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□蜜柑畑
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出会った時から、変な女だった。

魔女で、金に汚くて、気がきつくて、優しくて、賢くて、自分に正直な女。

自分より大切なものを持っていて、いつも努力している。

この船では、口に出すことはきっとないけれども、お互いを尊敬し合っているが、その女の航海術は中でも目にする機会が多く、いつも驚かされる。

他と違うと気づいたのはいつからだろう。

仲間以上の感情を抱いたのは、もうずいぶん前のことのように思う。

じゃなければ、踏まれたり命令されたり殴られたりした時点で関わりを絶っているだろう。


「次は、魚人島...」

スリラーバークの被害者たちと別れてから数日、クルーが思い思いに過ごす時間に、ナミがおそらく、周りに誰もいないだろうとポソリと呟いた言葉を、剣士は聞いていた。

デッキの下に、まさか人がいるとは思わなかったのだろう。


「...なんか言ったか?」

声をかけると、ナミの浮かない顔はすぐに消えて、

「なにも言ってないわよ。何言ってんの?」

いつもの調子で鋭く返される。

何を言ったかをわかっているのに、何か言ったかと聞いたのは、こう返ってくることを予想していたからだ。

そう聞くと、内容は聞こえていないと踏んで、発言をなかったことにするだろう。

こいつの性格上、心配をかけまいとして、認めないことが多々ある。

エニエスロビーを後にしてから、気がかりなのはそれだった。
次に向かう魚人島に、こいつが心を痛めていないはずがない。

「あっ、いたいた!ナーミー!」

「どしたの、チョッパー」

「あ、ゾロもいたのか。ちょっと診療手伝ってくれよ。」

「かまわねぇが...」

ガチャガチャと医療品の入ったカバンを重そうに抱えて、はりきった船医が診察を開始した。

「おい!ナミ!お前昨日飲み過ぎたらしいな!ナミは酒に強えけど、心身が弱ってる時は効くんだからな!だめだぞ!」

「はーい。
でも、何で知ってるの?」

「サンジに聞いたぞ!夜ナミが倒れてたって!」

ナミの喉が診たいチョッパーを、ちょうどいい位置に持ち上げたり、ライトを当てたりする仕事を任されたゾロは、昨夜の事情を聞いて手からチョッパーをボトリと落とした。

昨日は甲板に出て来てもナミは酒をかわしに来なかった。

しかし、同じ頃コックと接触していたとは。

しかも、飲み過ぎて----こいつが?

「いてっ、ゾロー落とすなよー」

「わりぃ」

「あんたよく物落とすわね。」

頭見てもらったら?と辛辣にナミ。

「うん、いいなっ。腫れもないし。
何かあったらいつでもおれに相談するんだぞ!
クルーの健康管理もおれの仕事なんだからな!」
「うん、わかったわ。チョッパー」

ニコリとして立ち去るナミに、残されたチョッパーがつぶやく。

「ナミ、大丈夫かなぁ?」
「あ?」
「なんか笑ってるのに、さみしそうだろ?男部屋でもさっき言ってたんだ、最近ナミはおかしいって。」

こいつらは、よく見てるんだな、と思いながら、目線の下に生えるツノを見ていると、トナカイが続けた。

「ウソップは、ほっとけって。悪い意味じゃなくて、普通に接してやる方がいいって。」

フランキーやブルックは大人だから、それ以上ついきゅうしないって言ってたぞ!とチョッパー。

思わず、チョッパーの頭をポンポンと撫でて、ゾロはその場をあとにした。

みんな、心にひとつやふたつ、時折痛みを与えるものがある。
それを、仲間たちが気にかけたり、優しく見守ることは、とても温かいことのような気が、ゾロにはするのだった。






午後のキッチンでは、仕込みをするサンジがひとり黙々と作業していたが、彼にとってはうれしい来訪者があった。

「ナミはもういいみたいね。ぐっすり寝て、朝にはケロリとしていたわ。」

ロビンはキッチンに入るやいなや、奥にいたサンジに投げかけた。

「ああ、ロビンちゃん、昨日はありがとう。」

キッチンで倒れたまま、眠りについてしまったナミを昨夜サンジは女部屋へ運んだのだった。

「あの子、お酒は強いのに珍しいわね。
昨日はずっと蜜柑畑にいたから、どうしたのかと思っていたのだけど。」


ああ、やはり。
一人でそこにいたのかと、サンジはロビンの紅茶を用意しながら思う。
きっとそこで泣いていたんだ。

ロビンが本当の意味で仲間になってから、彼女たちは本当に仲がよかった。
若い女性らしい楽しみを、おそらく今まで経験できなかったロビンは、ナミといるとその時間を取り戻すかのように楽しそうにしていた。
またナミも、落ち着いたロビンを特別に信頼し、一緒にいて安心しているのがわかる。

