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□酒
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次の目的地は魚人島だ。
新しい船は居心地よく、快適な航海が続いている。
夜中のキッチンに、タバコを忘れたことに気づいて訪れたサンジは、暗闇の中の異変をすぐに察知した。
誰かいる。
電気もつけずに、獣のように早い息づかいのそれは、不気味で、侵入者を思わせるそれだった。
サンジは電灯をつけると同時に目星をつけた場所へ攻撃することを決め、息を吸ってパチリとスイッチを押した。
すると。
キッチンに転がる細い腕、広がるオレンジの髪。
「...!?ナミさんっ!!」
ナミが息を荒くして、倒れていたのだった。
リトルガーデンからドラム王国での病状が頭をよぎった。
サンジが慌ててナミを抱き起こすと、ぐったりとした体は異常なほどに熱い。
「ナミさんっ!ナミさんっ!!
意識はあるか!?大丈夫か!?」
ゼェゼェと胸が上下し、声に少しだけ反応した様子で、ナミがピクリと目を開ける。
顔は赤く、近くに転がる瓶。
「サ、ンジくん...」
「ナミさん!どうしたんだ、すぐにチョッパーを...!!」
「や、めて...ハァ、言わないで。ちょっと...飲み過ぎちゃった、みたい...ごめんね」
確かに、ウイスキーの匂い。
くたりとした体を横抱きにして、すぐに船医のもとを目指そうとしたサンジをナミは制する。
「何言ってんだよ、ナミさん、君がお酒でこんなになるなんて」
「ごめんね...水をもらおうと思ったんだけど...」
くるくる目が回って、気づいたら。
サンジは瞬いて、どうすべきか悩んだ。
それを察して、ナミが口を開く。
「大丈夫なの。チョッパーは起こさないであげて。水、もらえれば...大丈夫、だから...」
途切れ途切れに息をして、サンジの肩にしなだれかかるナミの手が、ぎゅっと強く腕を握って来るのを感じて、サンジは水を用意すること以外を諦めた。
ありがとうとグラスを受け取って喉を鳴らす。
大量の水を飲み干したナミは、目を閉じて、また眠ってしまったようだった。
その寝顔を見ながら、サンジは思う。
ナミが酒に飲まれたところなど初めて見た。
どんなに飲んでも絶対につぶれないところを、今まで何度も見てきたのに。
なのに、どうして-----
ナミの端正な顔を見下ろす。
顔が赤いから、温度がきっと高いだろうことを確かめたくて、指の背で頬を上下する。
抱いた肩は華奢で、頼りない。
長いまつげが伏せられて、
滑らかな頬に涙が伝った。
「...ベルメールさん......」
そして、気づいた。
ああ
魚人島に行くからだ。
この強い人が、酒に酔ったのも、キッチンで倒れてしまったのも
いつもなら絶対にあり得ないことなのに、こうなってしまったのは。
ここ数日、確かに彼女の様子はいつもと違っていた。
次の島に行くことは、彼女にとって、少なからず悲しいことを思い出させるだろう。
彼女の過去を知る者なら、みんながそのことを気にかける。
それでも、
わかってしまった。
気丈に振舞って、心配させまいとして、今日は一人でいたのだろう。
きっと、大切な人の育てたみかんの木のそばで。
いつも杯をかわす剣士も誘わず、一人で、飲まずにはいられなかったのだろう。
なんて、健気で愛しくて、こんなにも守りたい
この世でたった一人の君
サンジは目の前の少女の細い手を強く握った。
次の島に、悪い者ばかりがいるわけではないだろう。
しかしまだ見ぬその島は、思い起こさせる何かがこわくてこわくて、彼女を弱くしてしまう。
「絶対に守るから」
何よりも、守りたい
何からも、彼女の顔を曇らす全てから、守りたい
もし君が、自分を望むことはなくても、それでも必ず自分は、この美しい人を守るだろう。
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