□口実
2ページ/5ページ



「…失礼します。」




「これはこれは、xxxさんじゃないですか。」




無機質な扉を横にスライドさせると、黒板を消している有村先生がこちらを向いた。




相変わらず気の抜けた、間延びた喋り方をする人だ。




あなたが来いと言ったんだろう。


そう心の中で呟きながらも返事はしなかった。




「今日はごめんねー、僕の勝手な都合に合わせてもらっちゃって。」




先生は自分の服についたチョークの粉を手で払いながら、あまり申し訳なさそうな感じのしない表情でそう言った。




「…はぁ。」




有村先生って本当に掴めないな。
私は呆れてしまい、とりあえず近くの椅子に腰を掛けた。




廊下側の席から顔を左に向けて校庭側の窓の外を覗いてみると、ぞろぞろと蟻の行列を作って校門に向かう生徒たちが見えた。




あぁ、本当なら私もあそこに居たはず。




ふざけながら帰る生徒たちを羨ましく眺めていると、




「xxxさん、」




目の前で声がしてハッ、と前に向きなおすと、有村先生が私の座っていた席の机に頬杖をつき、しゃがむような体勢で目の前でにこりとしていた。



全く光を浴びていないような肌の白さと距離の近さに私はどきり、として思わず息を呑む。




「な、んですか、」




そんな私のリアクションを楽しんでいるかのようにくクスリ、と笑うと頬杖をついたまま話しを続けた。




「今日はね、僕がデッサンしたいんだけど、」




「え?」




「xxxさんに、モデルをしてもらおうと思って。」




そう言って、細いけどどこか筋肉質な腕を頬杖の体勢から崩し、両手を机につき、ゆっくり立ち上がった。




ふわり、




シャンプーのような匂いが嗅覚をくすぐる。




「え、私にですか?」




今日はどうしても自分のデッサンに付き合ってほしい、と懇願していた昨日の有村先生の姿を思い出す。




なぜ私なんだろうか、と不思議に思いながらも仕方がないので了解はしたが。



いやいや、それ以上の話は聞いていない。
次へ
前へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