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□魔女は笑顔で死地へ向かう
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魔女は笑顔で地獄に落ちる









ビビがいなくなったーーー

小さな船医を仲間に加え、一行はアラバスタを目指す。
長袖が半袖に変わる海域に入った頃、偶然ログポースの示さない島を見つけ、補給の為にその小さな島の港に立ち寄った。
ドラム王国を逃げるように出国したから、水も食料も尽きてしまったのだ。
そんな中、カルーを運動させるといって船のほんの近くに降りただけのビビが、戻っていないと言う。


「とりあえず、手分けして探しましょう。」
ルフィのように身勝手な人物ならともかく、ビビは人一倍心配をかけまいとする人だから、何か事件に巻き込まれた可能性が高い。
アラバスタの内乱も時間の猶予は残されていないので、事は一刻を争う。

一味の人数が少ないので1人1人が別の場所を受け持ち、駆け出して行ったサンジや飛んで行くルフィと違って船からそう離れていない辺りを探すことになったナミは、暗がりに不安な思いを抱きながら目を凝らした。

リトルガーデンやドラムを出てからは、自分の体のことでビビにはとても心配をかけた。
あの細い体に目に映るもの全てを背負って。
力になってあげたい。
ナミは強く思う。
今度は私が。


すると、樅の林の下生えをかさりと何かが踏む音がした。
ナミは決して多くは持ち合わせていない勇気を奮い立たせて武器を構える。
ウソップに改良をお願いはしたが、これはまだただの棒だ。

それが刹那キィン!と音を立てて弾き飛ばされて、ナミは林の奥を凝視する。
誰か...!!
そう言おうとした言葉は闇に呑まれた。
ビビの美しい青い髪が現れ、何者かが抱えるその体は拘束されてぐったりと弛緩していた。
「ビビっ...!!」
何よりも、命は。
「心配しないでください。気を失っているだけですよ。」
闇に紛れた男の顔が月明かりに照らされ、聞き覚えのある声にナミは驚いて男を見上げた。

「あんた...!!なんでここに!?」

アーロンに支配されていた時代、おそらく2年前だ、盗みのため一月ほど乗っていた海賊船。
そこにこの男は乗っていた。
名をカインと言い、燃え盛る炎の中に消えた男。

「お久しぶりですね。」
「生きてたの...!?」

死んだと思っていた。
緋色のナイアともども。

「何をしてるの!?ビビを返して!!なんでこんなひどいこと」
「それはできません。」

顔見知りに会えたという安堵などない。
男の行動は敵対者へするそれ以外の何物でもなく、現に自分の武器は後ろの砂浜に転がっている。
ビビの身柄が向こうにある以上戦うことすらできない。
今はビビを安全に仲間の元へ引き渡す交渉が不可欠だとナミは冷静になることに努めた。
カインはその様子にくつくつと笑って、相変わらず柔らかい物腰で言った。

「目的は何?と顔に書いてあるようですよ。」
「その通りよ。その子は大切な私の仲間なの。お願いだから、傷つけずに返して頂戴。」
「あなたが言うなら、そうしましょう。けれど、あなたは船を降りてください。」

え....と思わず口から漏れた呟きは、波の音に呑まれるほど小さかったが、同時に心臓がドクリと跳ねた。

ビビを縛る縄を見て、その後カインの顔を見ると、銀の髪の男は夜を支配する王のように鷹揚に微笑んでいた。

「そ、んなこと」

できない。私は自らの意思で、あの太陽について行くことを選んだ。

「ではこの娘を生きてお返しすることはできません。」

所詮は海賊、欲望の為なら何でもする。
こんな風に思いたくなかった。
こんな人ではなかったと、この2年に何があったのかと思いたい自分の思考を振り払う。
所詮は海賊。そして自分も同じ穴のムジナだ。

「待って!!本気なの?」
「今この場で殺しても?」

息をのむ暇も、相手は与えてくれそうになかった。
加えて、そんな言葉を聞いてはナミは自責の念に耐えられない。
息をのむ暇も惜しい。

「待って。わかったわ。でも時間をちょうだい。航海術を持っている人がいないの。
私が船を降りることを船長に伝えてーー」
「それでこちらの要望が叶うのですか?ーー俺はお願いしているのではないので」

ビビの縄を持って押し出す動作にナミの胸は貫かれたように痛んだ。
これは、私が招いた事態だ。
ビビの身柄を抑えて、ルフィに戦ってもらうことはどうやらできそうにない。
時間のない国、細い腕、医者を探してくれた仲間達。

