書庫

□黄金の自由戦記
1ページ/2ページ




*シャンクス視点









その日は数瞬間振りの島への上陸だった。天気も良くて気分も良くて、こんな日は何か楽しい事が起こりそう、なんて子供の様に胸を弾ませてる自分を自覚しながら島の散策に出る。





「お頭、随分と楽しそうだな」


「ベック!なんだか今日は面白い事が起こりそうな予感がする!」


「おいおい、お頭の"面白い事"は厄介事の間違いじゃねェか?」


「わはは、違ェねェ!」







ベック、俺、ラッキー・ルゥ、ヤソップで島を歩けば島の人間は多少の警戒は見せる物の必要以上の反応を示さないのは、この島自体あまり海賊による被害が出た経験が無いからだろうな。

そんな事を思いながら辺りを見回し散策を続ければ、古い知人と言えば良いのか、良き好敵手といえば良いのか、切れない縁で繋がっていると思われる男の背中を見つけた。服装も見慣れず、普段から背負ってる馬鹿でかい剣も無い事に違和感もあったが、それでもそれが"違う"と言う結論に辿り着きはしなかった。

だから俺はさして気にする事も無く駆け出した。ベック達の驚きと静止の声を無視して。遊び半分くらいの気持ちで、暇潰しと言って船を沈める男の首を狙って剣を振るった。










ガキィンッー










予想通り、と言えば予想通りだった。こっちを振り返る事もしないまま意図も簡単に防がれる。背後からの一撃だからと反応出来ない様な男では無いのは知っている。世界一の大剣豪の名は伊達じゃない事も知っている。だからこそ防がれた時に感じた何もかもに違和感。そう、この瞬間俺は初めて斬り掛かった相手に"違和感"を感じたんだ。


ゆっくりと互いの剣越しに振り返ったその目がバチリと俺の目を捉えた。髭も無ければ、記憶よりも遥かに若々しい風貌。極め付けは垂れ気味の目元。おいおい…マジか。










「…鷹の目…じゃない?」









ポツリと思った事が口から溢れたかと思えばー






『間違える要素が一体どこにあるんだ』


「…ふいんき?」


『"雰囲気"だ。ってそうじゃない。雰囲気なんぞで首を飛ばされたなんて洒落にならん。偶々防げたから良いもののこれは完全にお前に非がある。だから俺は慰謝料を要求する。金を寄越せ。はよ』


「流れる様に慰謝料要求されてる⁉」









何食わぬ顔で慰謝料を要求された。いや、確かに悪いのは俺だ、それは認めよう。いくらふいんき、いや、雰囲気が似てたからと言って斬り掛かったのには俺に非があるだろうし。いや、だがそれにしたって良く似てる。主に雰囲気が。顔を見れば別人だとは分かる。だがこの彼の纏う独特の雰囲気は彼の剣豪に良く似てる。そして極め付けは垂れた目元の奥でギラリと燻るその猛禽類の様な鋭い光りは、まるでアイツの瞳のソレ。その瞳を暫し見つめて我に帰る。





「ベック!ヤベェ!人違いだった!」


「ああ⁉」








振り返る様にして俺が叫べばベックが駆け寄って来る。その表情は不思議そうで、何処か的を得られないと言う表情だった。無理も無いだろうな、多分ベックもこの男を鷹の目と認識してる筈だ。なのに俺が"人違い"と言ったんだ。訳が分からないだろう。








『あ、保護者の方?殺人未遂的迷惑罪で慰謝料を要求します。金を出せ』


「……鷹の目?」


『え?無視?ウソだろ?』


「ではないな…お前誰だ?」


『俺が被害者だって理解てしくんね?』











やっぱり、ベックもこの男を鷹の目と認識してたな。そしてポンポンと交わされる会話に思わず呆然とした。何処か戯けた様な言い回しに、被害者だと言う主張。鷹の目相手じゃ絶対に有り得ない会話だ。

ただ一切怯む事もせず、鋭い眼光を突き刺す様な眼差し、そして未だに交わした刃と刃を通して伝わって来た相手の手に籠るは…恐らく反撃の意思。それを読み取って動いたのはベックだった。

ガチャリと言う聞き慣れたライフルを構える音。男の頭部十数センチの至近距離に銃口。だと言うのにそこには動揺も焦りも一切無い。なんなんだ、この男は。そんな男にベックが問うた。









「答えろ。お前は誰だ?」


『人に名前を聞く時はまず自分から名乗るのが一般常識というものでは?』


「…ベン・ベックマン」


『知ってる。四皇赤髪の副船長。俺はしがない旅人で名前は葉月。よろしくついでに慰謝料はいくら程取り立てて良いだろうか?』












葉月、と名乗った男はこの海で四皇などと大層な呼ばれ方をされてる俺達を知っていて尚この態度らしい。これで実力が無ければただの命知らずと言えるだろう。だが、本気では無かった一撃にしても、あの鷹の目の首を狙った一撃に半端をしたつもりは無かった。それをこの男は振り返りもせず当たり前の様に防いで見せたんだ。実力は相当。そんな男に興味が湧く。

そしてこの男はなんでこんなにも金に執着してんだ?

