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□Love ≠ Affection
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Love ≠ Affection








「おにぎりだったね。」

にっこりと笑って話しかけてくる女が、何を言っているのか一瞬わけがわからなかった。

ただ本当に無警戒に、気を許した仲間のように、容易く一歩近づくことを許してくる危うさに、他人ながら心配になる。

目の前の男がいいものかもわからないのに。
自分に危害を加えないと何故言える?
その無防備さはどこから来るのか。


やっとパンが嫌いだと言ったことがきっかけで、この船のコックが握り飯を用意してくれたことの話らしいとわかって、重い口を開いた。

「ああ....まんまとこの船のペースに乗せられた。」
「ふふ、この船にいると、狂うでしょう。ルフィには、言いたいことは言うのがコツよ。ぶん殴って捕まえて言えば聞くから。」

本人は良かれと思って言ったアドバイスなのだろうが、物騒な言葉が聞こえたのは気のせいか。

溌剌として寝不足の目には眩しいくらいの女は、船で鎧ごっこをしていた船長たちが備品を壊し始めたのを見て、怒声をあげながら行ってしまった。

船長を一番の戦犯として殴ると、土下座をする部下?たちに懇々と事の重大さを説明し、(主に壊した物を修繕する費用のこと)それを理解できた様子のない船長にはまるで犬の躾をするように目を見て言うのだった。(「めっ!」)

するとその顔が気に入ったのだろう船長が、犬が主人にするように顔を舐め...!?
さすがに舐めてはいないか、キスほどの距離まで顔を寄せて、華奢な体にゴムの腕を巻きつけて上の見張り台か?まで飛び上がってしまった。


キャアアアアァァァ......

こんな悲鳴が聞こえることもこの船では日常茶飯事なのか、土下座をしていたクルーたちは何事もなかったかのようにスッと立つと思い思いのことをしに戻るのだった。



「ちょっとルフィ!いっつも言ってるでしょ、こんなところまで飛ばさないで!!」
私はジェットコースターの類いはそんなに得意じゃないのよ!とナミが言うと、相変わらず何を考えているのかわかるようでわからない船長が口を開いた。

「さっき、何話してたんだ?トラ男と。」
「あんた、見てたの?鎧兜で遊んでたくせに」
「何話してたんだよ。」
「あんたの扱い方を、伝授してたの。」

おわかり?と主人が犬に言うように手を振ると、犬は不満そうに唸った。
「おめーおれには怒ってばっかなのに、トラ男には笑ってたじゃねぇか。」
「それはあんたが怒られるようなことばっかりするからでしょ!」
ナミにとっては全く取るに足らないようなことを言うなんて、ルフィらしくない。
そう思いながら息をつくと、ナミは見張り台を自分で降りようとする。
「ナーミー」
「なによ」
船長が不満気な声を出すと梯子を降りかけて消えた頭が、またひょこっと出てきた。
「おれの扱い方って、なんだ?」
「あんたにはね、我慢せずに言いたいことは言うのがペースを乱さないコツよって言ったの。」
「がまん?おれガマンなんかしたことないぞ」
「でしょうね。普通はね、相手の気持ちを考えて言いたいことを抑えることだって時にはあるものなの。」
「ふーん」
「もういい?手が疲れてきた。」
はしごに掴まったままの会話なんて、普段することがないので腕がすぐに悲鳴を上げる。
「おれに掴まれよ。おろしてやる。」
「いやよ。またビュンっておりるんでしょ!」
「いいから掴まれって。」
「いやっ」
手を無理矢理梯子から外されて、ルフィの首に回させられた。
ルフィに体を全て預けて抱き合う形になって、ナミは真っ赤になってしまった。
「ちょ、ちょっとルフィ!」
「お前がトラ男に笑顔で話しかけたのがなんか嫌だったんだって。」

ルフィは言いたいことを我慢しない。
そんな言葉が頭をよぎって、まさか嫉妬してるの?とあまりピンと来ない考えが浮かぶ。
ピンと来なさすぎてそのまま思ったことを口に出してしまった。

「まさか嫉妬してるの?」
「うーん...」
ルフィはナミの首すじに顔を埋めて、深呼吸しているような、匂いを嗅がれているようなそんな気配をさせて言葉を濁した。
嫉妬と言う言葉を知ってるかも怪しいのに、恋愛に関わる感情の機微がこの男にわかるのかと訝しむ。



「あっ。」

ルフィが声を上げた。


「おれ、今がまんしてる」

気づいた、とでも言うように顔をあげたルフィと至近距離で目が合って、ナミは更にドギマギした。
この船で一番強い男が、自分を見ている。

「なっ、なにを....?」

何をガマンしてるって、
聞こうとしたその言葉は、3分後の雨を察知したナミの一声によってすぐにうやむやになってしまった。

雨が通り過ぎる頃にはもうルフィはいつも通りになっていて、それを見たナミも安心するかのようにいつも通りになるのだった。



雨が降ったので夕食を終えたクルーたちは室内にいるが、夜が近づくにつれナミはローの寝床が心配になってきた。
何しろ男部屋と言えば人に見せられるような物ではない惨状で、ハンモックの数も足りないはずだ。
そう思っていたところに、ちょうどウソップがその話題を出したのだった。
「それで、トラ男どこで寝る?」
所在無げという訳ではないが、勝手がわからないだろうローが気になっていたウソップは、もし男部屋に連れて行ったらその有様にドン引きされるだろうなあと危惧していた。
「おれはどこでもいい。」
「なーんで。男部屋でいいじゃねえか。」
「食べながらしゃべるな!」
「おれは身の回りきれいにしてるが、お前らはなあ....」
「なんですかサンジさん!人が汚くしてるみたいに!」
「お前は変な本を片付けろ」
「ああ、図書室はどうだ?チョッパーの医学書もあるし。」
「そういやお前スーパーな医者なんだってな。」
「おれ、前の島で最新の論文集買ってもらったから、読んでもいいぞっ」

