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□魔女は笑顔で死地へ向かう 後
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魔女4







またしてもサンジが配分していたはずの食糧が底を尽きたのは、ドクロの旗もmarineの旗も付けない船が忍び寄るように近づいていた時のことだった。

仲間を欠いた船はどこか空々しく、サンジも主犯を怒る気にもなれなかった。
なぜなら、主犯の行動が一番おかしかったからだ。

ぼうっとしてどこか遠い所を眺めているのは、船長には非常に不似合いだった。
原因は明らかなので、クルーたちも何もかける言葉が見つからないのだ。
ビビのおかげもあって航海は順調に進んでいるけれども。

「!?」
見張りをしていたはずのゾロは船に気づくことなく接近を許してしまっていた。
あまりの速さ、突然の出来事に慌てて声を上げる。

「おい!!!船が接近してる!旗は何もねぇ!こっちに来てる!!」
「...なにっ、戦闘かー!?」
「おいゾロ!もっと早くに気づかなかったのか!!近すぎる!」
「すごい速度なんだよ!」
「これはやべぇ、完全に風を捉えてる」
「そんなにすごいのか?!」
「ああ、チョッパー。あれはすごい航海士が乗ってるぞ...」




「おーい!みんなー!」
「「「「っっっってお前かいっっっ!!!」」」」

「ナミ、あいつらズッコケてるぞ。」
「いつもよ、あんなの。」
ふふ、と楽しそうに笑うその表情に、翳りはない。

本当の笑顔が見たかった。
それが自分に向けられるものではないとしても、愛してしまったものは、仕方がない。
この笑顔を守るには、手放すしかないのだ。
彼女を心から笑える場所へ。

「ナミさんが帰って来たぞー!!」
「でっけぇ輸送船だな〜!」
「ナミは大丈夫なんだなっ!」
「ナミさんっ、よかった...!!」
海の色をした髪が揺れて、ナミは二三度手を振った。

「あの子....ビビはね、」
海風に晒されて、こんな大きな船さえも音楽を奏でるように走らせる航海士は、オレンジ髪を靡かせて言った。
「アラバスタの王女なの。国の内戦に心を痛めて、敵の秘密結社に潜り込むようなお姫様よ。私たちは、彼女を国に送り届けるわ。
それで多分、彼女の夢を叶えるために戦う。」

「内戦...」

重なる。ナミの過去も、自分も。
そんな少女を助けるために航海する海賊は、果たして海賊なのかどうか。

「あの船には、仲間一人一人の夢が乗ってるの。それを目指して、走っている。だから.....」

私はここにいるの。

軍艦から降ろして来た船は小振りだと思っていたが、麦わらの船の3倍は大きい。

ゆっくりと船に橋を渡すと、ナミは駆け寄ってビビを抱きしめた。

「ビビっ!心配かけてごめんね!」
「そんな、ナミさん私こそ...」
「ナミー!おかえりー!」

「ルフィ、」
「おう、ナミ!」
「おい!テメーがビビちゃんとナミさんをかどわかした犯人か!返答に寄っちゃ生かしちゃおかねーぞ!」

カインとナイアがゴーイングメリー号に降り立ち、サンジが凄むとカインがナミの後ろに隠れた。

「ナミ様、助けてください。」
「なんで私に助けを求めるのよ...」

やっぱり旧知の仲か、とウソップが呟く。
「ええ、こちら世界的宝石商の社長さんと、副社長さん。アラバスタに請求しなくてもいいくらい、迷惑料を頂けると思うわ。」
「宝石商!?」
「この度は、私どもの勘違いで大変ご迷惑をお掛け致しました。
ネフェルタリ・ビビ様、ナミ様にはこちらをよろしければ、お受け取りください。」
カインはケースを差し出して、ぱかっと開いた。
中には色とりどりの宝石。
豪華絢爛なその光景に、女性陣はうっとりとする。
「ビビ様、今回はこの者が無礼を働き、大変失礼を致しました。」
ナイアがカインと共に頭を下げてそう言うと、ビビは驚いて顔を真っ赤に染めた。

男と思えないほどの美しい顔、色気のある目尻に鼻筋は彫刻のようで、眉根を寄せる悲しげな表情はどんな女でも落としてしまえる実力を秘めていた。
「お前、女みてーな顔してんなー。」
麦わらの船長がまじまじと言う。

ニコリとナイアは笑うと丁寧な口調で続けた。
「私どもは黒玉の宝飾加工から始まり、グランドラインに事業を展開する目的でこちらにやって参りました。
アラバスタ王国復興の暁には多少なりとも助力させて頂きたい所存でございます。
その印に、これを。」
ナイアは小さいケースから黒玉の首飾りを取り出し、ビビの首にまわした。

