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□ぬるま湯
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エニエスロビーでの戦闘を終え、ウォーターセブンを後にした一味。

前日は途轍もない嵐だった。
それが嘘のように本日は晴天。
蒸し暑いくらいの陽気に、この船の女性2人は芝生にチェアを並べて(並べたのはサンジ)午後を過ごしていた。

「てっきり付き合ってるのかと」
隣のパラソルの中から投げかけられる言葉に、ナミはぎょっとして読んでいた新聞から顔をのぞかせた。

「ちょっと、またその話?」
サングラスの奥のロビンの瞳は笑っている。
昨夜からこの話を降ってくることに余念のないロビンはグラスを手にして氷をカランと鳴らす。



ことのはじまりは、昨日の航海中にあったゾロとの出来事だった。

「すげー波だな!この船が沈むことはねえが、心してやらねえとまずいぞこりゃあ」

フランキーがロープを引きながら声をあげる。

「右舷から風を受けて!
この海坂から離れるわ!」

ナミの指示に船員が慌ただしく動く。
その中には、いつもは寝ていて不参加が多いゾロの姿も。

「ゾロ!」

雨風が頬を叩く中、航海士は目を見開いて愕然とする。

「それは、左舷!!」

その夜、いつもより酒の量が多いゾロの元へ、航海士は持参の酒を見舞ったのだった。

甲板の片隅で酒を交わす2人に、ロビンが疑惑を投げかけたのは昨日のこと。
夜半を過ぎて部屋に戻ったナミに、読書をして起きていたロビンが違ったらごめんなさい、と前置きをして言ったのだった。

「ずっと思っていたのだけど、ナミはゾロと付き合ってるの?」

「え!?」

持ち帰った酒瓶がナミの手から落とされたが、床に生えたロビンの手がキャッチして、瓶は割れずに中身が揺れた。

「アハハ!ないない!何言ってるのよ、ロビン。あいつがそんなことに興味あると思う?ぜーんぜん、ないわよ。あのマリモ。」

「あら、そうなの?よく一緒にいるような気がするから、なんとなくそうだと思っていたわ」

「うーん、そうかしら。あんまり意識もしてなかったわ。」

前にも同じことを言われたことがある。
ビビが船に乗っていた頃、唐突に聞かれて、びっくりしたことが。

「ナミさんって、Mr.ブシドーと付き合ってるの?」
「え!?なんで?ないない!」

一笑に伏したものだが、またここでロビンに聞かれるとは、自分はその頃からまるで変わっていないのだろうか。

酒瓶を受け取って棚にしまい、ベッドにダイブすると、くすくす笑いながらロビンが言った。

「今、動揺していなかった?」
「してないわよ!前にも言われたことがあるからびっくりしただけ。」
「ほらね、他の人の目にも、そううつるのね。」

本をしまって横になり、首だけ腕で支えて持ち上げて、こちらを見る妖艶な女性はとても楽しそう。ベットが並んでいるから、よくこうして二人話をする。

「そういうあんたはどうなのよ。」
「照れてるからって話題を逸らそうとしてもダメよ。
あなたたちはお似合いと言うことね。」
「なんでゾロとくっつけようとしてるのよ...」

うつ伏せで枕に顔をうずめると、ほろ酔い気分もあいまって気持ちがいい。
年頃の男女がいれば恋愛のひとつもするものかとも思うが、本当に自分は今仲間を恋愛対象に見ていないのだな、と話していて思う。

