大きく手を振ればニッコリ笑い返してくれるヒューズ。しかし、一瞬にしてその笑顔は崩れ、血のように赤く染まる。
『ヒューズさん!!?』
彼との距離はだんだんと離れていく。
何故かもう会えない気がして、あの笑顔が見れない気がして、もっと身を乗り出して彼に手を伸ばそうとするが、体を引っ張られ車内に引き込まれる。
途端、外が月明かりさえも無い暗闇に変わった。
「危ないじゃないか!!」
『え?』
ストンと床に座り込んだアンは、声を張るアルをポカンと見上げた。
「「え?」じゃなくてトンネルだよ!もう少しでアンが真っ二つになる所だったんだぞ!!」
『ご、ごめん…』
「…ほら、椅子に座りなよ」
そう言ってアルは手を差し伸べた。
汽車がトンネルを出るとアンは差し出された手が見えていないかのように無視して立ち上がり、再び窓の外へ身を乗り出す。
「危ないって言ってるじゃないか!」
もう、アルの声なんて聞こえていなかった。
もう会えない気がして、
もうあの笑顔が見れない気がして、
もうあの声が聞こえない気がして、
また何かを失う気がして、
また誰かが悲しむ気がして、
恐かった。
しかし強がりな少女は窓から身を引っ込めたその瞬間から、何事も無かったかのように笑うのだろう。
『月が綺麗だね』
なんて呑気な事をいいながら。
ーー