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□俺がお前を望むから
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「キャプテン!大変大変!漂流者見つけた!」




大きな音を立てて表れた白熊、ベポ。この海で漂流者なんて珍しくもない。





「んなモン放っておけ…」


「でもキャプテン!その漂流者まだ子供みたいだしっ、気も失ってるみたいだしっ、顔色もあんまり良くないしっ、なんだか痩せてるみたいだしっ、…あのままじゃ死んじゃうよ!」




…随分と細かく見てるじゃねぇか。顔色なんざ近くで見なけりゃわかるモンじゃねェだろ。ったく、勝手に船に上げやがったな。




「誰の許可を得て船に上げた?」


「ゴメンナサイ、キャプテン。…でも!放っておいたらあの子本当に死んじゃう!」


「ハァ……」






このお人好し白熊は…。慈善事業やってる訳じゃねぇんだぞ、ったく。





「…ガキはどこだ」


「!キャプテン!あの子助けてくれるの⁉」


「別に俺は海に流しといたって構わねェが?」


「ダッ、ダメダメ!それはダメ!甲板にいるよ!早く行こう‼」





嬉しそうにぐいぐいと俺の手を引っ張るベポに身を任せてそのまま甲板に向かう。…めんどくせぇ、なんで俺が見ず知らずのガキなんぞ助けなきゃならねぇ…。



そんなことを思いながら甲板へと続く扉を開け、横たわるガキに近付き見下ろす。





「!」








…正直かなり驚きだ。金に近い髪、白い肌、長い睫毛、通った鼻筋、薄ピンクの唇。まるで作られた人形のような容姿をした10歳くらいのガキ。…恐らく男。顔だけなら女でも通りそうだが体つき的に男、だな。細いけど。



体を触り外傷が無いかを確かめる。どうでも良いと思っていた。だが、このガキが何色の瞳を持っているのか気になった。見てみたいと思った。このガキがどんな声で喋るのか気になった。聞いてみたいと思った。この人形のようなガキが人間と同じように動く事を確かめてみたいと思った。




たかが拾ったガキ。興味が湧いたのは少し珍しかったから。それ以上でも無ければそれ以下でも無い。コイツへの興味が尽きればそれで終わりだ。






「ペンギン!このガキ医務室に運べ」


「はい!」







だから、一旦は助けてやろうじゃねェか。











ガキの容態はそこまで悪くは無かった。単なる栄養失調。顔色の悪さも痩せた体もそれが原因だったのだろう。



見れば見るほど人形の様な見目。本当に人間かと疑いたくなる程に。まぁ、呼吸もしてるし人形である筈もないのだが…。そう思いながらベッドに横たわるガキを見つめていれば、僅かに瞼が震えるのがわかった。…目が覚めるか。








『……う、ここは…?』







開いた目は闇を彷彿とさせる漆黒。放たれた声はガキ特有のソプラノ。どちらもその見目に恥じないモノだった。人形を思わせていたガキが動き、ヒトである事を主張する。その姿に僅かに動揺しながら、それを悟らせない様に言葉を放った。





「目が覚めたか」





目と首を動かし此方を見た。その顔に表情は無い。



『……貴方は?』


「俺はこの海賊船の船長だ」


『…海賊…。船長さん…ですか』






ガキはそう言って上半身を起こして膝を抱えるように座った。


分かったのは、海賊と聞いても全く表情を変えず、俺を映す漆黒の瞳は闇しか映して居ないという事。




「お前、たった一人あんな小さな船で何してやがった」


『何、と言われましても…漂流していた、としか言えません』


「質問を変える。何故、漂流していた?」


『その疑問に関しては僕が一番知りたいです』







淡々と俺の質問に答えるガキ。10歳そこらとは思えない落ち着きと対応。なのに帰ってくる答えは何処か小馬鹿にした様なもの。自分が漂流していた理由も知らねェなんて…




「…だったら誰かが寝てるお前を船に乗せて海に放ったとでも言うのか」


『……強ち間違った意見では無いかと。僕の船に新聞が一緒にあった筈です。アレは僕に馴染みの無い言葉の羅列でした』





新聞の言葉が馴染みが無いだと?





「…どういうことだ」


『グランドライン、悪魔の実、ワンピース。そんな言葉は初めて見聞きしました。極め付けは大海賊時代。僕にとってはそんなものは絵空事(フィクション)に他なりません。こんな非常識な常識、僕は知りません』






語られた言葉に驚いた。この時代を生きていながら何も知らないと言う。何も知らないと言う癖に、そこには焦りも無ければ困惑も無い。只々無表情に淡々と語られる言葉。コイツの言葉は嘘か本当か…。






どっちだ…?







「…ならお前はこの世界(ここ)とは違った場所から来たとでも言うのか?」


『それが妥当かと。頭の可笑しな奴とでも思って貰って結構です』


まるで興味など無いというかの様に俺をあしらう。こんなガキの戯言なんて付き合う必要も無ェ。今すぐ海に投げたって構わねェ。…ただ今すぐそれが出来ないのは、1つの記憶が脳裏を過ぎったから。




「ちょっと待ってろ」





確か自室にあった筈。僅かな興味で買ったソレ。自室に戻り本棚から抜き取ったのは《世界の記憶》そう書かれた1冊の本。そこに綴られる半分は世界の歴史で、興味あったのもそっち。もう半分は子供に聞かせるような昔話や童話、挙句は噂の様なもの。そんなもんに興味なんて無かった。だから適当に流し読みして終わった。大して記憶に残るようなモンでも無かった筈なのに、どうしてその内容が執拗に俺の脳内を巡るのか…。









