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□煉獄 後
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脱獄したと思ったら目の前にドフラミンゴが。
大男はジロジロとナミを見回し、合点がいったとばかりに笑って言った。
「ナミ!看守を誘惑して牢から出たか!フッフッ!こいつぁ面白い!手錠の鍵はここにあるが...うまく外したな!」

小さな鍵を見せながらそう言うと、ドフラミンゴはナミの顎を掴んだ。

ボロを纏っても、目の前の若い女はその美しさを一片も損なってはいなかった。
健康的な肢体を晒し、知性を感じさせる美貌はかのボアハンコックに匹敵するほどの。
賢さに機転を兼ね備えて、上手く逃げおおせようとした子猫は目を見開いて愕然としている。
子猫についた糸が脱獄を教えることなど、子猫本人は思いもよらないことだろう。

その日から、ナミは身柄を移され、王族かと錯覚しそうになるほどの豪奢な部屋を与えられた。
扱いは軟禁のそれだったが、ファミリーの若者たちを紹介され、身の回りの世話をされるのはまさに皇太后、王妃、皇太子妃や王女にでもなったような気分だった。
そして、ナミには毎日一着ずつ、ドフラミンゴによって新しいドレスと宝石が与えられた。
それはまるで決まりきった約束事のように、毎日必ず行われる行事のようだった。
部屋に現れた男は、手荒に贈り物を放り投げるので、いつも宝石が床に散らばる有様だ。
侍女にかしずかれてそれに身を包んだナミを一目だけ見てから、忙しい男はナミの前から姿を消すのだった。
あの日から、一度だってあの不可思議な能力を使われて、自分の意志を奪われたことはない。
無理に連れて来られたこと以外は、ナミはいつも話に聞くあの男の、残虐な行いはされていないように感じていたし、男の目的がわからず、困惑していた。
ドフラミンゴの言っていた、要求だってわからずじまいだ。
さして言えば、人質となる自分がただここにいるということだけなのかもしれないが、厳重な警備のもと姫のような生活をさせるのは、まるで箱庭のおもちゃのようだ。
もうそれが数日経つ。
ルフィ、早く助けに来て。

「ローとはどういう関係だったんだ?」
いつものようにナミの部屋を訪れたドフラミンゴが唐突に問いかけた。
「関係もなにも...うちの船に乗った同盟船の船長よ。」
「違うな。少なくともあいつの方は。」
ナミは怪訝な顔つきをして、ドレスのドレープをぎゅっと握った。

「それにクルーたちも。」
「ねぇ。それはどういう意味なの?あんたの目的はなに?なぜ私にこんなことをするの?」
与えた宝石を身につけると、おもちゃは本当に自分のものになったようで、いっそう美しく見える。

「最初は、お前をいたぶることでパンクハザードでの怒りを晴らそうとした。それが奴らへの罰になると思ったからだ。」
その言葉にナミが恐怖で息を飲んだのがわかった。

ドフラミンゴに言わせれば、価値のある命などない。

女を殺すことなど容易い。
ほんの少しでも役に立つと思えば、命を奪うことさえなんの抵抗もなかった。
しかし。

雷が胸を打った時から、オレンジ髪の女は自分の中で特別になった。
能力や立場も関係がない。
ただ興味がそそられただけだと思っていたのは、この女を知る度に否定された。
きっ、と睨みつける顔がいい。
小賢しく立ち回って、その能力の高さを見せつけてきても、実際には手の中にいることに変わりはない、弱い女だというのがまたいい。
他の何人もの男が、喉から手がでるほど欲しがっていることもまた、気分を良くさせる。
自分のものにしたかった。
それだけだった。

「俺の要求はひとつだ。お前の一生が欲しい。」

「!!そんなこと!!」

「俺のものになれ。」

ついに恐れていた時が、とナミは思った。
ドフラミンゴの能力のからくりがわからない以上、たやすく自分は相手の手に落ち、意志以外のものも奪われるだろうと。

ナミの手は勝手に動き、コルセットの紐を解いた。
「お願い、やめて...」
懇願も弱々しく消える。

胸元が自分の手によって開かれて、羞恥心で頭がおかしくなりそうだった。
何をされるかもわからない。
何をしても、殺されるかもしれない。
そんな状況の中で、自分の手が、足が自分の意思を持たずされるがままになることは、諦めてしまえば、楽なことかもしれない。
尊厳は傷つけられ、品位を貶められ、体まで汚されても、心までは。

「こんなことをしたって、誰もあんたのものになんかならないのよ。」

そう言った唇を唇で塞げば、ナミはもう何も言わなくなった。
ナミの周りにいる男たちはみんなこの体を欲しいのに、今自分が組み敷いている事実にくらくらした。


----思ったよりも、優しく女を抱く男だと、ナミは思った。
ナミの体を這う大きな手は、繊細なガラス細工を扱うよう。
ただの恋人がするように、ついばみ、撫で、まるで愛されているとでも錯覚するような。
そこに愛がないことが不思議なくらい、優しく覆われていた。

涙で濡れた枕は冷たすぎてもう使い物にならなくて、夜が明ける数刻前に、薄暗い部屋の中で立ち去ろうとする男の影に隠れて、ナミはシーツで涙を拭った。
男はそれを見たのか、見ていないのか、言葉を交わすこともなく部屋を出て行く。

欲しいものを手に入れたはずなのに、何故か心は虚しかった。
雷で打たれてからおかしくなったのだ。
でなければ、こんな感情は知らない。
相手からの応えのない行為がこんなに虚しいものだということなど。