「慶弔の際、こちらの黒玉をつけるのが、とある国ではよい嗜みとされています。」

ナイアの商才、恐るべしとナミは見ていた。王族が身につけたものは、流行する。
しかし、その手に彼女への労りを感じるのも、気のせいではないだろうと思う。

「かのジュラキュール卿も弊社のお得意様でございます。黒玉は何か不思議な力を秘めているのかもしれませんね。」

「....っ!鷹の目ぇ!?」
声を上げるゾロは、先ほどから剣の柄から手を離そうともしない。

「.....もういいから。」
ナイアとゾロどちらにもそう言うと、ナイアは笑ってだらっといかにも砕けた感じになった。

「....という訳だから、よろしくなっ!」
「そうか!お前!ナミを無事送り届けてくれてありがとうな!」
「いやルフィ!訳を聞けよ!」
「そうだルフィ!こいつとナミさんの関係とか関係とか、経緯を一から十まで聞かせてもらおうじゃねーか!」
「カイン、私の服を掴まないで。」

サンジの剣幕に怯えるカインを小さく一喝すると、船を進めながらナミは言った。

「この人たちは昔私が盗みに入った元海賊よ。アーロンに襲撃されて、死んだと思ってた。
麦わらに居るのも、私の意思じゃな く脅されて船に乗ってるのではと心配して来てくれたの。
盛大な勘違いね。でも誤解は解けたから。」
「失敬だなお前!おれは脅したりしねーよ!」
「なー。お前そんなことできなさそー。」
ナイアがルフィに笑いかけた。

「でも解せねぇな。元海賊がなんでナミを心配するんだよ。盗みに入られたし、言わばナミと関わったせいでアーロンにやられたんだろ?」
ウソップは大げさに手を広げてわからないというジェスチャーをする。

「そうだテメー、お前はナミさんの何なんだよコラ」
サンジは完全にナイアを目の敵にしていて、鼻先が触れそうなほど接近して凄んでいた。

「そりゃーお前。」
ナイアは唇を美しく弓なりに引き上げて笑う。

「将来を誓い合った婚約者だよ。」
「そんな事実ないでしょ。」
肩を抱こうとする手を追い払うナミ。
サンジは怒るよりもそんな辛辣なナミを讃えることを選んだらしい。

「つまりハートを盗まれたってわけか。」
ウソップがうまいこと言ったのにルフィとチョッパーがどっ、と受けると、沈黙を決め込んでいたゾロが口を開いた。

「魚人にやられて死にかけて、それで海賊から足を洗ったのか?」

ーー逃げるように。

ゾロは女のような顔の男を睨みつけた。
自分はイラついているのだ。
こいつは、自分の立場を違えても追いかけてくるほど、ナミに執着している。
執着は、思慕だ。

そしてよりによって宝石商だ?
キラキラ光る石ころに目を輝かせて、フラフラとしている女が目に浮かぶ。
それに苛立ちを隠せない自分も。

ーー何でこんなことを考えないといけねーんだ俺が!
しかしイライラしていることは確かで動かしがたい事実だ。

「ああ、その通りだ。俺は海賊の世界でのし上がることはできない。
だからこの世界で一角に立ちたい。
好きな女を守るために。」

誰かの為に生きたい。
ずっとその存在を探していた気がする。

そうだとしたら、これは手強いとゾロは思った。
こいつはビビやナミを攫ったが、ここへ送り届けた。
ナミが望むことを、ナミの意志を尊重して。

「まあ、立ち話も何だから茶でも飲めよ。」
「お前が言うんかいっ!」
裏表のない笑顔で言うルフィに、ウソップが全身を使って突っ込むのを見ていると、ナミは心から安心するのだった。

ナミとビビは船を進める為にすぐに席を外したが、(カインはナミの後を離れなかった)文句を言いながら湯を沸かすサンジを宥めてウソップは席を促し、ナイアは軽口を叩いた。

「コックさんは怒りっぽいんだなぁ。イイ男が台無しだぜ?」
「ヤローの言葉に貸す耳はねーんだよ。閉じろその口を。」
ナイアはにっこりと笑うと、ルフィに向き合って言った。

「麦わらのルフィ、あいつを頼む。
あいつを、死なせないでくれ。」

美しいほどシンメトリーを成す双眸は、真摯だった。

「いいけどよ、お前なんでそこまでして」

ナミを守ろうとするのか。




「愛してるからだ。
自分の命よりも、大切だと思っているからだ。」

想ってしまったら、飛び込むしかない。
どれほど逃げても追いつかれてしまうから、気づく。
愛からは、逃れられないのだと。

ルフィはまだ幼さの残る顔で男を見る。
愛しながらその女を自分に託そうとする男の顔を。

「ナミの夢は、この船に乗らなければ叶えられない。
俺はあいつの夢さえも愛している。
かつて俺はあいつを守る力を持たなかった。
本当は俺が、助けたかった。
俺に力があれば。
ーーでも守りたいんだ。」

