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□その手に触れるのも
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手に触れるのも









あの女は見ていてとても危なっかしい。
そりゃ胸の脂肪を支える華奢な布紐だってそうだが、シーザークラウンの捕獲も計画通り完了し宴をする折、G5の荒くれ者どもが「泥棒猫だ...」「本物だ...」とこそこそ遠巻きに見ていることを女は気にも留めていない。

タンカーからの酒をまるで昔からの友達のように寄越した海兵は、ゾロに酒を注ぎながら麦わらを冠する船の航海士のことが気になるようだった。
「女が海賊船に乗るって言うのも珍しい話だもんなぁ。」
「よっぽど船長が魅力的だったか?普通海賊船にあんないい女が乗らねえよ。」

荒くれ者と言っても、シャバで生きる海兵とでは立場が違う。
例え略奪をする訳でも殺戮をする訳でもない海賊でも、懸賞金が何億とつけば人々はどんな悪党かと恐れおののくだろう。

「あの手配書の写真、まじで結婚したい。」
「バカ!同じこと考えてんじゃねえよ」
「2年でまた色っぽくなっちまってな〜!」

しかしこの少しどころかやたらと柄の悪い男共は、彼女の健康的な容姿を大層お気に召しているようで、海賊をこき下ろすその口で言うこの身勝手な柔軟さも、彼らがG5たる所以だろう。

そんな話を聞きながらオレンジ髪に目をやると、子供の世話を甲斐甲斐しくする姿は悪党などとはほど遠く、若く美しい身空はまあ、注目されるのも無理はないのだろうな、と剣士は酒を煽るのだった。

なので、オレンジ髪がこちらへ近づいて来た時には柄にもなくどきりとした。

「そこのあんたたち、あの女海兵さん知らない?」

周りに手頃な情報源がいなかったらしく、丁度こちらへやってきたナミ。
今お前の話になってたところへ突っ込んでくるんじゃねえ。
だから危なっかしいって言うんだ。

「えっ、た、大佐ちゃん?」
「そりゃそうだ、おめぇ女海兵なんか一人しかいねえもんな」
「そうなの、男所帯じゃ大変ね。」
ナミは荒くれ者たちをしげしげ見ながら腕を組んだ。
母も、そうして男の兵士と肩を並べていたんだろうか。
「たしぎ大佐なら、タンカーの方で見ましたぜ。」
「そう、ありがと。」

スモーカーにも敬語を使わないのにゴマを擦りながらヘラヘラしてしまうのは何故か。
ナミと会話した男を周りの男が小突きまくるのを見もせず、ナミは聞きたいことだけを聞いて行ってしまう。

「おれボアハンコック見たことないけど、あんな感じなんかな〜」
「妄想も大概にしとけ。周りがほっとかねえ、船長のお手くらいついてるだろうぜ。」
「でもあの船長だからなぁ...」
「うーん」
「なさそうだな。」
ギャハハハと笑う下世話な話に、ゾロはうんざりして眉を押さえた。
こいつら酔ってやがる。
まあ、品は落とそうと思えば際限はないので、この程度で止まっていることを喜ぶべきだ。
「や!もしかしてお兄ちゃんの女か!?」
「ロロやん?ゾロやん?」
「スモやんみたいに言うなって。」
「あーっ!だから今眉がピクピクしてたのか!」
「ねえよ!この酔っ払いども!」
シャーと豪快に酒を流し込むと、周りがなんて健全な海賊団と囃し立てる。

誰も好き好んで健全海賊をやってる訳じゃない。その船にはその船の均衡と言うものがあるのだ。
普通は海賊なら、金だ色だが当たり前なのだろうが、麦わらの元に集まった人間は別らしい。

また麦わらの好感度を上げられた!と酔ったままに話す男たちはさらにとんでもないことを言い出す。
「でもおれわかっちゃった。ロロやん、泥棒猫のこと好きだろ。」
「ウォー!片想いってやつか!」
「お前はOLかっての!」
「お前は占い師かっての!」
「お前は少女漫画家かって...
「もうええわ!」
完全にツッコミに回ってしまって、対応が後手後手になっている。
耳まで真っ赤になっている剣士をヒューヒューと囃し立て、バカ騒ぎをする男たちはさっきまでは一緒に飲んでる分に居心地の良い人物たちだったのだが。
「だって泥棒猫がこっち来た時完全にドキッて顔してたもんなー!」
「ロロやん、行けよ!男なら!」
「ドカンと一発!」
「ハゲ頭!」
「斬るぞテメーら!」
ギャハハハと笑うG5たちはまさに酒の席が似合いすぎるほど似合う男たちであった。



「タンカーか...」
宴の喧騒から少し離れたナミは、子供たちの今後を頼もうとたしぎを探していたのだった。
そう言えば、あの女海兵はたしぎと言う名前なのか。
戦いの中で顔見知りになるのはとても不思議な気がしたが、自分の中の女海兵への思いは特別で、話が出来るのが楽しみな気さえしている。

たしぎは怪我の手当てを受けた後、タンカーから表へ出たところだった。雪女にやられた傷は深く、血が足りていない。少しフラフラとしていると、後ろから名前を呼ばれた。

「あっ、たしぎ!」

驚いた。女性の声で名前を呼ばれるなんて、ここには女性は麦わらの一味しかいないのに。
振り返ると人懐こい笑顔があって、思った通り泥棒猫が自分を探していた、という様子で話しかけてきた。

「子供たちのこと、詳しく聞いてるかしら?」
「え、ええ...。子供たちを助けてくれたこと、礼を言います。ありがとう...。」
「いいえ。ほっておけないもの。」

泥棒猫がにっこり笑う姿は手配書で見るより可憐だった。
そして子供の不遇に心を痛めていることも伝わって来て、とても海賊とは思えないーーまっとうな、人間のように思えた。