そんな二人だから、ロビンが昨夜のことをとても心配しているのは当たり前で、なぜそうなったか知りたいと感じるのも当然だろう。

ナミの過去を、ロビンは知っているのだろうか。

「.....あー...それはきっと...次の島が...」

歯切れの悪い言葉に何か感じるところがあったのか、二の句が継げないサンジから紅茶を受け取ると、ロビンはそう、と一言呟いてカップに口をつけた。

それ以上のことは何も聞かなかったロビンがキッチンを後にすると、表に珍しい訪問者の気配を感じて、サンジは煙草の隙間から声をかけた。


「聞いてたのかよ、クソマリモ」

まだ戸の外にいる気配に呼びかけて、開かれた扉からはバツの悪そうな剣士が現れた。ロビンとの会話を聞いていたらしい彼はバツが悪そうにつぶやく。

「...やっぱりずっと畑にいたのか」

「そうみてェだな。一人でいたかったのかもな...」

サンジが答えて、吐いた煙が立ち上って消えていく。

「あいつはおれらが普通にしてることを望んでるだろ。」

酒瓶を一本取り出しながら、ゾロがつぶやく。
いつもならこんなに言葉を交わさない二人だが、今は事情が違う。

「だからいつも通りアホなこと言ってろ。」

人魚だの、何だの

「ばーか、言われなくてもそうするっつーの。」

昨日見た、あの人を守るためならなんだってする。

「...エロコック」
「あぁ!?何か言ったかクソ野郎!」
「やんのかコラ」
「上等だオラ」

「ハイハイ、もーいいからあんたたち」

「!?」

話はきかせてもらった、とばかりにバーンと扉を開けて登場したのは、まさかの当の本人だった。

「ナナナナミさんっ!?今の聞いて...!?」
「なんでテメェがここに...」

「なによ。いちゃ悪いの?」

じろりと二人を睨めつけて、この船でも一二を争う戦闘員たちを容易く萎縮させてしまうのが、彼女のすごいところ。

「心配かけたくなかったんだけど、潰れたりして、悪かったわね」

みんなにも、心配させちゃったわね。とナミ。
全部知っていた、みんなに気にかけさせていたこと。

先ほどまで互いの胸ぐらを掴み合う勢いだった二人は、ナミの様子を見て、どきりとして居住まいを正す。

と、言うのも、目の前の女性には珍しいしぐさをしていたからだ。

あのナミが
目を伏せて何か言いにくそうにもじもじしている、それがとてもかわいかったからだった。


ありがとうね。


目を伏せたまま恥ずかしそうにそう言って、ナミはじゃ!と部屋を後にする。
恥ずかしさで勢い余ってバンと閉められた扉に、残された二人は釘付けになるのだった。

これだから、あいつが、君が、好きなんだ。

気まずい二人はすぐに解散して、また普段通り日常をこなす。
いつもより幸せな気持ちで。

そして。


「ナーミー」

「なによ。」

「島は見えたか?」

「見えないわよ、まだ」

ウキウキして船首にまたがり、頭上から問いかけてくる船長にナミはメモを取りながら返事を返す。
この海域の温度や湿度などを記録している。

「あっ」

目線を合わさず生返事したのが不服だったか、船長が目の前まで伸びてきて、メモを取り上げてしまった。

「ちょっと、ルフィ!」

「んん〜何書いてんだ?」

「この海域の気候について覚え書きしてるの!返しなさい!」

「覚え書きって何だ?」

「忘れないようにメモとってるの!早く返しなさいよ」

「なんでメモとってんだ?」

「.....」

説明するのが面倒になってきたナミは、息をひとつついた。

「ねぇー...ルフィ?」
「ナミ、お前元気ねぇのか?」
「え...」

ルフィのじっとこちらを見つめる眼差しにドキッとして、ナミは言葉を探して昨日の失態に行きついた。

「飲み過ぎて...昨日は、ごめんなさい。みんなに心配かけて」

「なんで?」

ルフィの言葉にがくっと肩を落として、片手で頭を抱えたナミは言った。

「私、元気よ。そりゃあんたほどじゃないけど。」

「おれはさー、笑ってるおまえが好きなんだよ。

でもな、おれはおまえがなにを思ってるか言ってくれなきゃわかんねえんだ。

だから、どうしたら笑ってくれる?

なんかが重くて笑えないなら、
おれにも背負わせろよ、それ。」

ああ、だからこいつは私を惹きつけて離さないのよね。

ナミはそう思って、心の底から笑った。

「ルフィ、おりてきて」

本当はね、怖かったの
魚人島へ行くの
でももう大丈夫


そういう言葉全てを飲み込んで

「ルフィ、ありがとう」

あー私よりしあわせな女はこの世にいないんじゃないかって思ってしまうくらい

「お前ほんとやめろよ」

「?え?」

「その顔他のやつに見せんのやめろ」

その顔って、なに?
狼狽えるナミに船首からストンと降りて詰め寄る船長。

「おれだって冗談で言ってるわけじゃねえんだからなっ」

「!」

それがさっきの好きという言葉のことだとわかってしまったナミは、途端に顔を朱に染め、珍しく言葉を濁すのだった。

突き抜けるような快晴。
それはこの男のようだと思う。
その男が好きだと言うのなら、いつでも心の底から笑っていたい。
だって、みんな側にいる。
ナミは笑う。






あんたたちと一緒なら、私は何も怖くない









End

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