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□おばけこわい
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おばけこわい
ZN
見張りの当番は油断しているとすぐに回って来るのだが、今回ほどそれが嫌だったことはない。
夏だ。
ウソップがいらんことを言って、ルフィが"怪談"について興味を示したのが事の発端である。
あの太陽のように周りを巻き込む男がその話をサンジにすると、サンジは賛成して怖がる女性陣に自分が優しく添い寝をするのだと言うところまで口からだだ漏れの妄想を披露して、ブルックは自分の出番とばかりに怪談を話そうとしたが、すぐスカルジョークで話の腰を折るので全く怖くなかった、と言うところまではよかった。
フランキーがそういうことならと、ウォーターセブンの若い衆が話していたと言うとっておきを披露すると、チョッパーが怯え慌てふためき、その姿が気に入ったロビンがもっともっと本当に本当に怖いやつをひとつお見舞いしてくれた。
その間ゾロは寝ていて、ルフィは最後まで何のことかと話の意味をわかっていなかった。
「マツ、カナ、ウソウヨ、マツ、カナ、ウソウヨ」
ガタガタと震えながらウソップとチョッパーとブルックがロビンに教えてもらった、おばけが何処かへ行ってしまうという呪文を一生懸命唱えているのを横目に、ナミは内心ついてないと不安な気持ちに包まれていた。
きっと見張りがなければ女部屋でロビンとたわいもない話をして、正直に怖いと申し出たりして甘えれば、年上の彼女は気をきかせて怪談のことを忘れるくらい楽しい会話をしてくれただろう。(さっきの呪文は早口で言うと真っ赤な嘘になるのよ、とか。)
そしたら安心して寝られたような気がするのに、見張り台に立つのは一人だ。
ーー絶対夜中じゅう考えてしまう。
ウソップとチョッパーとブルックの様子を見てついて行けていない自覚があるのか、まだ話しの内容を考えているルフィを見ていると、怖いなあと思っている自分の方がおかしいのかと思えて来て、ナミは何のリアクションもできなかった。
それを見たサンジはナミさんもロビンちゃんも怖がらないと肩を落とし、夜半を過ぎれば皆んな床につく。
風呂でさえ鏡を見れないくらいだったナミは憂鬱な気持ちで見張り台を登った。
しかも、夏だが今夜は冷える。
誰かが用意してくれた薄い布を体に巻きつけて、ナミは何か楽しい他のことを考えようと努めた。
もー、ルフィのやつ。
いや、ウソップもだわ。
あいつがあんなことを言わなければ、こんなに怖がらなくて済んだのに!
結局思考はさっきの怪談に戻ってしまって、ナミは10秒に1回後ろを振り返ることになった。
見張りとしては完璧だけど、朝まで持つかどうか...
そう思いながら身を乗り出して下を見ると、何か鍛錬しているような声がして、やっぱりゾロその人だった。
起きてるんだ。
自分以外に起きてる人がいることにとても安堵する。
そうだ。
ゾロのことを考えよう。
そうすれば怖いことを考えずに済むかもしれない。
縋るようにその考えを支持し、自分の体の何倍あるかという重りを振っている男を見下ろして、ナミは大変そうだなあとか、重そうだなあとか、汗がにおいそうだとか、そういったことを考えていた。
もちろん、気配に敏い男のこと、しばらくすると上を見上げてナミに声をかけた。
「おい、なんだ。気が散る。」
「気づいてたの?」
ナミはほっとした表情でいつもより柔らかく話しかける。
「いいのよ。続けて続けて。」
「....ったく何だよ。」
私には絶対むりとか、なんでこんな重りがこの船にあるんだろうとか、どこで買ったんだろうとか考えていると、剣士が重りを振るのをやめて立ち去ろうとする。
「ちょ!ちょっとどこ行くの!?寝るの!?」
「どこって別の場所だよ。」
その視線は何だ。邪魔ってことだろうが。
ゾロがそう思って頭を掻くと、ナミは一層必死になって言った。
「だめ!ここに居て!!」
いなくなられては困る。せめて怖いことを考えなくなるまで、いや、今日の朝までやってて欲しい。
ゾロはその剣幕にビックリして、赤くなった。
なぜそんなことを言うのか。
でもここでは自分は鍛錬に集中できないだろう。
「そんなに見られたら集中できねぇ。」
「ごめん...」
「何そんなに見てんだ。」
「あんたのこと考えてたの。」
......とんでもない言葉が返ってきた。
は!?と今度こそ真っ赤になって上を見上げると、ナミが切なそうにこちらを見下ろしていた。
間違ってはいない。間違ってはいないが明らかに言葉足らずである事をナミは気にとめる余裕もない。
かてて加えて怪談のくだりを寝ていて知る由も無いゾロには、その言葉は口説き文句以外の何物でもなかった。
