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□カシューミルク
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カシューミルク










「サンジくんって男にモテるわよね。」

ドレスローザに着くまでのつかの間の休息に、ダイニングで日誌を書いていたナミは思い出したように言った。
サンジがナミに振る舞ったカシューナッツのドリンクが余りに美味しいので、仕事部屋に持ち込むのをやめてここで飲むと言ったのだ。
コック冥利に尽きることはもちろんだが、ロビンを急いで連れて来てこれがいかに美味しいかと言うことを説明し、ダイニングに美女2人と自分という素晴らしい状況を作ってくれた彼女はとうに自分が心に決めた女神だ。

ロビンはテーブルにはつかずに後ろのベンチで優雅にドリンクを飲んでいて、ナミの言葉に楽しそうにクスクス笑った。

何となく、G5とのやり取りを見てそんなことを言い出したんだろうと、彼女の思考回路が読めた気がした。
確かにG5の面々が宴の間じゅう、アニキだのお兄ちゃんだの言って寄ってくるのに料理を振る舞うのはまるで猿にでも餌付けをしているようで、猿に例えるのは猿に失礼かと思ったのは覚えているのだが。

「あら、男だけじゃないわ。私が見る限りでは子供にもモテモテだったわよ。」
「え〜、あんなに悪態ついてたのに...」

確かに、ぐるぐるにいちゃんと言われていたのはナミも耳にしていたし、なんだかんだ言いながら世話を焼いているのを微笑ましく見ていた。

サンジくんは、モテたくない人にモテるのよね。

見ていたわけじゃないけれど、2年間飛ばされていた桃色の国では乙女よりも乙女の心を持った住人たちに追いかけ回されていたという。
よかったじゃないなんてナミが言うと、なんとも表現し難いが、2年間ずっと安物のコーヒー豆をひかずにそのまま食べてましたというような顔をしたので、不謹慎ながら笑ってしまった。

ーーそんなところも、嫌いじゃないんだけど。

心の中で思ったことは、おくびにも出さずにナミはペンを走らせることも忘れない。
何かを同時に行うことは、女の特性だと言うけれど、目の前の男だって料理を作りながらつまみ食いを叱り、女性には歯が浮くどころか全部抜けてしまいそうな台詞を送ってくる。

しかもこのカシューミルク、ビタミンE含有量はばっちりで、食物繊維、ミネラル共に他のナッツミルクよりも美容に効果が高いことさえ折り込み済みなのだろう。
更に思わずロビンを呼びに行ってしまうほどの美味しさ。
どんなオーガニックジュースバーも敵わない。
歩くジュースバーこと黒足のサンジ。

ぶふっと自分の思考にウケてしまって、ナミの笑いに2人は驚いたようだった。

「ナミさんどうしたの?」
「思い出し笑い?珍しい。」
かわいい人、とロビン。

「いや、あのね、」
美味しいドリンクでご機嫌。
歩くジュースバーは言い過ぎだと思って、涙を拭いながらナミは言った。

「結婚するならサンジくんみたいな人がいいな、と思って」

ボトッボトッと2人が持っている物を落として、(サンジはプロシュット、ロビンは分厚い本)私何か変なこと言ったかな、と思っているとサンジが飛びついて来そうになったので、ナミは髭の生えた顎を押しやって退けた。

「なになになになに!?ナミさん!そんなことならおれいつでも」

「違うっつーの。栄養価も考えてくれて働き者で、男に好かれる男は間違いないだろうなって思っただけ!」

「あら、愛の告白に聞こえたわ。」

「違うわよ...白状するわね、歩くジュースバーなんて思ってごめんなさい。」
「なにそれ!?」
「フォローが行き過ぎてしまったのね。」

でも、とロビン。





「男に好かれる男が魅力的と言うのは私も同感よ?」

女性にも言えることかもしれないけど。
長身の女性は美しく笑ってナミにウインクした。

サンジは何?今日こんなに褒められておれ、死ぬの?と自分の幸せを受け止めきれない様子。

まあ、たまにはこんな役得があってもいいかもしれないわね、調子に乗らないならだけど。

そう、ナミは思う。

なんだかんだ言って一緒に子供を助けてくれた。
嫌いだと言いながら、嫌だと言いながら、侍を助けて、海兵を助けて、悪態をつくのに、大切に守って。

あれ、私、サンジくんのこと好きなの?
いやいや...そんなまさか...


カシューミルクはもう空。
あまりに美味しいから、すぐに飲んでしまった。


自分の気持ちを確かめる方法をひとつだけ思いついた。
感謝の気持ちを表したいという思いもあった。

ナミは放心して隣に座ったサンジの耳を乱暴に引っつかんで、隠れていない方の頬にちょっとだけ唇を触れさせた。

「ありがとう。美味しかった。」

日誌を浚う様に持ってダイニングを飛び出す。後ろから様々な気配がするが、何も聞かないように背を向けた。

「なっ!?ナミさんっ!?」
「結婚はしないからね!」




私の顔は、赤くなるかな。
心臓は、ドキドキしてるかな。

測量室で鏡を確かめるのを楽しみにしながら、ナミはダイニングを後にしたのだった。







バタンと閉じられたドアを釘づけにして、しばらく沈黙を守り続ける2人。

「.........」
「.........」

「.....おめでとう。」
「ろっ、ロビンちゃんっ!!」

「あなたの気持ちには気づいていたと言うか隠す気もないようだったから、私も嬉しいわ。」
「け、結婚は、しないってことは、結婚は(まだ)しないってことは」
「落ち着きなさい。とりあえず、私の前じゃなく2人で仕切り直しなさい。」
「ロビンちゃん〜」

ロビンは大切な2人の仲の進展に居合わせたことを嬉しく思いながら、まさかこのタイミングでナミがこんな行動に出るとはね、と空になった彼女のグラスを見た。

慣れたつもりの想定外も、こんな結末になることもあるのだなあと、ロビンは目の前の幸福で死にそうになっている男を見ながら思うのだった。








End

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