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□魔女の賭けは宝石をベットする
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「ーーーナミが帰らない?」


とうとう逃亡か。
そうアーロンパークへ駆け込んで来たのは、ナミの見張りを任されていた魚人で、どこかの海賊船に乗り込んだきり音沙汰がないと言う。

ナミの盗みは、魚人のもたらすデータをすべて海図に書き起こし、次のデータが来るまでのわずかな期間しか行うことを許されない。
本業は、あくまでも魚人のための測量の仕事。奴隷と同じなのだ。
ただ、反抗を許さないための"取引き"という名の猶予が与えられているだけ。
都合のいい存在として、"ペット"という呼び名が与えられているだけ。
次の仕事もある。アーロンパークに戻らない限り、村人たちの命はない。

「最終勧告をしに行くか?」

勧告はこれが初めてではない。
盗みがうまく進まず、ナミの手腕ではどうしても忍び込んだ船から抜け出すことができなかったのだ。
測量データが溜まり、こちらとしても見過ごすことができなくなった時、アーロンはナミに聞いた。
全員ブチ殺し希望か?と。

ナミは首を縦に振らないだろう。
大方、盗みが進んでいないか、どこかの男に見初められでもしたか。
驚くことはない。
その程度のこと、安易に想像はつく。

今まで何度、ナミが自分を殺そうとしたか。
夜中に忍び込んだ暗殺は、薄い体を海に投げ飛ばして終わりだ。他の魚人に露見しないよう済ますこともできた。
が、毒殺を企んだナミを待っていたのは、厳しい監禁と折檻。
これはさすがにもみ消すことができず、命を狙われた魚人は逆上して手ひどい扱いをする者もいた。
そして。

それをどんなに止めたくても、自分は人間へーーーナミへ与することを仲間に示すわけにはいかなかった。
いつも、誰にも知られずにナミの傷に眉をひそめるしかなかったのだ。




ナミは目の前の優男たちに事情を話してしまったことを、言った側から後悔していた。
この人たちを巻き込んだら。
でも。

自分のせいでこの人たちを危険な目に合わす。命だって落としかねない。
でも、この暗闇にいつも一抹の光を探してしまう。
本当の意味で救われることは、お金を集めることではないと、自分だってどこかで気づいている。

「大丈夫だ、ナミ」

ナイアはオレンジの髪を後ろに撫でつけながら言った。

「俺は強いからな。お前のボスがどんな奴でも、なんとかしてやる。」

最初は烏合の衆だったこの海賊団も、随分成長した。
航海術だって、同じ海域をうろつくくらいならなんの心配もない。
しかしカインの言うように、海軍の取り締まりは日に日に強化されている。
このまま同じように商船への襲撃を続けていれば、本部の大佐も出てくるだろう。

結局、海賊はグランドラインに行くしかないのだ。
屈強な海は、屈強な海賊よりも強いからだ。
それには高度な航海術が不可欠だということは、海に生きる男たちの常識。
理由はそれだけではないけれども。


その時、物凄い衝撃と音が船に響いた。
まるで海の中から大砲を撃たれたような。
船が揺れナミは手すりにしがみついた。

甲板には、大穴が開いていた。
それは海中から続く穴だ。

「....アーロン」

これは最終勧告だ。
期限が迫った時、あの男はこういうことをする。
適当なところで暴れて見せて、アーロン一味がまた動き出したという情報を流したりもするし、ナミに直接見せつけたりもする。

穴を塞ごうとする忙しい船員の間を縫って、ナイアがナミのもとへ駆け寄る。

「ごめんなさい。私がここにいるから、こんなことに...」

「近くにいるんだな。」

きっと、海にいる。

そう思うのと帆船のマストが折れるほどの衝撃とは、どちらが早かったか。

倒れるマストをスローモーションで見ながら、ナイアに庇われたナミは腕の中で恐怖に震えた。
こんなことを、一人で。
ドォンと巨大な支柱が倒れるのと同時に目の前に現れたアーロンを、膝をついた2人は見上げる。
ナミの肩を抱いて睨みつけるナイアは、整った顔立ちが更に迫力を増大させていた。

「ナミ。仕事が溜まってるぞ。」

サメの肌を光らせて笑うアーロンは楽しそうでさえある。

「なんだテメェは。サメか?」
「口には気をつけろ、この下等種族が。」

ナミを背にして立ち上がるナイアに吐き捨てるようにアーロンは言った。
いつもだ。
下等種族と言う時、アーロンは心の底から人間を憎んだ目をする。
ナイアは拳を鳴らして言った。

「丁度いい。テメェを殺しに行く手間が省けたぜ。」
「ああ?何言ってやがる。
おいナミ、もう頃合いだ。俺がこいつらを皆殺しにして仕事をやりやすくしてやろうか?まだ盗みは終わってないんだろう。」