「今日の嵐の時のことで、落ち込んだ彼を元気づけようとしていたんでしょう?優しいわ。」

「右と左がわかんなかったみたいだからね...」

思ったよりも落ち込んでいた様子のゾロに驚いたのも事実だ。
お酒を付き合って、他愛ない話をした。
...そういえば。

「ねぇねぇ、そう言うロビンは、どうなの?
誰か気になる人とか、いないの?」

「心配しなくても、ゾロに手は出さないわよ。」

「そうじゃなくて!本当に!」

「そんなガラじゃないもの。」

「えー、それじゃつまんない。
....ね、フランキーとかは?」

「....」

目を見開いた大人の女性は、少し少女のような瞳になって、口元に手をやる。

「考えたこともなかったけど...そういうことも、アリなのかしらね。」

「ありあり!大アリよ!えっ、脈ありなの!?」

がばっと布団から起き上がって、ロビンの前に正座するナミ。
実は、ゾロとの会話の中に、フランキーの話題が出たのだ。
よくロビンの話をしてコックに蹴られていると。

「そう言えば、彼って素敵よね」

「ロボだけどね」

「きっと私、人とかけ離れた人の方が好きなような気がするわ。」

「えっ、それって...!!」

この恋バナの行方が素敵な方向に転がる気がして、身を乗り出したナミは目をキラキラさせる。

「こういう話も、たまには楽しいわね。」

「....本当ね。」

ロビンが目を細めて、心の底からそう思う、という様子で言った。

そして、冒頭に戻り、昨夜の話がよっぽど楽しかったらしいロビンは、またその話題を振ってきたのだった。

「てっきり付き合ってるのかと」
「またその話?」

「私昨日いろいろ考えてみたのだけれど...
考えすぎて余り眠れなかったわ。」
「ロビン...かわいすぎるでしょ。」
「いいえ、ナミの方がかわいいと思うけど。でもなんだか意識してしまうわね。」
「それは....そうかもね。」

あの朴念仁。
こちらの目の届くところで寝てるけど。

でもまぁ、私たちは目の前のことに精一杯で、ゾロは仲間以外の関係にきっと興味すら持っていないだろう。

言いたい言いたい。
ロビンとフランキーがうまくいきそうなこと。

「レディー達、何の話だい?」

サンジがパンケーキらしきものを持ってやって来た。いい匂い。
私はどうやら花より団子。

しかし文字通り、色んな意味でお花の人が隣にひとり。

「サンジ、今ナミと恋について語っていたのよ。」

すごいでしょ、と言わんばかりにロビンがおやつを受け取りながら答えた。
めんどくさいところにめんどくさい話を振るわね、と思いながらサンジを見やると、思い通りコックが目をハートにして舞い上がる。

「まーじーでー!!
ロビンちゅわんとナミさんがそんな話してるなんて、もしかして俺のこと!?俺のこと〜!?」

「落ち着きなさいよ...」
「つれない君も好きだー!」
「ふふっ、それは内緒よ。ね、ナミ。」

意識するところが多くて、大変ねとロビンは意味深な笑い。

「レディー達、恋のことならこの専門家、サンジにいつでも相談してねっ」
「バカじゃない?」
「恋の専門家なのね。」
「ロビン、真剣な顔して聞かない!」

初めて明るみに出たロビンの天然さと、恋が絡んだサンジのめんどくささを目の当たりにしながら、ゆっくりと午後が過ぎた。


「今日飲むか?」
夕食後、グラスをあおる仕草をするゾロに呼び止められて、ナミは足を止め振り返った。
表情がパッと笑顔になって、うれしそうに駆け寄って来るオレンジにどきりとして、ゾロは少しうろたえる。
こんなことは初めて。犬がしっぽを振って寄って来ているような。

「あ〜!ゾロ!あんたに話したいことがあるのよ!」

ゾロとの飲みが発端の、ロビンの今1番ホットな情報。
しかしゾロはそうとは知らず、あまりの笑顔にどぎまぎして、せっかく近寄ってきた存在がうれしいくせに、体が後ろに引けてしまう。