答えは簡単だ。

似ているんだ。

なんとなく。

本の内容と。

あのガキの言い分が。





【彼らは世界を知らないと言う。
だけど僕らは彼らと言葉を分かち合う。
彼らは世界を知らないと言う。
だけど僕らと彼らは共に生きて行ける。
彼らは世界を知らないと言う。
だから彼らは元の世界に恋い焦がれる。
それもその筈。だって彼らは…
異海人】


言葉を分かち合う、とは同じ言語を操ること。共に生きて行ける、とは最低限の生きる為の知識を持っていること。元の世界に恋い焦がれる、とはつまりこことは異なった世界の住人であり、元いた世界に帰りたがると言うこと。…ガキの目が闇に染まっていたのは元の世界に帰れないから…?



少し強引過ぎる…と思わなくも無い。ただ腑に落ちないんだ。記憶障害でもない。いくら閉鎖的な場所で生きていたにしたって余りにも世の中を知らなさ過ぎる。ガキの言い分そのものが不自然。だが、恐らくあのガキは嘘を吐いてはいないだろう。こんな下らない嘘を吐くメリットは0。寧ろ切り捨てられる可能性の方が高い。つまりはデメリットしか無いとも言える。


ならばあのガキは何者なのか。そう考えた時、本の内容を思い出せば何ともストンと胸に収まる感覚。まるでそれが正解と言わんばかりに。






だったら…







己の感覚を信じれば良い。














スッ



『コレは?』


「読め」


『……異海人?』


「違う世界から来た、そういう奴が過去存在したらしい。たかが噂、たかが戯言だと思ってたが、どうやら真実(ホントウ)らしいな。実物を見たなら疑う理由は無ェ」


『何故信じるんです?僕が嘘を付いてるとは思わないんですか?』


「嘘なのか?」


『いいえ』


「フン、嘘かどうかは俺が決める」







悩むのはもう止めだ。面倒臭ェ。






「それよりお前、これからどうするんだ。行く宛あんのか?」


『あると思いますか?まぁ、このままこの船に乗せてくれ、と言うのは迷惑だと分かっていますから。…そうですね。なら…』







相も変わらず表情は無く、わざとらしく右手を顎に持って行き僅かに俯き考える仕草を取る。そして俺を見上げて…













笑ったーーー








『その刀で一思いに殺して頂ければ有り難いです』


「⁉」


『痛いのは苦手なので、首を刎ねて貰えると嬉しいです。…あぁでも、刀を汚してしまいますね。甲板まで案内して頂ければ海に身を投げましょう。苦しいのは避けたいですが、立場上あまり我が儘言えませんからね』







…なんなんだ、このガキは…。何故笑う?何故笑ってるのに感情が見えない?殺せ?こんなガキがこうも簡単に死を受け入れるのか?死に怯える事も無く?なら何故世界を恨まない?何故人を憎まない?何故そんなふうに笑う?何故…







そんなガキから目が離せない?









「…随分潔いじゃねぇか。未練の一つも無ェのか」


『未練?有りませんよ、そんなもの。この世界(あっち)にも勿論この世界(こっち)にも。僕にとっては希望も無ければ絶望も無い世界でしたから』







語られるのは世界を見限った人間の言葉。まるで生きながら死んでいるような。なのに…作られた笑みだと分かってはいるのに…どうしてこうも俺を捕える?






『……あぁでも、愛されたかったですね。誰も僕を愛してくれませんでしたから。1度くらいは愛されてみたかったです』







初めて感情が見えた。作られた笑みに滲む寂しさ。切なる願いに憂う横顔。この心臓を鷲掴みにされる様な感覚。……あぁ、そうか。












俺はコイツが欲しいんだ。











感情はハッキリした。俺はコイツが欲しい。切り捨てるには余りにも惜しい。側に置きたい。手放したくない。コイツの全てを自分のモノにしたい。だから俺は動く。この感情のままに。







「お前、愛されたいんだったな。なら俺がお前を愛してやる」


『いや、あの、そんな仮初めの愛が欲しい訳では無いんですが』


「安心しろ本気で愛してやる。その代わり、お前は今この時からこの船のクルーだ。つまりは俺のモンだ。そしてここは海賊船。強くなきゃ生き残れねぇ。お前が暮らしてた場所とは訳が違うだろう。どうだ?









生きる覚悟はあるか?」










そう問えば闇しか映していなかった筈の瞳に光が宿り始める。まぁ、どんな答えが返って来ようとコイツを俺のモノにする事は決定事項。…それでも俺のモノになる事を望めと思うのはコイツの全てを俺が望むから。







『…本当に僕を愛してくれるんですか?』


「ああ。約束してやる」






僅かな不安の感情から一転しての強い意志。その瞳には確かな光。





『なら、覚悟くらいいくらでも決めます』


「フッ、いい返事だ。戦い方は教えてやる。まずは自分の身は自分で守れる様になれ。…もし本気でヤベェと思ったら俺の名を呼べ。俺がお前を守ってやる。ただし甘えるなよ。それから、お前が俺のモノである事を肝に命じておけ、いいな」


『わかりました。これからよろしくお願いします』








表情と感情が重なった。嬉しそうに笑った。







それが酷く愛しいと思った。






end






ではお名前聞いても良いですか?知らないと呼ぶに呼べないので。あ、僕は葉月です。

(そう言やまだ名乗って無かったな…)トラファルガー・ローだ。




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