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□一筆入魂、ある少年少女の放課後
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いずみそう

口の中で呟いて、そっと右手の親指を見る。

銀髪くんは私を保健室に連れてきてくれただけではなく、丁寧に傷口を洗い、消毒して手当してくれた。

というか、自分でやると言ったのだが、私の言葉を完全に無視して黙々と手当をする銀髪くんにされるがままだったのだが。

傷口を洗うときに銀髪くんが手袋を外したのだが、とても綺麗な手をしていてびっくりした。
怪我でもしてるから手袋をしているのだと思っていたからだ。

「ピアノを弾くので、普段から手を守っているんです」

と言われて、なるほどと納得がいった。

銀髪くんの白くて綺麗な手が、私の親指をそっと掴み、蛇口から流れる水にさらす。

見た目のイメージでなんとなく手は冷たいと思っていたけれど、実際はとても暖かくてごつごつしていた。

私の手よりも一回り以上大きな手。
この手がピアノを弾いたら、すごく絵になるんだろうなぁ、なんてぼんやり思う。

手当をしてもらったあと、

「ありがとう、銀髪くん」

名前を知らないのでそう言ったら、

「泉です。泉奏」

銀髪くんはちょっと怒った表情でそう告げた。

その後の午後の授業は、視界に親指の絆創膏が入る度にあの眩しい銀色を思い出した。

あの銀髪をみるたび、今まで感じたことのない創作意欲がわいてくる。

自分が今課題にしている「威風凛然」のイメージにぴったりだからだろうか。

それもたしかにあるのだが、それ以外の例えようのない高揚感も感じている。

なんというか・・・浮き足立つような。くすぐったいような。

「集中、集中!」

自分に喝を入れて、硯に墨を擦る。

同じリズムで規則正しく手を動かすと、それだけで身が引き締まっていく。

目を閉じて、あの銀色を・・・泉くんを思い浮かべる。

静かに揺らめく、青い炎みたいな空気をまとっている泉くん。
冷たそうに見えてる手も本当は暖かくて、たぶん泉くん本人も暖かい心をもっていると思う。

一本真が通った、揺るがないものも持っている・・・

うん、書けそう。

「威風凛然」

いつもよりゆっくり、一文字一文字に時間をかけて書いていく。

今までで一番うまく書けた気がする。
そして、もっとうまく書ける気もする。

書き終わって筆を置いたときに、すぐ隣に人の気配を感じて思わずのけぞった。

「わっ!えっ?い、泉くん?」

「全然気づきませんでしたね」

「え、いつから・・・」

「墨を擦っているところからです」

まさかの答えに、さらに驚く。
そんなに前から!?
っていうか、私どんだけ鈍感なんだ・・・

「思いっきり集中してる感じでしたからね。邪魔してはいけないと思って黙って見てました」

「さようですか・・・」

泉くんのことを思い浮かべながら書いていた姿を本人に見られていたとは、例えようのない恥ずかしさがこみ上げてくる。

私が何を考えて書いていたかなんて、泉くんが知る由もないが、なんとなく気恥ずかしい。

「これが完成ですか?」

「いや、まだ、もうちょっとかな・・・。ねえ、泉くんお願いがあるんだけど」

泉くんがこの場にいたのは驚いたが、同時にいいことも思いついてしまった。

「なんですか?」

「ちょっと、こっちきて。私の前に座っててくれない?できれば目を閉じて」

泉くんは一瞬よくわからないといった顔をしたが、大人しく私のいうことに従ってくれた。

座敷にあがってもらい、自分の目の前に正座してもらう。

立っている姿や歩く姿も綺麗な所作だが、正座している姿もとても綺麗だ。

普段から姿勢がいいからだろう。

「これで、どうするんですか」

「そのままでいて。すぐに終わるから」

筆をとり、半紙に対して垂直におろす。

目の前の泉くんを見る。

「威」

筆を動かす。

「風」

泉くんの閉じられたまぶたを見る。

「凛」

静かなその佇まいを感じる。

「然」




・・・書けた・・・。

私が硯に筆を置く気配を感じたのか、泉くんが目を開ける。

「泉くん」

「はい」

「・・・・・・ありがとうっっっ!!!!」

がばっと頭を下げる。

ぱっと顔を上げると、鳩が豆鉄砲をくらったみたいな表情の泉くん。

「俺は何もしてませんが・・・」

「してくれたよー!泉くん、この言葉に雰囲気ぴったりなの!おかげで気持ちを込めて書くことができたよ!ありがとう!」

もう一度言うと、泉くんはびっくりするくらい優しい顔で笑った。

「・・・!」

ああ、どうしたんだろ。
心臓の病気にでもなってしまったのか。
まるで、全身が心臓になったかのように、ドクドクとうるさい自分の胸の音。







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彼女は、知っているのだろうか。

俺が、なぜここにいるのか。
彼女を訪ねて書道部の部室にきたその理由を。

きっと、彼女は知らないだろう。

アキラを探しに書道部の部室を訪れて、初めて彼女を見た時から、始まっていたこの気持ちを。

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(一筆入魂、ある少年少女の放課後)

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