甲板に出ると夜風が気持ちよかった。
グラスを二つ並べて、前の島で大量に購入したウイスキーを注ぐ。

なぜかいつもより緊張してこわごわと、ゾロは何の話だ?と口を開いた。

「この前フランキーについて話してたじゃない?」

「あぁ」

「でね、ロビンにそれとなく聞いたらね、なんと、ロビンは人っぽくない人が好みなんだって!」

「まじか。さすが暗黒女だな。」

「だからうまく行くかもしれないわよね、あの2人。」

「すげー組み合わせだな....」

「しかもね、ロビンは恋バナが楽しかったらしくて、今日もその話ばっかりだったのよ。意外な一面だったわ。」

面白いでしょ、と持ったグラスに口もつけずにまくしたてるナミを見て、ゾロはなんだ、話と言うのは自分に関係のあることじゃなかったのかと内心で赤面した。

「おまえら仲良いんだな。」

その気恥ずかしさを打ち消すように、グラスの中の琥珀色を見ながら話題を探す。
この船の女2人は、そのようなくだけた話もするのだと初め知った。

「そうね〜。こんな話をしたのは初めてだったけど。
突然ロビンが言い始めたのよ。びっくりしたわ。」

「突然フランキーが好きって言い始めたのか。すげーな。」

「違うわよ、ばかね。私とあんたは付き合ってるのかって聞かれたの。それでそういう流れになって...ってあんた何してんのよ!」

ボトッと持っていたグラスを、胡座をかいた自分の膝に落としたゾロは、放心してナミを...というより周りにある空気を見ているような表情になる。

そんなゾロに気がつかずに、布巾を取り出したナミが零れたウイスキーを拭き取り、ズボンにも零れたんじゃない?とゾロを見ると。

「え....あんたまさか...」

床に視線を落とし、何とも言えない表情で、耳を赤くする剣士がそこにいた。
わかる。
ここで黙れば、すごく気まずくなる。

「...」
「...」

そんなに赤くなられると、こっちまで赤くなるわ!

ナミはそう思いながらゾロと同じように床に視線を落として、勇気を出して口を開いた。

「あ...あんたもそう言うことに興味持ったりするのね。
全く興味ないんだと思ってたわ。」

「...」

顔が上げられない。

そそぎかけたボトルも落としてしまったゾロは、零れた酒の匂いを感じながらさっと口元に手をやった。

その問いに、こいつは何と答えたんだろう。

モタモタしていた自分に嫌気がさす。
第三者からの指摘で、この関係に始末がつくのは嫌だった。
この距離が心地良くて、なあなあに、問題を先送りにしていたことを後悔した。

男として、惚れた女には自分の口で、伝えたいのに。


「ナミ、俺は」

ボカーン!!

船室から爆発音が聞こえ、そしてこの船の船長と思われる人物の笑い声と、その他の怒号、そして爆笑が聞こえてきた。

それに目を向けざるを得なかった二人は、爆風が通り過ぎた後、ゆっくりと顔を見合わせた。
笑い声が聞こえると言うことは、危険な爆発ではなかったのだろう。
この船では爆発音がすることはよくある。

ポカンと口を開けてこちらを見てくるナミに、さっきの雰囲気をはっきりさせることに戸惑うような、この関係が先に進むことに困惑するような色が見えて、

困らせたくなくて、この明るい女が笑顔でなくなることが嫌で、

ゾロはぬるま湯に戻ることを選んだのだった。



「...またやったな。」

「え、ええ...」

ゾロの言いかけたセリフが続かなかったことにあからさまに安堵して、ナミは頷いた。

ゾロがあんな風になるなんて。
色気のあることには、全然興味なんてないと思ってたのに。

「ゲホゲホッ...!!おい、ルフィ!おれは危ないから混ぜるなっつったんだぞ!?」

「言ったそばから混ぜてたぞ〜!」

「え?まぜろって言ったろ?」

「おいフランキー!おまえ何ロビンちゃんの横に移動してんだよ!ロビンちゃんはおれが守る!」

「将軍(ジェネラル)シード!!」

「ふふ、助かったわ」

「び、びっくりして心臓が飛び跳ねました〜!私、飛び跳ねる心臓ないんですけど〜!」

そうして、結局今日も麦わらの一味の恋事情は、何の進展もないまま夜は更けていったのだった。






End

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