本
□口実
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「…失礼します。」
「これはこれは、xxxさんじゃないですか。」
無機質な扉を横にスライドさせると、黒板を消している有村先生がこちらを向いた。
相変わらず気の抜けた、間延びた喋り方をする人だ。
あなたが来いと言ったんだろう。
そう心の中で呟きながらも返事はしなかった。
「今日はごめんねー、僕の勝手な都合に合わせてもらっちゃって。」
先生は自分の服についたチョークの粉を手で払いながら、あまり申し訳なさそうな感じのしない表情でそう言った。
「…はぁ。」
有村先生って本当に掴めないな。
私は呆れてしまい、とりあえず近くの椅子に腰を掛けた。
廊下側の席から顔を左に向けて校庭側の窓の外を覗いてみると、ぞろぞろと蟻の行列を作って校門に向かう生徒たちが見えた。
あぁ、本当なら私もあそこに居たはず。
ふざけながら帰る生徒たちを羨ましく眺めていると、
「xxxさん、」
目の前で声がしてハッ、と前に向きなおすと、有村先生が私の座っていた席の机に頬杖をつき、しゃがむような体勢で目の前でにこりとしていた。
全く光を浴びていないような肌の白さと距離の近さに私はどきり、として思わず息を呑む。
「な、んですか、」
そんな私のリアクションを楽しんでいるかのようにくクスリ、と笑うと頬杖をついたまま話しを続けた。
「今日はね、僕がデッサンしたいんだけど、」
「え?」
「xxxさんに、モデルをしてもらおうと思って。」
そう言って、細いけどどこか筋肉質な腕を頬杖の体勢から崩し、両手を机につき、ゆっくり立ち上がった。
ふわり、
シャンプーのような匂いが嗅覚をくすぐる。
「え、私にですか?」
今日はどうしても自分のデッサンに付き合ってほしい、と懇願していた昨日の有村先生の姿を思い出す。
なぜ私なんだろうか、と不思議に思いながらも仕方がないので了解はしたが。
いやいや、それ以上の話は聞いていない。