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□easyな彼女
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俺は心配だ。
彼女は鈍感で、無防備で、ちょろい。



いつも彼女を見ているからわかってしまった。
彼女は、お願い、に弱い。
弱っているもの、に弱い。
子供や動物にすごく弱い。
対して、
男に強い。媚びへつらわない。
非常に、自分の魅力を活かすことに長けている。
でも、お願いされると助けてしまう。弱っていると側に行ってしまう。いつかそれを悪用される時が来る。そしてそれは俺な気がする。


降り始めた雨が甲板を叩き、外にいるのは仕事熱心な航海士だけかと思いきや、雨に濡れるのも厭わず海を見ている居候がいた。
ローは船の縁に手をついて荒れる水面を見つめているようだった。
ナミはその姿を見つけてびっくりして傘を持って駆け寄る。
面白くない。サンジはそう思いながらレインコートを着たナミの後ろ姿を見送った。

ナミがあれこれ手振りしながら説明しているのが見える。
大方、今後の天気の推移を教えて室内へ促しているのだろう。
何となく、この船でのローの身の置き場のことを考えると遠慮なくくつろぐ訳にも行かないだろうから、濡れたまま外にいるのもわかる気がする。
でもそれも、ナミが連れ戻しに行かなければだが。
そうやって、他のクルーが引っ込んでいる今彼女が呼びに来るのも計算のうちじゃないのかと勘ぐってしまう。

「...だからね、この海域は落雷が多いってわけなの。」
「そうか。」

話しながらダイニングに入ってくる2人。

「はい。タオル」
「すぐ乾く。」
「いいから。びしょびしょじゃない。」

航海士は自分用のタオルを出して帽子を取った黒髪に投げた。
それでものそのそと少し水滴を拭っただけのローにナミはタオルを取り上げて後ろからガシガシと髪を拭いた。

「もう!お母さんじゃないんだから。」

確かにナミはよくルフィやチョッパーをこのように拭いている気がする。そいつらは今はお昼寝タイムのようだが。

「...兄のような人にこうされたような記憶はあるな。」

「お兄さん?」
「ああ。海軍だった。」
「えっ!私の母も海兵なのよ!
...今はもう、亡くなったけど。」
「...同じだ。」
「......。すごい偶然ね。もしかしたら、知り合いだったかもしれないわね。」
年代的に、と努めて明るくナミ。
ローがふっと笑って、髪に触れる手が止まり、見つめ合う二人。

おいおいおい。俺、ここにいるんですけど。仕込みしてるんですけど。全部見てるんですけど!?



「.....熱っぽい気がする。」
「えぇ!?そーいうの医者の不養生って言うのよ。濡れてたからじゃない。」

どれどれと、座ったローのおでこに自分のおでこを当てるナミ。
体温計がない時代?とは言え、その男にそんなことまでしなくていい!ほらこれだ。鈍感。なんの悪意もなく、男を落とす手管が身についてる。

「うーん、まだ熱くない気がするけど、わかんない。」
「だるい。」

ぜーーーったい嘘!!
ナミさん、こいつはね、こいつはね、その優しさに付け込もうとしている狼なんだって!!!

「サンジくん、あったかい飲み物とか、なんかもらえる?」

やっと彼女がこっちを向いて、サンジくんと言うだけで心が少し晴れやかになる。

「ナミさんは濡れてない?大丈夫?おいコラ、そこの隈野郎、てめーナミさんの気を引きたくて嘘ついてんじゃねぇ。おめーみてーなのが風邪なんか引くわけないだろ。」
「俺は医者だぞ。素人は黙ってろ。」

ニヤッと笑いながら言うローにサンジはレモンジンジャーを作る手を動かしながら激怒していた。

「うーん、今チョッパー寝てるしなぁ。トラ男くんいっつもどこで寝てるの?病人にハンモックはないわよね。医務室で寝る?」

「...西洋の医学では裸体の女人が添寝すると良くなると言われている。」
「あっ、こりゃ熱あるわ。」
「大丈夫、ナミさん。俺が鳩尾にひざ入れてオトしてから寝かしとくから。」