「ひどいことするわよね...あんな子供たちに、覚醒剤を投与するなんて...」

美しい柳眉はひそめられている。
そうだ。おかしいと思いながら見過ごしてきてしまった自分にも責任があるような気がして、思わず事情を話してしまった。

「...誘拐事件が、海難事故として処理されていて...」
「海軍の内部に情報操作していた人物がいたのね。」
海軍の。それが情けなく、涙が出てきた。何も出来ず、いつも肝心なことはこの一味がしてくれてきたことも、所属する組織の汚点も。

「お願いします!子供たちを私に預けてください!」
「もちろん...それを頼みに来たんだもの。」

ナミはたしぎの涙をちょいちょいと拭って、フラフラしていた足元を腕を持って支えた。たしぎはナミのその行動にびっくりして、何か言うことを探して口走る。

「....あなたは海賊なのに、なぜ子供を?」
「なんでかしら。あっ...ううん。そう。」

助けてと言う子供。
それが重なりはしなかったか、かつての自分に。

「私も、助けてもらったことが、あるから。」

子供の頃の自分と、同じだった。
だから絶対に見捨てたくなかった。
見捨てることなど、できなかった。



なんでこんな女性が海賊に。
優しくされて、立派だと思ってしまって、子供たちが懐いているのが何よりの証拠だ。
黒足も、ロロノアも、敵であるはずの自分を助けて、あまつさえ。

「私の母は、女海兵だったの。だから私も女海兵さんに弱いんだ。」

屈託無く笑う姿は女から見ても素敵で、自分が男なら間違いなく好きになっていると確信めいた思いが芽生えた。
あらゆる意味でこの人には勝てないだろうことがわかってしまって、たしぎは笑った。

「...!!うっ!」
「!大丈夫!?」
笑うと傷が痛んで、雪女にやられた肩を押さえてたしぎが顔を歪める。
「この傷、雪女にやられたの?
ったく、あいつが付いてて何やってんだか。」
あいつとは、ロロノアのことだろうか。担がれたことが思い出されて、変な汗が出る。
「どうせ雪女止めときゃいいとか言ってとどめさせなかったんでしょ。サンジといいあいつらほんと、結果良ければいいみたいなとこあるのよ。」

まるで見ていたかのような。
仲間のことを理解して、心臓を預け合うかのような、信頼が。

「...あの、ナミさんは」
「あっ、船医さん?ちょっと、大佐が大変よ」

小さな声は医者を呼ぶ声と被って、彼女の耳には届かなかったらしい。
でも、私は何を。
私は何とんでとない、関係のない、気になってもいけないことを聞こうとしたんだろう。



ーーーナミさん、か。

たしぎ、と呼んでくれた人をどう呼べばいいか胸を躍らせて、そんな日は例えもう来ないとしても、心の中でもう一度、心の綺麗な人の名を呼んだのだった。






G5に欲してもないアドバイスをいっぱい頭から浴びせられて、食傷気味になった剣士は甲板で涼んでいた。
前にはウソップと話すナミの姿があって、女海兵に子供を預けることにしたと言った内容を話しているのが聞こえた。
「そうか、お前の母ちゃん、海兵だったな。」

それを聞いて微笑む横顔は幸せに満たされて、その中に少しだけ、切なさがあって、ウソップが去った後も船の手摺に預ける細い体をゾロは見ていた。

アドバイスを、遂行する気はない。
しかし、側にいたいという気持ちに、もう少し従ってもいいんじゃないかという意見には同意する。

ゾロはナミの横の手摺につかまって、黙って同じ方向を見てみた。
するとナミが口を開いた。

「あんた、たしぎが怪我負ったのただ見てたんでしょう。」
たしぎ...?ああ、メガネ大佐のことか。
「なんでそんなことしたの?」

え...?怒られる?
ビクっと横を見ると少し憮然としたナミが上目遣いでこちらを見ていた。

「え...だってあいつが倒すって言うから...」
「私のことは助けたじゃない。どうして扱いが違うのよ。」
「あいつはそれが仕事だろ。」
「女の子が怪我するの見てちゃだめでしょ!」
こらっ、とでも言わんばかりの様子に、何とか怒られずに済む方法はないかと頭を掻く。

例えば、この柔らかそうな肌に傷がつくのは嫌な気がする。
この顔が苦痛に歪むのは嫌な気がする。
だから何を置いても助けたいと思う。
弱くていい。
お前は、弱いままでいい。

「は...?どういうこと?」

最後の方だけ声に出ていたらしく、この雷を人に落とすという極悪非道の攻撃ができる女は訝しげな声を出した。

例えば、この指先。
ゾロは突然ナミの手を取ると、手袋を引っ張って脱がして、細い指先を露わにした。
冷たい指先は少し乾燥していて、ぱりっと皮膚が割れそうだ。
その指を暖かい大きな手で包み込むと、手を握ったまま、また海の方を見やった。

ナミは何をしているのか意味がわからなくて混乱したが、手を握られることに意識がいくと、顔を真っ赤に染め上げた。
そして、剣士の耳も少し赤いことに気づくと、頭にクエスチョンマークをいくつも飛ばしたまま当てのない視線をまた海に戻したのだった。



まさかあの酔いどれG5の面々も、ロロノア・ゾロが勇気を出してしたことが、手を握る、だったとは思わないだろうな、と思いながらそれだって自分にしては上出来だとゾロは考えるのだった。











例えば、この指先すら守りたい。











End

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