鋼の錬金術師
□第17話
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青空の下。中央のとある墓地に幾人もの男の手によって、棺が運び込まれた。
喪服や軍の礼服に身を包んだ人々が、静かに、運ばれる棺を見守っていた。
佇むグレイシアとエリシア。
軍人の中でも一際目立つアームストロング。突き立てた剣に両手を添える大総統。帽子の影で表情を隠すロイ。
運ばれた棺は、土の中へと埋められていく。
「……ママ。どうしてパパ、埋めちゃうの?ねぇ、おじさんたちどうしてパパ埋めちゃうの?」
その言葉に、棺に土を被せていく者達のても止まる。
「エリシア…」
「いやだよ…いやだよぅ…。そんなことしたら、パパおしごとできなくなっちゃうよ…」
「エリ…」
3歳になったばかりの子供に「死」を受け止められる筈も無い。もしかしたら「死」の意味すらわからないかもしれない。
グレイシアは口許をハンカチで覆い、涙を零しながら、エリシアを抱き締める。
「パパおしごといっぱいあるって言ってたもん」
目を抑えて涙に耐えるアームストロングだが、零れ落ちた涙は頬を伝う。
「いやだよ」
突き立てた剣に添えた大総統の両手が震える。
「埋めないでよ………」
ロイは変わらず俯いて、帽子の影で表情を隠す。
「パパ……!!」
葬式も終わり、"マース・ヒューズ"と彫られた墓石の前に、帽子を取ったオールバック姿ロイが佇んでいる。
「殉職で二階級特進…ヒューズ准将か……私の下について助力すると言っていた奴が、私より上に行ってどうするんだ。馬鹿者が」
「大佐」
葬儀の為、軍服の正装を着たリザがコートを持って声をかけた。
「風が出て冷えてきましたよ。まだお戻りにならないのですか?」
「ああ…まったく錬金術師というのは嫌な生き物だな、中尉。今…頭の中で人体錬成の理論を、必死になって組み立てている自分がいるんだよ。あの子らが母親を錬成しようとした気持ちが、今ならわかる気がするよ」
「………大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」
込み上げて来るモノを必死に耐えて、ロイは帽子を被る。
「──いかん。雨が降ってきたな」
「雨なんて降って…」
空を見上げるリザの言葉を遮って、言葉を紡ぐ。
「いや、雨だよ」
ロイの横顔を、一筋の雫が伝った。
「………そうですね。戻りましょう。ここは……冷えます」
ロイはヒューズの勤務先であった軍法会議所を訪ねた。彼の部下に案内されて、死ぬ直前の行動を追う。
「急に、思い立ったように資料室に行くと出て行きましてね。それが、私が、ヒューズ中佐を見た最後でした」
資料室の扉を開けると、ラストと争って散らばった紙がそのまま残っていた。
「何者かと争ったのか」
「ええ、おそらく。室内から廊下へと血痕が残されていました。そして次に向かったのが…」
電話室だった。
受付嬢がハンカチを握り締め、涙を流しながら当時を語る。
「中佐はケガをしたまま、電話をしようとして…そこで何か考えていたようです。結局どこへもかけずに…出て行ってしまったんです」
今度は、ヒューズが遺体となって発見された電話ボックス。ロープで囲まれ、見張りの憲兵が1人立っておりロイに敬礼をする。
扉を開けると、赤黒い血痕が未だに残っていた。
「(軍法会議所で何かに気付き…所内で通信できたものを、わざわざ外に出て私に連絡を取ろうとした…)」
電話ボックスの中をじっくりと見回して、頭を回転させヒューズの行動の意図を読み取ろうとする。
「(東方司令部の電話交換手は「軍がやばい」というヒューズの言葉を聞いている。なんだ…あいつは何を伝えようとした?軍が崩壊するような事態が進んでいるとでも…?)」
「大佐。アームストロング少佐をお連れしました」
その時リザが敬礼するアームストロングを連れてやって来た。
3人は人通りのない路地裏に場所を移動した。
「中佐を殺害したと思われる者達の、目星はついております」
「ならば何故、さっさと捕らえない!!」
「目星はついておりますが、どこの誰かもわからぬのです」
犯人はわかっているが、わからない。なんてそんな話は矛盾している。
そんな矛盾した真実にロイは疑問符を浮かべた。
「どう言う事だ。詳しく話せ」
「できません」
アームストロングは首を横に振った。
「大佐である私が「話せ」と言っているのだ。上官に逆らうと言うのか!」
「話せません」
絶対に口を割らないアームストロングに、ロイは詮索を止めた。
「…わかった。呼び出してすまなかったな、もう行っていぞ」
「はっ」
敬礼をし背中を向けたアームストロングだが、ゆっくりと口を開く。
「…そういえば我輩、言い忘れておりました。数日前までエルリック兄弟とケリー中佐が滞在しておりましてな」
一瞬の間に話を意図を悟ったロイは、情報を聞き出す。
「エルリック兄弟とアンが?」
「そう。エルリック兄弟です」
「彼らの探し物はみつかったのかね?」
「いいえ。なにしろその探し物は、伝説級の代物ですので」
「そうか、ありがとう」
遠くなるアームストロングの背中をを見送りながらリザは、表情を曇らせる。
「…これといった情報は、得られませんでしたね」
「いや全く少佐はお人好しだ」
そう言って満足そうに微笑むロイに、疑問符を浮かべた。
「?」
そんな彼女に腕を組んで説明を始める。
「「ヒューズを殺害したと思われる者達」という事は相手は複数…ひょっとすると組織として、動いている者達…「大佐である私の命令であろうと言う訳にいかない」と言う事は私以上の地位の者が、少佐に口止めしていると言う事…軍上層部がらみと考えて良いだろう。そして「エルリック兄弟とアンの探し物」すなわち、賢者の石だ」
「あ……」
ロイの推測を理解したリザは、顎に手を添えて考える。
「軍上層部に関わる組織と、賢者の石と、ヒューズ中佐…いったいどんなつながりが…」
ロイは頭を掻いて、オールバックに固めていた前髪をおろす。
「さぁな私にもさっぱりだ。だがこのままで済むものか。もうじき私は中央に異動になる」
「あら、おめでとうございます」
「渡りに舟とはこの事だ。上層部を探ってヒューズを殺した奴を必ず、いぶり出してやる」
「公私混同とは貴方らしくないですね」
「「公」も「私」もあるものか。大総統の地位をもらうのも、ヒューズの仇を討つのも、全て私一個人の意思だ!上層部に食らい付くぞ、付いてくるか?」
今更ついて行かないなんて、選択肢はない。
「何を今更」
その為に軍人になったと言っても過言ではないから。
ーー