これはつまらない、意地かもしれない。
彼女の側にいる彼らに、言っておかなければ気が済まなかった。
どれほどあの娘が好きか。
どれほどあの瞳を愛してやまないか。

「だから、この世界で一角に立とうと思う。
俺は俺のやり方であいつを守る。
ナミの夢が叶うその日まで、あいつの笑顔を守ってやって欲しい。」

ナミよりも少し濃いオレンジの頭を下げて懇願するナイアに、ルフィは言われなくてもそうするつもりだと言った。



「ごめんね、ビビ。私のせいでこんなことに巻き込んじゃって。」
「そんな、ナミさんのせいじゃないわ。わかってるもの。あの人、ナミさんが大切で仕方がないのね。」

後ろで銀髪の男がまじまじと船を見ていた。(そりゃ、この男が乗って来た船に比べたら小さいだろうけれども。)
船室では珍しく男たちが騒がずに何か話しているが、ナミは興味が持てなかった。
未だに、なぜあの男が自分をあれほど愛するのか理解ができないからだ。
接したのはわずか一月、それも16歳の頃。いつも一緒にいる男たちならともかく、一体自分のどこを好いたのか、未成熟な自分には重い愛に応える器量もない。

そんなナミを、カインは若いと思う。
でも、それでいい。
女は男に想われた分だけ綺麗になるのだから。

"盛大な勘違い"を謝罪した2人は、自社の大きな商船に戻り、南へ向かうそうだ。
ナイアのハグを躱して、別れを告げたナミは、手すりにもたれて海を眺める。

きっとこれからだって、陸の誰に求められようとも、この海を離れることはないだろう。
夢を叶えるまでは。
仲間の夢が叶うまでは。

気づくと横にいたルフィは珍しく無口だ。
ナミにとっては、何を考えているのな読めないことも珍しい。

「あいつさー、お前のことすげえ好きなんだって。」
「ふーん。」
ルフィにとっては降って湧いた話なのだ。
好きとか、嫌いとか、愛してると
か。
それが自分のよく知っている感情でないことくらいは、ルフィにも理解できた。
そして、だめだ、と思った。
ナミがもし、あの男を選んだら。

「お前、行くなよ。」

気づいたら、ナミの腕を掴んでいた。

「あの男んとこに。ーーおれの側にいてくれ。」

あの男は言った。
海賊王になることがお前の夢なのかと。

『俺の夢は、彼女だ。』

ーーナミの幸せが俺の夢だと。


「....言われなくても、そうするつもりよ?どうしたのあんた、珍しい。」


あの男と同じようにナミの幸せを望むなら、
自分はできるだろうか?愛しながら手放すことが。

何故かあの男に負けた気がして、耐えられなかった。
ナミが側にいることが当たり前になっていたから、ナミが離れる可能性が目の前に現れたことに動揺した。



甘い雰囲気などこれっぽっちもないのに、ナミはルフィの強い視線に喜ばないわけには行かなかった。

それは船長からの強い信頼だ。
その信頼に応えたいと思う。
その進む道を助けたいと思う。

「違う。」

え、とナミは声を飲み込んだ。

「そういうことじゃねぇ。ナミ、おれが好きか?」
「えっ...?何言って....」
「おれを好きになってくれ。それでおれから離れないでくれ。おれはお前を手放せそうにねぇ。」
「何何何何...」
ずいずいと接近してくる船長にナミは後ずさる。
「だって、おれのことを死ぬほど好きになれば、あの男んとこに行かないよな?」

この船の男を選ぶなら、側は離れない。
そうやって、ずっと、これでいいのだと思っていたような気がする。
けどあの男はだめだ。
手の届かないところへ彼女をやってしまうから。
彼女への愛が本物だから、彼女がそれを望むなら、彼女をくれてやらなければならなくなってしまうから。

「落ち着け!」
もう鼻と鼻が触れそうになるまで接近したところで、ナミがルフィの顔面にチョップをかました。

「いーい?私がこの船にいるのは、私の夢を叶えるためっ!そしてもう一つ!仲間の夢を叶えるためよ!あんた、私がそれを途中でほったらかして船を降りるような人間に見えるの!?」
「みえまひぇん」

でも、とルフィは言う。

「あいつの夢すげーんだぞ。夢はお前の幸せだって。」

あら、とナミは言う。

「じゃぁもう叶ってるわ。私今幸せだもん。」

他の夢を見つけてもらわないとね、と笑うナミに胸が締め付けられるのを感じて、ルフィも笑った。

ナミの懸命な航海によってアラバスタは近づいている。

この船の均衡に一石を投じた男はルフィの、あるいは他の男たちの心に波紋を残して去って行った。

この後、麦わらの海賊はグランドラインにある一国を救い、アラバスタは復興の一途を辿るのだが、そこにある企業の助力があったことは彼らには知る由もない。










End
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