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□すれ違い
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すれ違い





何度も達した後の、無防備な体をベッドに横たえている姿を見るのが好きだ。
好きな人の隣で、荒い息を整えて四肢を投げ出す。
女の体は見る限り最高のバランスを保っていて、自分の欲情を駆り立てるのに事欠かない。


ーーただ問題は、この女の心が何処にあるのかわからないことだけだ。



胸を上下させながら女はこちらを見て笑う。
シーツなどを手繰り寄せて胸を隠そうともしないその仕草も気に入っている。

ローはまるでまだナミが自分の所有物であるかのように、汗で額に張り付いた髪を掬ってやった。
抱いている時だけは自分のもののように思うのに、熱が失われて行くうちに手に入らないものになって行くような気がするのだ。

始まりが猫のきまぐれだっただけに、あるいはお互いの立場があるだけに、明言を避け、着地点もわからぬままずるずると関係を続けている。

もうとうに、自分の中にこのきまぐれ猫は住み着いているのにもかかわらず。

「次はいつ会えるのかしら。」

「別れる前から次の心配か。」


憎まれ口を叩くと今度こそ女は子供のように頬を膨らませ、シーツを手繰り寄せて中に肩まで入ってしまう。

ますます手に入れられないものになる。
生身の肌が隠れるほど、女の本心が見えなくなるような気が、ローにはしていた。


「なによ。悪いの?」

「いや......」

次の逢瀬を気にかけられて、嬉しいことなど、おくびにも出さず。

「ナミ、」

隠れた女に覆い被さり、ゆっくりとシーツを剥ぐ。
許しを請うように、首筋に唇を寄せた。

ーーただ問題は、この女の心が何処にあるのかわからないだけ。

遊びなのかもしれないし、繋ぎなのかもしれない。

もう次などないのかもしれない。


立場がある。
物分かりのいい大人には、この関係が現実的ではないことが嫌と言うほどわかってしまう。


だから何かを明らかにするのは無責任な、自分勝手なことのように思えて、それを良いことに、甘んじるのだ。


「何を考えてるの?」

本当はただの言い訳だとしても。


「ロー、何考えてるのか、当てようか?」


次などないかもしれないから、どうしても目の前の女をこのまま寝かせることが出来そうになかった。

ナミは自分に組み敷かれたまま、嬌声の合間に喘ぐように続けた。



「あんたの仲間のこと...?七武海のこと?四皇のこと?新しい医学書のこと?」


「.....もう黙れ。」


そのどれもが、違う。
こんな時に女を前にして考えることがそんなことだと思われるのは心外だ。

こっちはナミのことしか考えられず、困っているというのに。


何も言えなくしてやろうと胸の頂きに手を伸ばすと、両手で顔を掴まれてキスされた。


「私のことも、ちょっとは考えてくれてる?」



少し頬を染めて、恥ずかし気に言うナミは泣きそうに見えて、ローは度肝を抜かれた。

ちょっとどころの話ではないのに。


泣きそうに歪む顔は、そうしても酷く美しい。


俺が、この顔をさせてしまった。

ーー言葉に、しなかったから。



「悪い....」


「....やっぱり....。心ここにあらずだったから、そうなんじゃないかと思った。」

ナミの目からポロポロと涙が溢れ、覆い被さるローの体を強く押し返した。


抱かれていても、心は遠かった。

最初だって、偶然視線が交差して、勘違いしてしまったのだ。

私を愛しているのかと。

射るような眼差しは、自分をクギ付けにした。
どちらからともなく唇を合わせ、肌を合わせ、船の物陰に転がるように激しく求め合った。
酒のせいでも、緊迫した状況のせいでもないと思っていたが、ただの遊びでは済まなくなっている自分に嫌気がさす。
思ったよりも自分は貪欲で。

でも、だからと言ってどうなる?

その先に何があるの?

その上なんの確証もないのに、愛されてるかもしれないなんて、なぜそんな勘違いをしてしまったのだろう。

そんな気恥ずかしさを振り払うように、強かな女を演じてはみたけれど、そうすればそうするほど、自分の心に齟齬が生じた。

好きだからだ。

だからこんなにも心が重なり合わないことが辛い。
抱かれていても心が遠いなんて、そんな切ないことがこの世にあるのかと思うほど。

ただ、抱かれた後の、髪を撫でる手。

それだけが、私に希望を捨てさせない。

愛を勘違いするほど優しくて、それが欲しくて、こんなところまで来てしまった。

欲が出たのだ。

私に引き際をわきまえる賢さがもう少しでもあれば、こんなに傷つくことはなかったのだろうかと、ナミは涙を拭ってベッドから降りようとする。


「もうやめましょ。もう二度と、あんたとこうすることはないわ。」


「違う、ナミ、勘違いするな。」


離れようとするナミの腕を掴む。

こうすることさえ、痛くはないか、触れてもいいのか、嫌ではないか、様々な思いが脳裏をよぎるのに。

愛しすぎていて。





「おれはお前が好きだ。」


オレンジの髪が揺れる。


「ずっと、お前のことしか考えられなかった。お前にとっては遊びかもしれなくても、おれは違う.....だから、言えなかった。言わなくて仕方ないんだと、言い訳してた。怖かっただけだ。おれたちはお互い立場があって、会うことも思い通りにはならねぇし、次があるかもわからねぇ。でもお前を抱いてる時だけは、お前がおれのものになるような気がした。お前がどう思ってるか知らねぇが、おれはお前が好きで、離したくねぇと思ってる。
本気だよ。
身勝手かもしれねぇがな。」


優しい拘束があった。

恐る恐る、と言った様子でローはナミを背後から抱きしめ、ナミはその腕に触れた。


なんだ、そうだったんだ。

うれしい。

そう、ナミは思った。

変に強かな女にならなくたって、素直になればよかっただけなんだ。

寡黙な男の長台詞に、誠意と愛情を感じて、疑うことさえできない。
喜びしか、胸に込み上げてこない。


「なんだ、そうだったの」

ナミはローに向き直って、顔を見合わせた。

「私だって、遊ばれてるんだと思ってたわ。」

「お前みたいな女、遊びで手が出せるか。」

それは最高の褒め言葉だ。

「何よ、口説いてるの?」

なのに出てくるのはお互い憎まれ口ばかり。

「ああ、お前には言葉も必要だと覚えておく。」

「そうよ。もっと言って。」

「好きだ。」


肌の温度と少しの言葉が、2人の関係を確固なものにする。

先のことなんて2人にはわからないけれど、欲しいものを手に入れるのが海賊の性。

心が側にある夜は何にも変えがたい幸福だ。

これでは医者よりも、詩人に近いと思いながら、ローは柔らかい肌に溺れて行くのだった。











End

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