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□あたたかい手
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わからない。
私は誰を想っているのか。

おもちゃの暮らす街に浮き足立って、船を一番に離れたのは船長だ。
ナミを奪還してすぐ、息つく暇もなく思うまま、行動するルフィ。
ルフィは何も聞かない。
何があったか、何をされたか、彼にとって重要なのはいつも目の前のものだけだから。

「ナミィ、大丈夫だったのか?」
船医は医療バッグを引きずりながら駆け寄る。皆んな心配の顔で寄って来るから笑ってしまう。
「大丈夫よ。それより見て」
「あら。」
派手だが品のあるドレスの胸元からナミが出したのは、豪華絢爛な宝石。
「うほ〜やるぅ!盗んできたのか。本当ただでは起きねえっていうか...」
「盗んでないわよ。これはもらったの。ぜーんぶ。」
「綺麗ね。ドレスで帰って来るから、ひどい扱いはされていないようで安心したけれど。」
「そうなのよね。変なのよ。」

変なのは誰だろう。
自分もか。
スッキリしないのは性に合わないが、かといって仲間に相談できることではない。
敵と自分の不可解な関係。
きっともう戦場以外で会うこともないだろうけど。だからこそ。胸が晴れないのはそのせいかもしれなかった。
「一応診よう。」
そう言ったのはローだった。
「おいっ、トラ男!ナミの船医はおれだぞっ」
ナミの手を取って診察をしようとするローを制するチョッパー。
ナミは意外なローの行動に、何と無く違和感を感じた。
ドフラミンゴの元から戻って来た自分への気づかいのような、自分の心を見つめて来るような眼差しが。

「そうね、チョッパー、お願いするわ。」
そう言うと、何も言わず立ち去ろうとしたローをナミがじっと見つめた。
『後で行くわ。』
形のいい唇をそっと動かして、見つめる。
ローはドフラミンゴと旧知の間柄だと言う。話をするには都合のいい相手だと思われた。
見つめられた相手は了承とも取れない様子で帽子を目深に被ったが、その頬は少し赤かった。

身軽な服に着替えてやって来た測量室には、思った通り先客がいた。
ローは好んでこの図書が集まる測量室で本を読んでいる。
ナミもここで仕事をすることが多いから、言葉は交わさなくとも共に過ごしていることは多かった。

「あっ、それ、読んだの?」
ビビの父、ネフェルタリコブラからもらった本の中には、古い蔵書もある。
医学書でもない異国の物語を手に取るのが珍しく思えて、ナミはローの傍らにある本を指差して言った。

「千夜一夜物語って、難しいけど、面白いのね。大昔からこんな物語が残ってるなんて。」

本を手にとって弄る。

そんな話をしたかったわけではないので、ローは黙っていた。
確かに、ドフラミンゴに連行された時の様に手荒に扱われた訳ではなさそうで安心したが、傷つけられたのが見た目だけとは限らない。
あの男のことだ。
女どころか、人を傷つけることになんの躊躇いもない男の手にあって、この女が泣く姿を想像すると、苦いものが込み上げて来るような気がした。

「何があった。」
ローが静かに言うと、ナミは読むわけでもなくページをめくっていた手を止めて本を閉じた。
「何もないのよ。けど...そうね、よく女を囲う方なの?ドフラミンゴって。」
口を開くまでローに何を話すのか整理できていなかったことに気づいて、どもりながらナミが言った。
「牢屋から豪華な部屋まで展開が早過ぎて全くついて行けなかったわ。」

国王だったら妻の1人や2人いるもんだと思うけど。
自分を見る眼差しが、頭に焼きついて離れない。
贅を尽くした宮殿も、豪奢な貴金属も印象に残らないくらいに。

「さあ...どうだろうな。そんな様子はなかったと思うが。」

考え込んで、ローが言う。

「シャフリヤール王が一夜を過ごす度女を殺すのを、シャハラザードが止めた...」

この本のことを言っているのだと、ナミは本の表紙を見つめた。
惨酷な王の姿を重ね合わせるのは容易だった。

「殺されなくてよかったわ。ほんとに」

なぜあんな風に思ってしまったのか。もやもやと何にもならないことを考える暇があるなら、命のあることを喜ばなければ。

「何だかこの一月、何が何だかよくわからなくて。混乱してたの。でもそんなやばい奴のところにいて、無事なだけでも喜ばないとね。ルフィは何も聞いてくれないし...いいえ、聞かないし、敵に捕まったのは私の責任だし...」

意図したことが伝わっていないことはわかったが、ローはそれを伝える気にはならなかった。
女の紡ぐ物語の続きを聞きたいが為に、女を殺さなかった王。
ドフラミンゴはこの女を気に入ったのだ。自分と同じように。
ただ気になったのはナミの態度だった。

「敵なのに変に丁寧にされて、拍子抜けしたのよ。」

俯いたナミの頬に朱が走るのを見て、ローは目を見開いた。
まるで想い人を考える少女のようなしぐさが許しがたかった。

「敵に優しくされてほだされたのか?」

棘のある物言いにナミが顔を上げると意地の悪い笑みがそこにあった。

「なっ、ちがっ」
「違うとも思えないが。」

と言うとローがナミの方へ詰め寄った。
驚いたナミは後退して本棚に背中を押しつけ、肩をしこたま打ったのだった。

「なっ、なにっ!?」

背の高さからちょうど胸の辺り、ローの心臓の音も聞こえそうなほどの距離で縮こまったナミは声を上げた。

「何、と来たか。俺は本を直そうとしただけだが。」

ナミの手にあったはずの本を取り上げて、頭上の棚に直すのを見上げて、ナミは赤面した。

私ったら...何を勘違いして!

ローはその姿を見て、満足感を得た自分に気づく。
少なくとも、この女は今自分のことを考えているとわかるのは男の心を安堵させた。

「トラ男くん」
ローと本棚に挟まれたナミがその場を退こうと身じろぎすると、大きな手が頭に伸びた。
ぽんぽんとオレンジの頭を撫でて、ローが言った。
「無事でよかったな。」

ローの意外な行動にナミは目を見開いて驚いたが、慰められた気がして嬉しかった。

ルフィが何も聞いて来ないことなんて、
ドフラミンゴが何を考えていたかなんて、
考えても詮無い。
時間薬だ。
きっとこのもやもやも時間が消し去ってくれるはずだと、頭に温かい手を感じながら、ナミは思う。

少し胸が晴れたような気がしたナミは、開口して笑った。






End

うちのナミさんは鈍くてちょろい。

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