本
□口実
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「私モデルとかしたことないんですけど…」
私の嫌そうな返事を聞くとたちまち立ち上がった先生は、うーん、と両腕を上にあげ伸びるようなポーズをしながら、「大丈夫、大丈夫。」と機嫌の良さそうな声色で私に背を向けてそう言った。
本当に勝手な人である。
先生に聞こえるように大袈裟な溜め息を吐くと、ふと、いつもと違う教室に気づいた。
「あれ…、今日誰も来ないですね。」
「あー、うん。」
コツコツ、と先生は黒板に落書きを始めた。
何やら動物の耳のようなものを二つ描いたところで、それね、と続ける。
「それね、僕が今日は来ないでくださいって言ったの。」
「…はい?」
輪郭まで描かれたところで、どうやら猫らしいことに気づいた私は、先生の発言に間の抜けた声を出してしまう。
「今日は僕が忙しい日なので、放課後の指導はできませんって伝えたんです。そうでもしないと邪魔が入っちゃうでしょ。」
先生の意味深な発言に胸がざわつき、私は慌てて唾を飲み込む。
「…じゃあ今日ここに居るののは私だけ、ってことですよね。」
そう尋ねると、有村先生は振り返った。
そして唇を艶やかにゆっくり、動かす。
「うん、僕とね。」
何を考えているのか分からない、ふわり、と目を三日月にして笑う先生に私は思わず目を反らす。
私と、有村先生と。
とくとく、
心臓が音を立てる。
「さてさて、準備しよっか。」
書きかけの落書きをそのままに、チョークを置いて自分の画材を手に取る。
あぁ、だめだ。
いつまでもうるさい心臓が、私を緊張させる。
私は最近、変なのだ。