その他

□旧鬼武者
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俺とは違う鬼、明智左馬介。
断然強い。他の奴よりも、何よりも。

出来ることなら死ぬまで戦い続けたい限りだ。





一瞬のスキを取られた。

「…くっ」

肩に斬りかかれたヶ所から血が吹き出す。
大量の血を見るのは久しぶりだ。
がくん、と前へ倒れ込む体を足で支えるが続け様に腹に蹴りが入った。

(はやい)

衝撃で後ろに倒れこむ。
一瞬の隙を与えない。
それが殺す、殺さないにしても彼にとっては本気の勝負なのだ。
それは勿論、俺にとってもなのだが。

「…、っ!」

(やられる。)

思った時は既に遅かった。
後ろへ倒れた俺に馬乗りで彼は刀を突き刺したのだ。

微々に頬をかすめ、刀は俺のすぐ横に。
何故か心地好かったのは、肩に斬りかかられた痛みよりも歯がゆい程小さな痛みの此方の方がマシだからだろう。

「……はぁ、はぁ」

息を切らした相手の顔をおそらくそこで初めてじっくりと見た。
額から垂れ流れる汗がひとつ俺の頬に落ちる。

「敵」が上にいる。

(ああ、おれはまけたのか)

悔しい。

「…強いな」

自然と出した言葉だがやけに自分らしくない。
負けたのが悔しい。
俺はガキだろうか。
武士としての悔しさではなく、大人げないほんの小さな嫉妬を抱えているのだろうか。
とにかく俺は何としても勝ちたかった。

「十兵衛」

彼が口を開く。

同時に俺の左手に痛みが伝わった。

ぐしゅ、とまるで肉が裂けたような音が耳に入る。
まさに、その通りだった。
一瞬間のうちに彼の刀は俺の左掌を狙っていたのだ。

俺の左手には彼の刀が刺さっている。

「……左、馬…」

言葉が続かない。
一言痛い、と言うほど痛みは無い。
寧ろ痒い程である。
だが、目の前にいる男の考える意図が分からず俺は錯乱した。
痛くないか、と男が聞く。
更に深く突き刺すのかと思った。
だが彼は、鬼の印であるそこに傷を残していく。

「…、何故…」

あまり痛みを感じないのは俺の鬼の血のせいか。
それとも神経がいかれてるのか。

時折、僅かな痛みに、時折、胸を掴みたくなるような感情に俺はただ喘がされた。

屈辱ではないが、その行為が不思議でならなかった。

「感じるのか?」
「感…、当たり前だっ…早く」

抜け、と叫ぶつもりだった。

突如、深く突き刺さる刀。

「あ゛ぁ、あッ!」

強烈な痛みに俺は顔を背け、歯をくいしばったがそれは無駄だった。
左手が目の前で突き刺さっている様を見ながら麻痺したようにまた、あ、あ、と声を上げる。
先まで痛みなど無かった左手が唸るように痛い。
まるで自分の手では無いように、親指が、人指し指が、五本の指が助けを求めるように動いている。
彼は次第に刀を動かし始めた。

「う゛ぁ…っ左馬介!」

一度貫通させた場所を戻されのは、正直苦しかった。
血が逆流したかのように、体全体が痺れる。
その左手からは、動作に合わせる光が溢れていた。
いつものように明るい光ではなく、黒く邪に染められた色だ。

「早く、欲しいって?」

普段見せない笑顔。まるで面白い玩具でも貰った子どものように笑う。
そうして、また俺を刺す。

深々と地に突き刺したまま、彼は俺に口付けた。
身動きのできない状態で、右手首も拘束されると再度唇が押し当てられる。

(なに、かんがえて)

自分にも対しての言葉だった。
まさか、まさか、こんな状況で、

「ふっ、ぅ、う」

こんなにも興奮するなんて。

舌に舌を絡ますようするから迂濶に舌も噛みきれない状態だ。
情けない俺の声が耳に入ると、もう恥ずかしさに耐えがたい。
ああ、死んでしまいたい。
感覚が、体が、熱が、左手が―。
左馬介に助けを求めている。


ずぷり、と音を立てて刀が抜かれたのはそれから一刻が過ぎた後だった。
もうこれが痛いのか気持ちいいのか分からない。
無言で去っていく左馬助を目で送りながら、左手を目の前に出す。
あれほど流れた血が、引き裂かれた肉が戻っている。
触っても普通だ、穴のひとつはどこにも見えなかった。
普通の人間では決して有り得ない。
まるで、修復するように。
俺の中で一番、人とは離れた部分が、痛ム。

体を横にしたまま、左手で顔を覆うと、鬼の手の印(いん)が最後に細く黒く輝いて、また青白い光を俺に戻した。


終。
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