話の流れが決まって来たところでナミが席を立つ。食後は図書室兼測量室に行くのが彼女の日課だ。

「じゃあ、私今から行くからついでに案内するわ。トラ男くん付いて来て」

またにっこり笑っていうもんだから、コックが悔しそうに変な声を出すのをローはピシャリと扉を閉めてシャットアウトした。


この女の無防備さは、船長への信頼から来るものなのだろうと、ローにはそんな気がしていた。
船長が信じたのだから、大丈夫。
赤子が母に抱くような信頼。
愛ではなく愛情だ。
それがわかったのは、つい先ほどから船長が自分を見てくる目。
猛獣が牙をむいたような、こちらの喉笛を今にも噛みちぎりそうな眼差しが、女はまだ男の物になっていないのだと告げていた。

口角が知らず上がる。
色恋などにかまける暇もない人生を送って来たが、この船に乗っていると何故かそんな呑気なことを考える気分になっている自分に気づく。


図書室に入ると、その光景に驚いた。
船の大きさに相応しい大きさの本棚には書物がぎっしり詰められており、天井を縦横無尽に吊るした凧糸には海図と地図が何十枚と止められている。
この航海士のためだけのものだと思われる机には積み上げられた資料と作業の跡があり、この光景を見ただけでこの女がいかに勤勉かわかる。

「このベンチなら男部屋よりは快適に眠れるわよ。」
自分のために大判のタオルを持って無造作にベンチに置く姿は、やはり警戒心がない。

「....悪いな。」
「いいのよ。トラ男くんは初めてのお客さんだしね。自分の船とまではいかないでしょうけど、くつろいで。」
あっ、チョッパーの医学書は、そこよ。
そう言ってナミが指差すと、ローはつい能力を使ってベンチに腰掛けたまま本とそこらの塵を入れ替えたのだった。
「えっ、何、今の」
ナミは驚いて聞いた。
「クセが出ちまった。すまねェな。」
行儀が悪くて、とロー。
「すごいわね、そんなこともできるの。」
「...お望みとあらば、また入れ替えてやろうか?」
「誰が!あんたのおかげで大変だったんだから!人を変態やエロに入れ替えてくれちゃって。」

迷惑こうむる。とナミは憤慨する。
自分の美しい肉体には自分が入るに限るのだ。

「あの時は俺も忙しかったからな。お前らにちょこまかされる訳に行かなかったんだ。」
「金輪際やめてよね。」
「正直、笑えた。」
「なんですって!?」

こちらもつい手が出て、お客さんだという意識があったはずなのに、ナミは気づくとローにチョップをかましていた。

「テメェ何してる」
「はっ!つい!」

ルフィやゾロにするようにしてしまった。
慣れとは恐いものだ。
仲間にするように手が出るとは、むしろローの方に麦わらの素質があるのではないだろうか。

ナミの手を握って止めたローはこの気安さと、警戒心のなさに内心ため息を吐いた。
世の中はお前に優しくする者ばかりではないのだと、ここはひとつ、教えてやらねばなるまい。
そう自分に言い訳をして、掴んだ手を思い切り引き寄せた。

「警戒心がないからこうなるんだ、泥棒猫。」

船長が俺を信頼したからと言って、お前も俺を信用するな。
ナミの体は反転して、後ろから喉元に刃物を突きつけられるように腕を絡められた。
背中には男の冷たい体温を感じ、刃物を持っていないと分かっていても、手の入れ墨が目に入って喉がごくりと鳴る。

「離してよ。」
「さぁな...。」
要求を受け入れるつもりがないと言う様子で、のらりと言うローにナミは腕の中で振り返った。



そして、自分のあらん限りの力でローをぎゅーーーっと抱きしめた。


「...!?なっ、なっ...!」
(一回このフワフワ帽を触ってみたかったのよね...)

ローは明らかに慌てふためいているが、ナミは離してもらう、以外の別の選択肢に夢中になってしまっていて、自分の肩口で男が赤くなっていることが目にも止まらない。

するともう拘束は緩まっており、ナミはローから離れると、「飲み物は、サンジくんに言うともらえるよ」と言って仕事机についた。

警戒心のなさも、行き過ぎると警告をも退けるのだと知って、ローは一時おいて医学書のページを静かにめくり始めるのだった。









「そう言えば子供たち、あんたが治療してくれたのよね、ありがとう。」

離れた机から椅子に横に腰掛けた航海士は笑う。
仕事はひと段落ついたのだろうが、まだペンを握っていて、細い指先で弄んでいる。

鮮やかな髪の色のように、オレンジの匂いがした。

最初は、どちらかと言うと騒がしい女は苦手だと思っていたのに。



この誰にも愛情を配る女の愛を得たいと思うことは、男ならば至極当然のことなのだろうなと、ローは思ったのだった。










End

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