それから数日が経ったが、ドフラミンゴがナミを抱くことはなかった。
ただいつものように、ドレスや宝石を贈るだけ。
ナミは困惑し、経過して行く時間に焦燥した。
同時に、あの夜の優しい男の手が、同一人物であることが信じられなくなっていた。
敵であるはずの男に、こんなに丁寧に扱われ、部屋を与えられ、愛すら感じて、思考が鈍って、麻痺して行く。まるで奈落の底に落ちて行くような。踏み込んでは行けない場所に踏み込むような。


「どうやったらお前は俺のものになるんだ」
この部屋には二人の他に人はいない。
軟禁され、自由を奪われたナミは何を答えればいいのかわからなかった。
ただ、信じがたいことに、目の前の男には怒りや、面白がる雰囲気すらなく、どこか哀しそうな声で言うのだ。
今ここで殺されでもしない限り、絶対にそんな日は来ないと、わかっているとでも言うように。
「私の望みを叶えて。私を仲間の元へ...」
そう言ったナミは、最後まで言葉を言い終えることはできなかった。
唇を塞がれ、そのままゆっくりとベッドへ倒されると、不思議と涙は出なかった。
今日は能力を使わないのかと、問おうとしたがやめた。
その代わり、ナミはドフラミンゴのサングラスに手をかけて、素顔を現した。
男の顔を見て確信した。
この男は私を愛しているのだ。

ドフラミンゴがナミの唇にキスを落とす。少しでも嫌がればやめてしまいそうな、女の情愛を得るにはこれ以上ない優しさでもって触れる。
そんなキスをされては、拒むことなど、できなかった。

「んっ...ああっ」
絡まる舌に、肌を弄る手。
思わず声が出て、あまりの羞恥に顔を真っ赤に染めたナミが目を開くと、ドフラミンゴは驚いたように目を見開いていた。
女の嬌声が聞けたくらいで、こんなに胸が昂ぶるとは。
ジョーカーの名が聞いて呆れる。
まさに骨抜きだ。

ドレスを捲り上げて覗いた脚を丹念にさすり、内腿を撫でるとナミはびくりと体を震わせた。
胸もとに顔を埋めて、布越しに胸の先端を弄れば、我慢できない様子で甘い声が出る。
数日前に抱いた時、彼女は一言も声を漏らさなかったのに。
歓びで胸が震えて、いっそう強く抱きしめ、露わにした胸の頂を舐めた。
「あっ、ああっ」
ぎゅっとナミがドフラミンゴの頭ごと抱きしめて、それは恋人にするような行為そのもので、こんなに感情が昂ぶる行為はしたことがないと、男は肌に顔を押しつけて吸い付いた。
体を起こして、ナミの纏うもの一切を取り払うと、暗闇に白い肌が浮かんだ。
口付けを何度も交わし、足の間に手を差し入れると、まるで熟した果実のように潤って、中心の芽を押すと声をあげて細い体が抱きついて来た。
それがうれしくて、何度も何度も、芽を摘み、擦って嬌声を上げさせる。
「あっ、あっ、あんっ、だめっ!」
「ナミ」
名前を呼ぶと、潤んだ目でこちらを見上げる。

ナミは、男の昂ぶったモノが自分の脚に触れたのに気がついて、自主的にそれに触った。
体が入れ替わると髪を耳にかけて男を見下ろした。
到底自分の体のサイズからして、受け入れられるとは思えないそれを、つんと指で触れて、少しだけ舐めた。
猫がミルクを飲むようなしぐさで、けれど身体は女豹のような妖艶さで、ドフラミンゴはもはや焦燥して服を取り払う。

また口付けて、壊れないよう慎重に抱きしめ、己を泉の中に挿入すると、脳に電気が走ったようだった。
「ああっ!!あああっ!」
「きつい...なっ!」
華奢な体を突き上げ、突き抜けるような快感を貪る。
まるで女を知らない男のように夢中で、女のもたらす快楽に酔う。
とっくに自分は、この女に落とされていたのだ。
こんなに気持ちがいいのも無理はない。
自分の上で乱れる姿の前に、一切の思考は消え去って、男と女は長い夜を声が枯れるまで。

朝焼けを浴びる背中を見送りながらナミは思った。
敵なのに、こんなに愛されて。確かに自分を、まるで触れれば壊れてしまうガラス細工のように扱って。
ジョーカーの名が聞いて呆れる。
私にとってはただの優しい男だなんて。

ベッドに沈み込むと、遠くで爆発音がした。
みんなが迎えに来たんだ!
何も身につけない体に急いでドレスを巻きつけて、窓辺に駆け寄る。
「ナーーーミーーー!!!」
「ルフィ!!!」
ガラスを割って勢いよく飛び込んで来たルフィに抱かれて、およそ一月の間、出ることを許されなかった部屋を飛び出した。
ルフィの側だけが、自分が生きていく居場所なのだ。
当然で当たり前で、その他の選択肢なんてない。
例え何億積まれようと、どれほど陸の誰かに愛されようと、その選択が覆ることはないだろう。

少しだけ、もやのかかった気持ちに従って、ナミは一度だけ後ろを振り返った。
追って来れるはずなのに、それをしないピンクの羽が目に入る。

自分のこの、もやがかった気持ちが何なのか、それはわからない。

ただ確実にわかっていることは、ひとつだけ。





もう二度と、昨日の夜は来ないのだ。








End

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