言葉を聞かずナイアはアーロンに殴りかかった。
アーロンは微動だにせずされるがまま。
どんな衝撃も効かないのだ。
まるで赤子扱いだ。
東の海にアーロンに勝てる人間などいないのだから。

「お前、ナミに惚れてるのか?」
アーロンが意地悪く聞いた。
「ベラベラうるせえな。だったら何だってんだ、よっ!!」
語尾と一緒に拳を鮫のこめかみに放って、ナイアが着地してもアーロンは何事もなかったかのように続けた。
「はっ、お笑いだな!ナミがテメェらに何を吹き込んだか知らないが、こいつは冷酷な女さ。親を殺した仇の入れ墨を、肩に刻むほどだからな!」
血が滲むほど唇を噛んで、ナミは震える。
ナイアは何、と言う顔をしたが、船の惨状がもうそんな思考も許さない。
アーロンの手がナイアの胸倉を掴み折れたマストに打ち付けた。
船が破壊された衝撃で、火が回ったらしく俄かに温度が上がる。
逃げ惑うクルーたち。
目の前では、ナイアがアーロンに吹き飛ばされて重症だ。

ーーー私が、助けを求めたから。
強い海賊なら、助けてくれそうな海賊なら、自分ではアーロンを殺せなくても、この支配から解放される日が来ると希望を抱いてしまった。

甘くて愚かな選択だった。
ただ自分のせいで不幸な男を増やすことになるだけだったのに。
ナミが申し訳なさと絶望でふるふると震えた。ナイアに駆け寄り震えを止められない手で男に触れた。

「死なないで...」

もうわかった。何度も間違えて、やっとわかった。
私は助けを求めちゃいけない。
ごめんなさい。
私のせいで、こんなことになってしまうなんて。

どんなに求められて、笑顔を向けられ、手を差し伸べられても、魔女のように突き放せる強さを身につけなければならなかった。
もう誰にも傷ついて欲しくないから。

「ナミ様」
「カイン...ごめんなさい、早く逃げて。」
「他のクルーは脱出させました。俺は船長に着いています。」
最後まで。

吹き飛ばされたナイアは、もう動くことはできなかった。
ごめんなさい。
ナミは何と声をかければいいのかわからなかった。
こんなことになったのは、全て私のせいだ。
火が回る。
魚人のアーロンはもう海へ退避していて、ここももう危ない。

「....ナ、ミ....泣くな」
緋色の髪は夕日ように赤い。燃え尽きる前の炎のようにも見える。

恨まないのか。
だからこそ、自分の行いはもっと罪深かった。

「親を殺した奴と...よくがんばったな....惚れ直したぜ...」

もし死ぬなら、誰かの為に死にたいと思っていたんだから、女の為なら上々だと思いながら、ごそごそと懐を探ってナイアはナミの手を握った。

「宝石が好きだったけど、お前は、宝石みたいだったよ。」

手を開くと、きっと、今まで見た中で一番大きくて綺麗なダイヤが、炎に揺らめいてオレンジ色に光っていた。

血が滲んでいるが整った顔をした男は美しく笑った後、ナミを一瞬抱き寄せてすぐに突き放した。

「行け!」
カインに凄んだナイアはどさっと脱力して、まるで眠る時のように大の字に転がって目を閉じた。
火はそこまで迫っている。
その場を離れることができないナミをカインが強引に連れ去る。

ナミを木片に捕まらせて、船につながれたロープを1本ずつ切る。
「だめ!あなたも逃げないと」

「俺もナイアの気持ちがわかります。あなたは海に愛された宝石みたいだ。
でも、船長は親を目の前で殺された俺の命を助けて、生きることを励まし続けてくれた。
あなたも、あなたの運命に負けないで。」

自分に力があれば、全てを救うことができるのに。でもそれは考えても無意味なこと。

ロープの最後の1本を切ると、小舟とも呼べない木片は海に落ちて行く。
宝石のような少女を乗せて。

燃え盛る炎を背にしたカインが微笑むのをスローモーションのように見て、悲しいくらい遠ざかる姿を焼き付けて、燃える船を海の上から見ていた。

岸に着く頃にはもう船の形もわからなくなり、海に炎が浮いているようだった。
その炎もやがて小さくなり、何事もなかったかのように消えた。



日々が経つと、傷は癒える。
この後、ナミは小さな町で悪魔に愛されたゴム人間に出会うことになるが、誓うのだった。
この男たちを好きになればなるほど、遠ざけよう。
冷酷な魔女になろう。
酷い言葉を吐こう。
傷ついて欲しくない。
死んで欲しくない。
恨まれて、嫌われて、蔑まれた方がいい。
仲間だと呼んでくれたその言葉だけで、私は生きて行ける。

きっと一生大切に持っているだろう、手の中にあるダイヤを握って、ナミは騒がしいゴーイングメリー号の中へと戻って行った。










End

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