本
□口実
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私は堪えられなくなって、きゅっと目を瞑り下を向く。
どうやらこの胸のざわつきは、目の前にいる彼のせいらしい。
ふわり、
何かが近づく気配と立ち込めるシャンプーの匂いにハッ、とする。
「大丈夫?なんか熱っぽい顔してるから。」
驚くほど白い肌をした有村先生が、膝に手をつき覗くようにして私を見た。
私から見て右側に傾けられた頭の動きの反動で、彼の真っ黒な髪の毛が右へ流れ、露になった左耳にピアスホールが覗く。
あまりの近さに動きがとれなくなっていると、先生は躊躇なしに私に触れるのだ。
「どれどれ。」
こつん。
「わっ、ちょっと、」
遠慮なく自分の額を私の額へ合わせてきた彼は、うーん、と少し考えるような声を出す。
「熱は…なさそうだけど。」
閉じていた目を恐る恐る開けると、写ったのは艶やかに動く有村先生の唇だった。
「あの、本当に大丈夫です。」
額を離すようにそう言うと、先生は先に額をゆっくりと離し、今度はじっと、私を見据えた。
「……………」
「……………」
じっと私を見つめる彼の瞳は、逃そうとはしない。
どうしたことか、変な汗までかいてきた。
一体何が、起きているのか。
「…あの、」
「でもそんな顔されるとさぁ、」
じりじり、と先生の顔が私に近づいてくる。
「あ、有村先せ、」
もう5cmという所で、私はキュッと目を瞑る。
ふわっ、と、先生の髪の毛が私の右頬をくすぐった。
「俺が大丈夫じゃないんだよね。」
先生の吐息が耳にかかり、背筋がぞくぞくする。
もう喉なんか、からからになっていた。
「え…、」
どういう意味か分からず言葉に詰まる。
「…xxxさんは鈍感なの?」
「あの、どういう、」
脳内パニックを起こす私にふふっと笑う先生は、くるりと背を向けて、うーん、とまた背伸びをする。
「うーん…僕の方が熱があるのかな。」
キーンコーンー…
時間を告げるチャイムがなった。
じわり、じわり。
微熱気味のキミと、ボク。
(すべてキミに近づくための、)
(口実ですよ。)