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□泥棒猫と一途な剣士
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出逢った瞬間から惹かれていた、なんて、まるで陳腐な恋愛小説のようだけど。


だからこそ、警戒したのだ。
狡猾な魔女。悪徳詐欺師。手癖の悪い泥棒猫。
そう言い聞かせて、深みに引き摺り込まれぬように。




「……ほら、真っ直ぐ歩け」
「あるいてるわよー」


酒場から船への帰り道。一本道は最初に踏み出す方角さえ間違わなければ、迷子に優しい安心設計。
おれと同程度に酒に強い筈の連れは、珍しくほんのり頬をピンクに染めて、心なしか足元も覚束ない。
ー他の男には、絶対見せたくない状態。


薄い月明かりに照らされて、蜂蜜色に輝く髪。何度言っても直らねェ過剰な露出(「ゾロにはファッションが分からないのよ」)。少し赤く潤んだ瞳は、通りすがる男たちの興味を引くには充分過ぎる程の破壊力で。
ぎろ、と睨めば慌てて小走りに逃げ出す輩ばかりだから、心配は無いのだが。


「きゃっ」


あああ、ちょっと目を離した隙に、煉瓦道の溝に足を引っ掛けやがった。大体、そんなアホみたいに細くて高いヒール、人間の履くもんじゃねェ。慌てて腕を引っ張って、なんとか転ばせずに済む。


「ゾロぉ……おんぶー」
「………は?」


その破壊力を、おれに向けるな、服を掴むな、甘えた声出すな背中に胸を押し付けるな!動揺を隠し切れないおれが可笑しいのか、唇は空に浮かぶ三日月と同じかたち。くそ。


「きゃあ!?」


先程より大きな悲鳴が上がったのは、おれが急にナミを抱き上げたから。いわゆる『お姫様だっこ』。おんぶよりはまだ、自分の中の獣が荒ぶらずに済むかと思ったのだが。


もっと優しくしてよね、なんていつものように可愛くない憎まれ口を叩くかと思われたナミは、顔を真っ赤にして固まってしまって。






昔何処かで聞いたことがある。
三毛猫の雄は航海の守り神。
はてさて、ウチの泥棒猫は、確かに船を導く女神ではあるけれど。
狡猾で悪徳詐欺師な、性悪女神。
それでも素顔は可愛い猫の、お守りをずっと続けているおれは、案外一途な男なのだ。





泥棒猫と一途な剣士
(心はとっくに盗まれた)





END

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