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□魔女は笑顔で死地へ向かう 後
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魔女3
軍艦は広い。
その客間とも言える一室に、彼は我が物顔で座っていた。
フカフカのソファに、固定された重厚な家具。
要人を護衛することも可能な軍艦の一室には、相応の調度品が用意されている。
「ナミ!」
こちらの姿を見つけて笑顔になる彼は、変わっていない。
赤毛に近いオレンジ髪に、美青年らしい整った顔をしているのは変わらないようだった。
ただサンジのようにスーツを着て、苦しいとでも言うように首元をくつろげていると、少し大人びたように見える。
ナミは戸惑った。
軍艦にいると言うことは、彼らは海軍側の人間だ。
素性がバレているなら、即刻逮捕されてもおかしくはない。
それとも、船長を捕まえる餌にされるだろう。
考えあぐねて黙り込んでいると、ナイアはまっすぐにナミの元へ駆け寄り、細い体を抱きしめた。
愛おしむように抱きしめられて、ナミはただ硬直する。
「ずっと会いたかった。」
会いたかった。助けたかった。
この娘の、本当の笑顔が見たかった。
きっと、会えなかった分だけ自分の中の彼女は美化され、誇大化していた。
しかし、それを勘定に入れたって、自分が愛する価値のある女だと思ってしまう。
同じだから。
自分と同じように親を殺され、その痛みがわかるのに、仇の道具にさえなった。
あまつさえ、その仇に執着されたその不憫さが。その強さが。
悲しいと思う。
だから、笑っていて欲しいと思う。
「生きてたのね。」
おずおずと、ナミがナイアの腕に触れる。
自分のせいで、殺されたと思っていた男だ。恨まれて出るのならともかく、ナイアの手には情愛がある。肉親にするような、愛が。
ーーよかった。
炎に消えた2人のことを、忘れたことなどない。
「でも、なんでビビを攫ったの...っ!用があるなら、直接私に言えばいいじゃない!」
ナミはナイアの胸を押し返した。
仕立てのいいシャツからは、品の良い、清潔な匂いがする。
まるで品行方正な、海賊とはかけ離れた存在のような。
「ーーー疑ってた。お前が脅されて船に乗っているんじゃないかと、前みたいに。」
それならば、助けることができる。
ーーそれを望んだ訳ではない。
しかしナミを1人にする必要があったのは確かだった。
「なんで、だって私は!自分の意志であの船に乗ったの!アーロンを倒して、あの測量室を...壊してくれた...!ルフィは仲間を絶対に助けるから...!」
「新聞からでは、その情報は伝わらない。何があって、どうしてお前が麦わらの一味になったのか。俺たちには判断する術がなかった。
もしそうなら、船員がいる場でお前にそれを聞いても、意味はない。」
ナイアは傷ついたような顔で、もう一度ナミを抱きしめた。
「ーー本当は、俺が助けたかった。」
ルフィは誰かに似ていると、思ったことがある。
ルフィは、思ったことをためらいなく言葉にする。
それは、この男も同じだと、ナミは思った。
その言葉に、彼がどれほど自分の弱さを嘆き悔いたのかわかってしまって、ナミは何故か目に水分が集まるのを感じた。
自分の進むべき道をもう決めてしまったナミには、彼にかける言葉など、ありはしない。
「脅されてなんかないわ。私は麦わらの一味よ。」
確かに、海賊を忌み嫌って、盗みをしていたけれども、今はもう胸を張って言える。
「でも、ありがとう。私を助けようとしてくれて。
ナイア、生きててよかった。」
その能力に目をつけられて、船に乗せられているのではない。
私は自分の夢のために。
「カインも。あの時は、本当にありがとう。
私には夢があるの。その夢を叶える為に、自分の意志であの船に乗ったわ。」
ナイアの腕を解いて笑う。
「お前の夢?」
「そう、世界地図を描くこと。」
海を見るような目で、射抜かれる。
ナイアはナミの顔をじっと見た後、長いため息を吐いた。
「じゃあ、俺の杞憂か....。悪い奴らじゃないんだな。
......よかったな。」
「そうよ。ビビに謝ってよね。許されないわよ本当に。」
悪かった...と男は呟く。
「だいたいなんで一番弱い女の子を狙うわけよ。うちのコックもあの時外にいたんだけど」
時間がないので、船を降りることを許されたのはその2人とカルーだけだ。
「それはあいつに聞いてくれ。」
2人を尻目にフカフカのソファに座るカインは、2人に紅茶を勧めながら言った。
「俺は男の人には絶対に勝てないし、女の人にもだいたい勝てません。」
せいぜい後ろから近づいてクロロホルムを嗅がせるのが精一杯だと、優男は言った。
「あ、ああ....そう...」
そんなのでよく海賊をやってたな、とナミは思った。
「こいつは虫も殺せねーしキリンみてーな奴だからな。」
武官と言うよりは文官だ。
交渉や経営的政治的手腕なら大したものなのだが。
社長、と声がして部下と思われる男が部屋に入って来ると、ナイアに二三何か話しかけて資料を渡した。
ナイアはすぐに応対して、考えてあったことを話すように何か言って資料を返すと、部下は踵を返して部屋を出て行く。
その光景に驚いて、ナミはナイアを見る。
「あんた、海賊やめたの?」
ん、と紅茶を飲みながらナイアが声を出した。
そう言えばそうよ、とナミが周りを見渡す。
「この軍艦は一体なに?なんであんたたちがこんな所にいるのよ。」
「だからお前が海賊に捕まってると思って...」
「その話じゃないわよ!」
カインは2人のその光景を微笑ましげに見ながらナミに言った。
「宝石商です。」
「え?」
「総資産2000億ベリーを超える大企業です。」
「はいはい。まだまだだよ。」
「ええ!?」
あまりに現実離れした数字にナミの目はベリーから元の目に、元の目からベリーへと大忙しだった。
「海軍と司法取引が済んで、晴れて俺たちは一般市民です。
急成長企業が世界政府の目に止まって、グランドラインに来る機会を得ました。この航路にも事業を広げたかったので。」
正しくは事業拡大を名目に政府に護衛を依頼した、だった。とにかくグランドラインに固執していた。
「ローグタウンでお前が麦わらの船に乗ってるか確認したんだ。俺はお前の故郷の名も知らなかったからな。俺がお前の足跡を追えたのはアーロンパーク崩壊後だ。
それでもまだ、お前が脅されていないという確証がない。
急成長企業の権威を逆手にとってカームベルトを渡った。
1日3食と護衛つきだ。
グランドラインを逆走してこの島で、仕事の合間にお前を見つけることができた。」
なぜ、そこまでして。
思考が漏れていたのかナイアが笑った。
「お前が好きだから。」
ナミはボッと赤くなった。
「海賊やめたくなったらいつでも言って来いよ。お前よりいい女が現れない限り待っててやるから。」
「....現れることを祈ってるわ。」
ナイアはハハハと快活に笑って、とりあえず、お前の仲間に会うのが楽しみだな、と言った。
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