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□キスをしながら唾を吐く
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キス唾
町の滞在は個人行動だが、どんな人混みだってその姿を見つけることができる自信が、自分にはある。
だってほら、今だって先を歩くオレンジ色の後姿を、街灯が照らす町中で見つけた。
それだけで心が躍って、宙に浮くように軽やかに駆け寄った。
「ナーミさーん!こんなところでどうしたの?」
声をかけると、違和感があった。
いつもの快活さ、溌剌さ、艶のあるフルーツのような瑞々しい笑顔がない。
ナミは酷く疲れたような顔をしていた。
気怠げに振り返る動作は散漫で、酷く億劫そうに見える。
「ナミさん....?」
確かめるようにそう言うと、呼ばれた本人はこちらを確認して、口を開いた。
「サンジくん....」
そして、今まで許されたことがないほどの至近距離に接近して、周りには聞こえないような声で、耳を疑うことを言った。
「サンジくん、私を抱いて。」
聞き間違いかと男は目を見張る。
「お願い、無茶苦茶にして欲しい。」
そう言ってシャツを掴む、小さな肩。
ーーこれを拒むことなど、サンジにはできない。
サンジはナミの望み通りにした。
モーターホテルにもつれ合いながら雪崩れ込むと、ベッドに直行せずナミの胸倉を掴み、閉まったドアに叩きつけるように押しつけた。
あまりの力に肩を強く打ち、きっとこれは瘤になるに違いない。
余所見を許さないかのように顎を強く掴まれ男の方へ向けさせられると、唇を擦るように合わせて口内を蹂躙された。
女に突出して優しいこの男らしからぬ行いに、あるいは体の痛みに、恐怖する。
ーーそうだ。こうなりたかった。
恐怖や快感に支配されて、何も考えられなくなりたかった。
ナミはサンジと町で会ったことに感謝していた。
こんなに私の願いを叶えてくれるなんて。
弾けそうな胸を包む服を千切るように剥ぎ取って揉みしだかれる。
痛いほど掴まれて、ナミは恐怖で声を上げた。
しかし、その手が与えるものは痛みだけではなかった。
痛みと快感のどちらもを感じて脳が痺れて行くのがはっきりとわかった。
腰を打ち付けられていると、何か自分が、とても必要とされているような、誰かの役に立っているような、そんな気がした。
自分は誰かにとって要らない存在だと思うと、自分に触れてもらえるその事実だけが嬉しかった。
何度も何度も身体中にキスを落とされて、無茶苦茶にされて、思考がグズグズになって、何も考えられなくなる。
望んでいた全てを目の前の男が与えてくれた。
この人は、こんな触り方をするんだ。
この人は、こんなに私の願いを叶えてくれるんだ。
疲れ果てて意識を失う寸前に、頭を撫でる手が暖かかった。
優しいな。
ナミはその手を取って頬に寄せると微笑んで眠った。
簡素なカーテンから射し込む光で目が覚めると、モーテルの簡易キッチンで調理をする男の姿があった。
「ナミさんおはよ。」
振り返る金髪の男は、笑っている。
その姿にナミは安堵して、起き上がって微笑み返した。
「....お、おはよう。サンジくん、あの、昨日は....」
「あっと....ナミさん、目の毒だから、先に服、着る?」
きちんと畳んである一揃いのナミの服を指差す。
「まぁ、俺としては、別にそのままでもいいけど...」
ナミは慌てて自分の姿を確かめる。
「!!」
日に照らされた体には、ありとあらゆる場所に赤い跡。
腰はジンジンと痛いし、肌もピリピリしている。
「しゃ、シャワー!!」
「そこにあるよ。」
サンジが指差すとナミはシーツを体に巻きつけて這うようにベッドを抜け出した。
朧げに昨夜の記憶が蘇って来ると、体が思うように動かないことにも納得ができた。
湯を浴びると意識が鮮明として来る。
自分の失態を、サンジはどう思っただろうか。
簡単なもんだけど、と目玉焼きを乗せたパンをベッドの上で並んで食べた。
こんなシンプルな料理なのに美味しくて、いよいよサンジに頭が上がらなくなる。
「あの、昨日は」
「ナミさん、体、大丈夫?」
遮って体を気遣う彼の言葉は優しい。
「体、は....平気。サンジくん、昨日はほんとごめ...」
「やめて、ナミさん。こんなことでレディーに謝らせる真似したくない。」
煙をのぼらせる横顔は髪で見えないが、ナミは息を吐いて言った。
「....ええ....そうね。ありがとう....」
「...で、」
横顔は、見えない。
「何があったの?」
こちらを向いたのでいつも通りの優しい顔が見えて、それでますますナミは小さくなった。
言えない。
本当は、サンジに頼むことだって、いけないはずだ。
仮にも仲間の男女で、いつも愛の言葉を囁いてくる男なのだ。
そんな男にとっての社交辞令を本気にするようなことはしないけれど、本気にしたと思われれば、男の負担になるだろうし、煙たがられるのは、本意ではない。
そう、自分はいつもの言葉を本気だなんて思っていない。
だから、ゾロを忘れたくて、利用したのだ。
本当に、ろくなことをしない女だ。
「別に、何もないのよ。ただとってもしたかっただけ。」
隠れるように頭を抱えて俯くナミの顔は、浮かない。
「あの、安心して?私、いつもの好きだとか惚れたとかを本気だとは思ってないわ。ちゃんとわかってる」
もう、自分を肯定する全てを信じることが出来なさそうな気分だった。
自尊心は地に落ちて、行方不明になってしまった。
「それは傷つく。」
サンジはタバコの煙をふーと上に吐いた。
「ナミさんは、酷い女だよ。」
「...うん....そう思うわ。」
「わからないんだ」
俺の気持ちを。
「....誰にでも、言うじゃない。」
だから、私があんたを利用したって、許されるはず。
「ーーそうだね。でも、利用でもいいよ。」
ナミの顔を覗き込んだ男は、そのままか弱い体をベッドに転がした。
「気持ちよかった?」
「うん....すごく。」
「何でも望む通りにしてあげる。ナミさんの望むままに。」
「じゃあ、今度は。」
ーー優しく抱いて。
切ないな、とベッドを軋ませながら男は思った。
自分の想いが伝わっていないことも、傷心の理由が自分には何となくわかる気がするのもそうだ。
でも、好きになってしまったから。
この人だから、全部許そうと、思った。
もしも叶うならば。
サンジは、自分の想いが伝わることを願って、細い体を掻き抱いた。
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