故郷を解放してくれたルフィ。
命を懸けて信頼を示してくれたゾロ。
クロオビを倒しノジコを守ってくれたサンジに、幹部を1人倒してくれたというウソップ。
毎晩徹夜で看病してくれたチョッパーに、いつも一緒にいたビビ。

これに自分で始末をつけられなくて、どうする。

「全てそちらの要求をのみます。仲間には書き置きを。」
「交渉成立ですね。」

カインはそうナミが言うのをわかっていたかのように用意していた台詞を吐いた。




女部屋に書き置きを見つけた仲間は、未だに眠り続けるビビを起こさないようにカルーを残して、キッチンで一枚のメモを取り囲んでいた。

「クソッ!やっぱりまた裏切りやがったかあの女!!」
ゾロが悪態をつく。その顔に余裕はなく、全力で壁を殴るのでウソップがそれを止めた。
「ビビちゃんが戻って来たのはよかったけど...今度はナミさんがいなくなるなんて」
「ナミはみんなが嫌いになったのか?」
悲しそうにチョッパーが俯く。
「そんなわけねえよ。チョッパー、この話には裏があるぞ」
ウソップがゾロを止めながら言った。
「いいか。ビビが戻って来てナミがいなくなったんだ。この2つは関連してる可能性が高い。
ということは、ビビを攫ったやつはナミが狙いだったとも言える。」

まだその先に狙いがあるのかもしれないが、敢えて説明には触れない。
書き置きには、船を降ります。探さないでください。という文が無造作にナミの字で書かれ、その文体が乱れていることから急いで書いたことが伺えた。

ただ急いでいたのか、急かされたのか。

チョッパーと共にウソップの説明を受けて少し落ち着いたらしいゾロが、ルフィの持っていたメモの裏になにかを見つけた。

「ルフィ、何か落ちたぞ」

パラパラとメモから溢れ落ちる砂を目にして、裏返す。

「キスマーク?」

日焼け対策にナミがリップクリームやら何やら塗っているのはよく見かける光景で、メモに唇を押し付けたらしかった跡には砂浜の砂がパラパラと付着していた。
その少しの油分に砂を押しつけているのは意図されたものだ。

ここに砂の国で会いましょ、とか、アラバスタに行け、とかそういう意味が伝わることを信じて。

「これ砂の国で会いましょ、ってことじゃねーか?」
ウソップが鼻が上に曲がるほど指で押して考えていると、サンジも同意した。
「アラバスタに行け、か....確かにナミさんのくち、くち、くちび...」
「やめろサンジ!自分の口押し付けようとすんな!!」

「でも、どうする?ナミが無事って保証はねぇぞ。」
「ナミさんを早く助けなきゃなんねーだろ!命の危険があったらどうすんだ!」
「航海もできねぇしな....」

でも、反乱は迫っている。

ここまでずっと黙っていたルフィにクルーの視線が集まる。
じっとメモを見るルフィはしばらく集中するように目を閉じてから言った。

「船、出すぞ。」

他の4人が驚いているのに目もくれず、ルフィは結論を出した。

「この島には気配がねぇ。あのあたりにいる気もするけど、ナミに対して悪意がねぇ。」
ルフィがまるで超能力のように言って島の南を顎で指すと、全員がその方向を見た。

するとビビが起きたようでカルーと共にキッチンに駆け込んできた。
「みんな!ナミさんが....」
「ビビちゃん、大丈夫なのかい?」
「ええ...私は大丈夫。それよりナミさんが」
「ビビ、何か覚えてるか?何があった。」
「ほとんど覚えてないの。気づいたら浜辺近くの林にいて、ナミさんに抱えられたのを朧げに覚えてる。」

ごめんね、とナミが呟いたからだ。その一瞬、目が覚めた。

私が行けば、ビビは助けてくれるのよね、と。

そうビビが言うと、ナミの古い知り合いという線もないかと憶測が頭をもたげてくる。

もしかするとタチの悪い元彼とかじゃないのかと、ウソップは思ったがこれを口にしてしまうと色々とややこしいことになりそうだと考えて口を噤んだ。

「うん、大丈夫だ。あいつの命はおれが保証する。」

気配がないから、ともう一度言った船長を見る。
後に見聞色と呼ばれる力のことなど知る由もない仲間たちだったが、そのルフィの言葉の説得力の強さに一行はアラバスタへの航海を開始するのだった。








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