ホカホカの湯気のたったグラスを2つ、テーブルに置くと、ローの体がぐらりと傾きナミに抱きつくように肩口にもたれかかった。
「ちょ、ちょっと大丈夫?」
横で怒りに燃えるような気配を感じながら、ナミはローの体を支える。
耳の側で聞こえる吐息がゼーゼーと濁音していて、完全にナミは弱いものを助けるモードになってしまった。
「トラ男くん、大丈夫?飲める?」
こくりと頷いた男の口に温かい液体を流し込み、唇をタオルで拭ってあげる。
その優しさが、辛い。
こんな光景を見ないといけないなんて、なんの拷問だ?

「さ、行こう。寝ないと。歩ける?」
「むりだ...このまま...」
「えっ、じゃぁサンジくん、抱っこできる?」

えぇ!?
男2人の思考がシンクロした。

「ナミさん...」
ヤローを運ぶなんて死んでもごめんだと顔に書きながら悲しみの声を出すサンジ。

「いい...自分で行く。」
同じくヤローに抱えられるなんて死んだ方がましだ言うような顔色でふらりと立ち上がりヨロヨロと動き出すロー。
「ナミ屋、肩を貸してくれ。」
あっ、またっ!
弱っているものにそう頼まれて、断わることなんて彼女にはできない。
そう思うと、体が勝手に動いていた。
「............」
「............」
男2人が最悪な雰囲気に包まれる。
不本意ながらローに肩を貸すことになったサンジは、ナミを悪漢から守ったのだと前向きに考えることでもしなければ、病人をごろりとその辺に転がしてしまいそうな気分だった。

「じゃぁ私氷枕持っていくわね。」



パタパタと医務室へ駆け込む彼女は忙しない。
あれやこれやとシーツを整え、世話を焼く姿は甲斐甲斐しい。

そんな中。

おいおいおいおい
こらこらこらこら

医務室に横たわったローはまたしてもしでかした。
枕やタオルやあれこれしていたナミの手を、邪魔だと言わんばかりに捕まえて目を閉じている。

「うるせぇ...」
「あっ、ごめんなさい、邪魔だった?」
「いや...冷たくて気分がいい」
「よかった。ゆっくり寝て?私たち出て行くから」

するとパチリと目を開けて、ナミの方に顔を向けたローは見たことのない表情で言った。

「もう少し...居ろ。」

「安心する...から...」

またすぅと目を閉じたローは本当に気分が悪そうだったが、ナミは思わず握られた手を見て赤面する。
自分が少しでも役に立てたのなら、よかった。
握った手は思ったよりも熱くて、そんな場合ではないというのにドギマギしてしまう。不謹慎だ。

サンジはナミの顔を見て衝撃を受けた。
まるで恋をする少女のように赤くなった横顔。
それを向けられるのが自分ではないことに、耐えられそうになかった。
タバコを持つ手はイライラしている。

ローの寝息が聞こえてきた頃、サンジとナミの二人は医務室を後にした。
後でチョッパーに言わないとね、というナミにサンジは上の空な返事を返す。

「...?なに、どうしたの?」
「いや、別に。」

なんだこれ。イライラしてる。
なんてざまだ、情けねぇ。

新しいタバコに火をつけて、らしくない自分に反吐が出そうだった。

もしこの人の気持ちが他の男にあったら、俺は。

「ねぇ、サンジくん、どうかしたの?」

食事の後も、いつもと違う様子のサンジにナミは勇気を出して話しかけた。
ローの夕食はだれが運ぶかをじゃんけんで決めてルフィになったが、医務室に行くまでになくなってしまう恐れがあるのでチョッパーとウソップが結局3人で行くことになったらしかった。

