鋼の錬金術師
□第19話
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雲一つ無い空から、ジリジリと直射日光が照り付ける。
だらだらと汗を流し続けるエド達3人と1匹。対して、疲れを取らない身体のアル。
そんな彼等にパニーニャは相変わらず余裕で、先を促す。
「ほらほら。さっさと歩かないと、置いてくよー」
「置いてくって…ぜーー、はーー、ぜー…なんで…なんでオレがこんな山奥まで、付き合わされなきゃなんねーんだー!!」
頭を抱えて叫ぶエドの声は、ラッシュバレーの岩のような山地に響き渡った。
「すごい、すごい、すごい!初めて見るわこんな機械鎧!!」
やっとの思いで捕まえたパニーニャを、錬成した手枷で拘束していた。
ウィンリィはそんな彼女の足を持ち上げて、装着されている機械鎧を絶賛している。
「サスペンションも他の機械鎧と比べ物にならないくらい高度だけど、何と言っても全体のバランスよね。武器を内蔵する為に、徹底的に外装のスリム化がされているのね。それでいてあの運動量と衝撃に耐えられるだけの硬度を持ってるなんて、見たところ、材質は鋼だけど熱処理の方法が」
機械鎧に関して素人の3人は話に全く着いていけず、
「いい天気だなぁアル、アン」
「そうだね兄さん」
『すごくいい天気』
体操座りで現実逃避をしていた。
「ねぇ、パニーニャ!この機械鎧を作った技師を教えて!」
「え?いいけど…」
パニーニャは少し考えてから、話を続ける。
「すごいへんぴな所に住んでるから、案内が必要だよ」
「ええ〜〜〜?」
「あたしが案内してあげるからさ、かわりに今日のスリの件は見逃してくれる?」
「うん見逃しちゃう!」
親指を立てて、何の迷いも無くあっさりと承諾してしまうウィンリィに、すかさずびしっとエドとアンのツッコミが入る。
「『待てーーーい!!』」
そして2人は、ウィンリィに詰め寄って反論する。
「勝手に決めんなよウィンリィ!!こいつは憲兵に突き出すに決まってんだろ!」
『幾らウィンリィでも、この件に関しては絶対に譲らないよ!!』
「なによ、スリのひとつ
やふたつ、肝っ玉のちっさい男と女ね」
「ちっさい言うな!」
『ちっさくない!』
「だいたい、街中をこんなにしといてだなぁ…」
『煙とかあがっちゃってるし!』
錬金術で崩壊し変形した町を指差し声を上げると、
「わしの店をこんなにしたのは、兄ちゃんと姉ちゃんかい?」
「うちの屋根も、すごい事になってんだけど」
「俺ん家のエントツ壊したろ」
「宅のジュリーちゃんをいじめたそうね」
「ガル」
続々と集まって来た被害者達。
エドとアンは顔を真っ青にしていた。
──修復中
「キリキリ直せ小僧!!」
「やってるよ!!」
「家(ウチ)の煙突、こんなデザインじゃなかったぞ!!もう一回やれ!!」
『わかったよ!!』
「ばうばうばう!!」
「うるせーー!!」
町の修復を終えて戻って来た2人、息を切らしたエドは向き直る。
「とにかくだ!そいつは憲兵に突き出して!」
『盗んだ銀時計とペンダントは返してもらう!』
「けっこう山の中まで歩くから、身軽な方がいいよ」
「じゃあ荷物は宿に預けといた方がいいわね」
わきあいあいと話す2人に、エドとアンの声は全く届かない。
「聞けーーーー!!」
「だめだ、兄さん。ああなったらウィンリィは止まんないよ」
『えっ、荷物置いていっちゃうの!?』
「そうだよ?」
いつの間にか話の輪に入って行ったアンに、エドがツッコむ。
「お前も混ざるなーー!!」
山道を歩き始めて10分も経っていないというのに、もう既にエドとアンそしてウィンリィは汗だくになっていた。
『あついー…』
「お前はそんなの背負ってるからだろ。自業自得だ」
『…これはどうしても必要なの!』
何時もよりエドの言葉に棘がある様に感じたが、気にするのを辞め、小さな鞄を背負い直す。
「どうしても必要って、何が入ってるんだよ」
『何…何って…うん。必要なもの』
「…ふーん」
『ほ、ほら、早く行こうよ!』
何とか話を逸らそうと、先へ先へと足を進めるアン。だが、彼女の体は後ろへと引っ張られる。
『うわ!』
バランスを崩し、勢いで尻餅をついたアン。
途端、衝撃で開いた彼女の荷物からひょっこりと顔を出した仔犬。
「わん」
それを視界に入れたエドが、青筋を立てて怒りにワナワナと震える。
アルとウィンリィとパニーニャの顔が真っ青になった。
「なんじゃこりゃーーーっ!!!!」
『え?』
驚くアンにエドが掴みあげたのは仔犬。
「わん」
『げっ、豆太』
「誰が豆じゃコラァ」
『エドの事じゃないし!この子の名前だよ!!』
「名前までつけてんのかよ!!」
『だって、あたしの子だもん!』
「オレはペットなんて、許した覚えはねェぞ!!元の場所に捨てて来い!!」
『絶対いや!!』
「最近何か行動がおかしいと思ったんだ!!」
例えば、ホテルで違う部屋になれば1時間ごとに外へ出たり、早朝に起きて散歩に出かけたり、断固として中身を見せない買い物袋。そしてアンから獣臭が臭う時もあった。
エドとアンの言い合いを呆然と眺める3人。止めようにも入る隙が無い。
「ど、どうしよう。止めた方がいいのかな…?」
「──とにかく、オレはペットなんて許さねェ!!どこでもいいから捨てて来い!!」
『嫌だ!この子は"独りぼっち"だったんだよ!!』
「…!」
”独りぼっち”。ヒューズから聞いたアンの1番怖いもの。
彼女の事だから、小さな時に捨てられて独りになった仔犬が、昔の自分と重なって、どうしても見捨てられなかったのだろう。
エドに反対される事も、旅が危険過ぎる事も重々承知の上で、連れて来た。
アンの気持ちを感じ取ったウィンリィは大きな溜息を零した。
「…エド、許してあげたら?」
「はぁ?ウィンリィ、てめェ何言って…」
『ウィンリィ…』
「アンは自分と似たもの同士のこの子をほっとけないのよ」
「『…』」
「ほら、アンあんたも喧嘩腰にじゃなくて、ちゃんと頼みなさいよ。どうしてもその子を連れて行きたいんでしょ」
確かにそうだ。頼み事をするのにあの喧嘩腰の態度は無い。
アンは心を落ち着かせ、エドの金色の瞳をじっと見据えて言う。
『…エドお願い。エドにもアルにも誰にも迷惑かけないから、この子を連れて行かせて。少しでも迷惑かけたらその時は…この子をその場に置いて行く』
真剣な表情。真剣な声色。
…負けた。
じっと見詰められていたエドはアンから視線を逸らして、そっぽを向いて言う。
「…好きにしろ!その代わり、その約束絶対に忘れんなよ」
『え、いいの!?本当!?やった!ありがとう!忘れないよ!!』
アンはウィンリィの手を取って、飛び跳ねながら喜んでいた。
1度やると決めた事は絶対に、貫き通す。そんなアンが見せたのは、自分1人に対して見せた事の無い真剣な態度。
何よりウィンリィの言っていた「似たもの同士」。心の何処かでアンの過去に、彼女の嫌う同情を感じていた自分は、それを聞いた上で否定する事は出来なくなっていた。
そして同情を嫌う彼女に、その気持ちを抱いた自分が許せなかった。
ーー