「....テメー、見張りしろよ。」
顔を背けて憎まれ口を叩くのが精一杯のゾロは耳も赤いが、上から見下ろすナミには夜目も加えてそれは見えない。
「してるわよ!鍛錬しないの?」
「そりゃ...まあ...」
ゴニョゴニョとこの男にしては珍しく語尾を濁す様子に、ナミは思い切って正直にお願いすることにした。
「起きてるんだったら、上がって来てくれない?」
剣豪は驚きの余り手に持っていた酒瓶を落とした。
船が大きくなったとは言え、見張り台は狭い。
2人いて丁度くらいのサイズ感に大柄な男と小柄な女がぴったり収まった。
「ゾロありがとう。よかった〜、私もう本当に怖くて」
恐怖が緩和されたからか、ナミは饒舌だ。
「あんた寝てたから知らないだろうけど、本当に怖かったのよ!フランキーのも怖かったけど、あのロビンの話が本当に...しかもロビンの話し方が上手いのよ。」
本当におばけみたいな。
そこまで聞いてやっと得心したゾロは、脱力した。頭を抱えてため息を吐くと、ナミが腰に両手を当てて見やる。
「そんなことかよ....。」
「そんなことって何よ!私がどんな気かも知らないで」
「他の奴に頼めよ。」
「あんたしか起きてる人がいないんだもん!お願い!」
朝までよ。とナミは仕切って行く。
「私はあっちを見るから、あんた反対側ね。」
「へいへい。」
背中合わせに座ると、ナミが当たり前のようにゾロを背もたれとしてもたれかかって来た。
「さっきみんなが言ってた怪談、聞きたい?」
「ふん、どうせ大したことねぇだろ。」
「じゃあロビンのやつね。むかーしむかし....」
「..................こえぇじゃねえか。」
「ほらね!ほら。私お風呂で鏡も見れなかったんだから。」
「鏡と言えば.......その昔。」
「えっ、話し始めるの!?」
「....................もー!やめてよ!」
「しかも、こういう話を丑三つ時にしてると、寄って来るって話だぞ。」
「なに!?ちょっと本当にやめて!」
「ハハハ」
とうとうゾロの方を向いて思いっきり背中を殴り始めたナミに笑う。
「えっ、ちょっとゾロっ!」
肩をぐいっと持たれてゾロの背後に回ったナミが指を指す。
「なに、あれ....」
海の上に光る火の玉のようなものが浮かび、ふっと消えた。
ばっちり見てしまった2人は顔を見合わせて大騒ぎする。
「キャー!何今の!」
「消えたー!」
「あんたが変なこと言うからよ!」
「は!?おめーが始めたんだろうが!」
「ど、どうなったの?」
ゾロの両肩を持って、肩口から顔を覗かせるナミ。
「もう見えねえな。」
「あ、あのね、ちょっと、くっついていい?」
「!?」
「このままは背中が怖いの!お願い」
もうまともに見張りなど出来そうもない。
試行錯誤したナミは、これまたとんでもない格好に収まってしまった。
「...うん、これなら何とか行けそう。」
ゾロの前に立って背中をぴったりと預け、更に持っていた布を一緒に被って、ゾロの腕の間から顔だけ出している。
守られてる感がすごい。
これなら安心。
おばけが来ても、あんたが先に犠牲になってねとナミは無邪気に笑っている。
正直、既にゾロは怖い話や火の玉などどうでもよくなっていた。
後ろからナミを抱きしめる形になって、体は密着している。
風呂上がりの髪からはいい匂いがしてくるし、何だかかわいい笑顔を向けてくる。
好きだから、さっき自分のことを考えてたと言われたのは嬉しかった。
「ちょ、ちょっと!ぞ、ゾロ...!?」
むくむくと、硬いものがお尻に当たった。
密着しているから、動くことすらできない。
「あー...こうなっちまうだろ、そりゃ、こんな態勢なら。」
当たり前。
何の恥ずかしげもなく言ってのける剣豪にナミはパニックになる。
「えっ、ご、ごめん、そんなつもりじゃ...」
「ま、まてこらナミ、動くな...っ!」
「あっ!」
また!火の玉!
「キャア!」
2人は倒れこんだ。寝転んだゾロのすぐ上には、ナミの顔がある。
一瞬見つめ合うのが、何十秒にも感じられた。
驚いたナミの顔が可愛くて、本当に好ましかった。
ゾロは体を入れ替えて、寝転ぶナミを下にはーとため息をついた。
言うのが怖かった。断られて仲間に戻れるか自信がなかった。
でも言いたかった。
「好きだ。」
目を見開いたナミは、笑った。
「私も。」
「.....本当か。」
「うん。」
「ちょっと、止められそうにねぇんだが。」
「何が?」
にやりと笑ってナミ。
「てめ、わかって」
!
胸倉を掴んで剣豪を引き寄せた猫は、Yesの代わりにキスをしたのだった。
事後。
「あれって、どこで買ったの?」
大きい重り。誰が運べたの?とかいくらするの?とか聞きたいことはたくさんある。
「おれのこと考えてたってそれかい。」
End
今回のゾロさんは順番を守るタイプだったみたいです。