うるさいのがいなくなって静かになったダイニングで、片付けに取り掛かるサンジはいつもと同じようで違った。
こんなことは初めてで、ナミはこわごわと反応を待つ。

自己嫌悪で落ち込んでるなんて言えねえ。
うれしいはずのナミからの問いかけも、どうかした理由が情けなさすぎて今はそばにいて欲しくなかった。

もし君の心が他の誰かに決まったのなら、諦めなければならないから。

「どうもしねえよ?あっ、なんか飲む?」
「いいえ....あっ、私も、て、手伝おうかな?」

そう言ってキッチンに侵入するナミ。
他に誰もいない室内で、食器の当たる音だけが響く。
重い沈黙が流れて、ナミはもう残り僅かな勇気を振り絞って聞いた。

「ねえサンジ君、怒ってるの?」

サンジの手がぴたりと止まり、食器の音も止んだ。
ナミは食器を拭く手を休めることすらできずに言った。

「私、何かしちゃったかしら。ごめん、わからなくて、ちゃんと聞かなきゃと思って」

作業しやすいように、長いオレンジ髪を横でゆるく縛っているのも可愛い。
何から何まで好き過ぎて、感情のセーブが追いつかない。

「ナミさん...」

おい。何を言う気だ。
やめろ俺。

「ナミさんはさ、弱いものに優しいよね」

「もし俺が弱ってたら、優しくしてくれる?」

顔すら見られない。
こんな自分は恥ずかしい。

「...弱ってたの?」
「...うん」

「するよ...優しく。」

ナミが近づいてこちらを見上げていた。

「じゃあお願いしたら、してくれる?」
「うん」
「キスでも?」
「...うん、するよ。」

サンジは驚きで目を見開いた。
これを言ったらおしまいだろうなと思っていたのに、今、何と言った?

「今したらいいの?」

うろたえる沈黙を肯定と受けとって、ナミは男の顔を両手で包んで唇に自分のそれで触れた。

サンジは余りの甘さに驚いて思った。
ああ、つけこんでしまった。
優しさにつけこんで、させてしまった。
ひどい男だ。心と体がちぐはぐで、こんな風にはしたくなかったのに、歯止めがきかない。

「ナミさん、もっと....」
「ん.....」

角度を変えて、味わうように、貪るようにキスをする。

「あっ、ん...苦し...」

声が、脳の奥を貫いて、何もかも崩れ去った。

「サンジ君っ、やめ...!」
「ごめん、むり」

柔らかな胸を揉みしだいて、背中にキスをなぶるように落とす。

パンツの上から秘部を擦れば、洪水のように濡れて、我慢した声が漏れ聞こえると体の中心に電気が走った。
思考は溶けて何も考えられなくなり、ただ目の前の甘い疼きに身を沈めるだけだった。

「うっ、あっ...」
「ナミさん....ナミさん...!」
「ああっ、サンジ君、すき...っ」


人目があっておかしくない場所で、彼女にひどいことをしてしまった。

だから心配だったんだ。
断れないから、優しいから、望む望まないに関わらず、弱いものに優しくしてしまう君が。
ほら、やっぱりそれを悪用したのは俺だった。

「ナミさん、俺...」
「私が、弱ってる人に弱いから、こんなことすると思った?」
キッチンに座り込んで、キッとこちらを見つめる瞳が美しい。
サンジは居住まいを正して、うなだれた。
最高に気持ちよかったのに、なんて大きな代償を支払ってしまったのだろう。

「失礼ね。好きな人以外にはしないわよ。こんなこと。」





「ほんと鈍感なんだから。」

バッと顔を上げて見た、愛しい人の頬は薔薇色で。

鈍感でちょろかったのは自分の方だと、猛省する。

「ナミさん!!」

かわいいかわいいかわいいかわいい
「私にこんなことまで言わせて、あんたどうなるかわかってんの?」
「ナミさんかわいい!ナミさん大好き!結婚してください!」
「ばっ、バッカじゃないの!?あんた罰として一ヶ月下僕ね!」
「一生でいいです」
「あ、通常運転だったわね」

まるで千切れそうな犬のしっぽ。

縋り付くサンジの頬をつねって、ナミは耳元で囁いた。

「今度は、ベッドの上、で、ね。」




それを聞いてますます我慢できそうにない男を、ナミは容赦なく殴って言うことを聞かせるのであった。







End

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