そんな事を考えていればさして急ぐ事もせず歩いて来たヤソップ達が追いついた。










「なんだ?なんだ?ケンカか?」


「おう、鷹の目じゃねぇか!…ん、鷹の目?」


「似てるが別人ぽいな」








鷹の目を知る者から見ればこの男の纏う空気は鷹の目のものと酷似しているんだろうと改めて思う。そんなクルー達の会話を聞いてたベックがやれやれと言う様に溜息を吐いてライフルを降ろした。ので俺も剣を退けば、思いの外目の前の男もすんなりと剣を退いた。

勘違いとは言え一方的に加えられた攻撃と銃口を突き付けられると言う扱いをされたと言うのに随分と寛大な男だ。いや、こちらに戦意自体無かった事を理解していたのかもしれない。じわりじわりと興味が増す。ああ、コイツは面白い、と内心ほくそ笑む。俺の予感も捨てたもんじゃないな。









「俺はシャンクスだ!おい、葉月!お前鷹の目の息子か?息子がいるなて話は聞いた事無ェぞ!」


『取り敢えず慰謝料請求しても?』


「…お前会話する気ある?」


『無い』


「オイッ!」










俺の言葉にビックリする程のスルーを決め込んで、ひたすら慰謝料を要求してくるこの男は一体何を考えていると言うんだ。








「葉月と言ったな。何処かで飯でも奢ろう」


『流石副船長話分かるな。俺あそこのメシ屋が良いんだけど』


「いいだろう」








そんな俺を傍目にベックは意図も簡単に葉月の心を射止めた様だった。え、何?腹減ってたの?もしかしてメシ食う金も無いとか?だから慰謝料請求?どんだけ金欠なの?お前。

葉月の希望通りの店に入れば先客達はそそくさと出て行った。まぁ割といつもの事だ。心無しかウキウキとしてる様に見えなくも無い葉月は無表情を決め込んだままー








『取り敢えずこの辺の全部、あと酒』







店のメニューを指差して注文した。おいおい、コイツまさか一人でその量を食う気か?身長はそれなりにあれど、その量は決して一人分と言うには無理がある量なんだが?しかも遠慮する気はゼロらしい。









「それじゃあお前の話を聞かせてくれ」


『なんでもどうぞ?』










ベックがそう切り出せばそれを当たり前の様に受け入れた葉月。要はメシ食わしてやるから質問に答えな、ってやつだ。コイツも分かってて付いて来た様だ。そんな相手にベックが聞いた。








「お前は誰なんだ?」


『葉月。旅人』


「鷹の目の息子か?」


『さぁ?俺は生まれてこの方父親の顔を見た事が無いから否定も肯定も出来ん』


「出身は?」


『イーストブルー』


「年は?」


『21』


「母親は?」


『死んだ』


「…もう一度聞く。お前は誰だ?」


『葉月。旅人』













淡々と聞くベックと淡々と答えていく葉月、側から見てればまるで尋問だ。ただ今の話を聞く限りじゃイマイチ容量を得ない。相変わらず不思議な存在のままだ。だからこれは純粋な疑問だった。








「なぁ、お前はなんで旅人なんてしてんだ?」






ベックに変わって口を挟んでも矢張り淡々と答えが返ってくる。






『定住地を探してる』







だから浮かぶ疑問を再びぶつけた。







「何で元居た島を出たんだ?」


『…』










途端に止まった返事にユラリと揺れた視線、それを見てハッとする。







「!あ〜、言いたく無ければ言わなくて良い!」







誰にだって言いたくない過去くらいあるもんだ。それを無理に聞くのは野暮ってもんで。軽弾みな質問に反省する。







「悪いな、別にお前を詮索したかった訳じゃねぇんー」


だけど。と続ける筈だった言葉は遮られた。







『母親が死んだからだ』


「「!」」







それは怖いくらいに温度の無い言葉に感じた。







『俺の故郷の島の女は殆どが娼婦で俺の母親も例外じゃなかった。そんで俺の母親は巷じゃ噂の妄言女でな、島連中からの風当たりが強くて数年程前に病気に掛かった際誰も手を差し伸ばす者は居らずそのまま死んで行った。だから俺としては島で生きる理由が無くなったんでな、島を出た。さっきも言ったが今は定住地を探してる。だから旅人』







さっきまでと同じ様に淡々と語られる男の過去は決して美しいものなどでは無かった。

恐らく島の人間から疎外されたのは母親だけでは無かっただろう。息子であるこの男もまた同じ様に疎外されて幼少期を過ごしたのだろうか。病気で弱って行く母親の側に付いて、死んでいく様を看取ったのだろうか。たった一人で。

父親も居らず島の人間には疎外され母親の手のみで生きて来た彼の世界は母親が全てだったのかもしれない。そしてそんな母親は誰にも救っては貰えなかった、他の何ものでもない人間の心そのものに。








「…悪いな、喋らせちまって」


『別に構わん』







何でもない様に許された事に対して余計にバツが悪く感じつつも、どうにかこの重くなった空気を払拭したくて努めて明るく振る舞った。それを察したのかヤソップも会話に混ざって来る。空気の読める良い男だな、お前!








「じゃあお前は鷹の目とは関わりは無くて、本当に他人の空似って事かぁ〜!」


「空似でこんなに似た奴居るもんなんだな〜!」







カラカラと皆で笑って重い空気を吹き飛ばして、葉月も『まぁな』なんて言って相変わらずメシを食い続ける。どんだけ食うんだよ、お前。でもまぁ、そんだけ食う元気がありゃあ心配いらねぇな、なんて何処かホッとした、のも束の間で。『あ、でも』と何かを思い出した様に料理に釘付けだった視線を俺に寄越して、そのまま爆弾を投下した。










『"貴方は私とミホーク様の愛の結晶よ"と母親には言われたがな』









.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