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□生真面目な恋
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生真面目な恋



ナミには言わねばならぬことがあった。

夏の日差しに剥き出しの肩が焼かれ、汗が滑らかな顔の曲線をなぞるように落ちた。

パンクハザードでは居候が3人、船に乗ったが、中でも同盟船の船長は異質だった。

なんと言うか。その。


こっちを見ている。
ずーーーーっと、見ている。





気付いたのは天候を読む為にいつもの場所で海を見ていた時が初めだったと思う。
ナミはサニーの船首のすぐ後ろの柵に両手をついて船に体重を預ける。
こうしていると、まるで自分と船が一体になったように錯覚して、どこへでも走らせることができるような気がするのだ。
以前フランキーがその様子を見て、あいつはいい船乗りだと言ってくれたのを知っている。
ブルックがパンツの色を聞くついでに教えてくれたことがあるからだ。

仲間からの信頼は胸を熱くするが、その信頼に応えたいと思う誇りのようなものは、もっと体の芯を熱く支える。
目線を上げ、遠くを見据えるのは、まるで海よりも大きなものと戦っているかのような。

その日は特別風が心地よい日だった。
くすぐるように靡く髪を抑えるのがナミの癖で、風と戯れるように笑っていた。

すると、ふと横目に視線がかち合ったのだ。
あの、死の外科医と。

1人でご機嫌に微笑んでいた所を見られて気恥ずかしかったのもあり、ナミは気づかないふりをして目を逸らした。

やだ、見られてた?

あまりにも航海が順調に進んでいて、空は快晴で、海も澄んでいて、ニヤニヤしてしまった。恥ずかしい。

死の外科医は何を考えているのか全く読めない表情だ。いつも。

気をとりなおしたナミは用もないのにログポースを翳したりやめたりしながら、じっくりと時間をかけてダイニングへ戻った。


次はみかん畑にいた時だ。
剪定をする背中に視線を感じた。
伸びた枝にハサミを入れる作業は嫌いではないし、ナミはこのみかんの木を愛していたので心穏やかに集中していた。
いとおしむように照り葉を撫で、じわりとにじむ汗を手の甲で拭って。

なのに、その集中をこじ開けて、ガンガンに見てくる視線がある。
背後にはやっぱり黒い影があり、死の外科医がいた。
相変わらず何を考えているのか表情からは伺い知れない。
その表情だって背後にいることを確かめた一瞬目が合っただけだったけれども。

なに?
私なんかした?

体を動かした後の生理反応とは違う汗が出てくる。
二階の柵に体を預けた男は肩に長太刀を立てかけていて、物騒なことこの上ない。


次は日誌を書いている時。
図書室に1人、もくもくと作業するナミはペンを止めた。
この部屋にいて海図を描いている時、クルーたちはそれなりに気を使ってくれ、あのゾロでさえ、階下の鍛錬室での音に気を配ってくれている。
なので物音には敏感で、ドアの外でカタリと音がしたのに反応して顔を上げると。

いるよ。
いる。
こっち見てる。
こわい。

死、の!外科医がまたいるのだ。
それもドアの外に!

パンクハザード出港以来、まともに会話したのは数えるほど。
最初は何にも不審に思っていなかったので、ドフラミンゴを避けるために航路を迂回しろと指示された時はなんの疑いもなく了承し、普通に接したはずだ。

自分の落ち度がなかったか考えるのに多大な時間を費やしたナミは、その日はもう仕事にならないから寝ようと反対側のドアから部屋を後にしたのだった。

次は朝食の時。
次は洗濯物を干している時。
次はパラソルの下でくつろいでいる時。

もうわかった。
明らかに見ている。
何故かわからないが、見られているのだ。

今が勇気を出す時だ。
操舵していたナミは背中に視線を受け続けて胸に穴が空きそうだ。

ーーナミには言わねばならぬことがあった。

振り返るとやっぱり死の外科医と目が合って、ナミは恐怖だか怒りだかわからない感情で眉根を寄せて言った。


「何で私のこと見てくるの。」

男は依然として表情を変えずに口を開く。

「見てない。」

ナミはただでさえ大きい目をこれ以上ないほど見開いて否定する。

「いやいやいや!ばっちり目合ったでしょ!しかも一回や二回じゃないわよ!?ずっとじゃない!」

「.....見てない。」

ぽそりと言って男はやっと目を逸らした。

「見てたわよ。見たもん。」
「見てない。」

「見てた。」
「見てない。」
「見てた。」
「見てない。」

ナミは麦わらの仲間にするように気づけばローにずかずかと迫っていた。

「ちょっとトラ男くんいい加減に....」


顔が近い。


ずっと見ていた顔が近くにあると思うと、ローは思わず目を逸らしてしまう。



この航海士の、海を見る横顔がいいと思った。
挑むように、自信にあふれた横顔が見つめる先には海がある。
どんなに強い敵がいたとしても、海や空や大地には敵わないだろう。
なのに、女は挑み続ける。背筋を伸ばし、視線を上げ、船を導く者としての誇りを垣間見せながら。
その細腕で。
その肩で。
この船の中で、1番弱々しいにもかかわらず。

またある時、オレンジの髪は緑の中でよく映え、汗にまみれながら木の世話をして、満足気に笑う。
何がそんなに。
軍手も泥も脚立も、嫌がりそうなものなのに。
一枚一枚葉を撫で、汗を拭い。
なんでそんな顔で笑えるんだ。
まるで木が恋人か家族みたいに。

またある時は海図を丁寧に広げ、俯く頬に睫毛の影が落ちた。
真剣な眼差しで線を走らす手に、触れたくない男などいない。
その目に自分を写してみて欲しいと思うし、何を考えているのか知りたいと思う。
この女も、自分と同じで勤勉なのだろう。
机に積み上げられた書物も、大切に使い込まれたペンも、親近感が湧く。

その女が、今目の前にいる。

ずかずかと寄ってくるので、遠慮なくローはナミの腕を取った。
ナミの顔に警戒の色が浮かんだが、ナミの手のペンだこを見つけて、ああやっぱり、と思う。
自分も小さい頃からよく作っていた。

「....なに?」
「痛くないか。」

細い指に硬くなった箇所を見つけてナミは息を吐く。

「うん....」
痛くない、と言うとナミはローの顔を下から覗き込んだ。

「...ねぇ、ちょっとは見てたわよね?」


「.....ちょっとはな。」


あんなに見てくることをちょっとと言うのなら、この男にとってその言葉はなんなのか。

「なんで、ちょっと見てくるの?」

何か不興を買ったのか。
あるいは、女として値踏みされていたのか。

ーー気になるのよ。そんなに見られると。

知りたいことを我慢するのは、性に合わない。
下衆な男の視線なら嫌というほど浴びて来たが、見極めたい。
この男が何を考えているのか。

「お前の、」

ゴクリと喉がなる。

「海を見る目は、悪くない。」



「畑で流す汗も、葉を愛おしんで触れるのも、情が深く思える。」



「そんななりをしてるくせに、勤勉だ。ペンの扱い方ひとつ、丁寧で労わりがある。仕事に誇りを持ち、利口で聡明だ。お前みたいな女は、見たことがない。」



だから、興味を持ったと?
ナミは心臓が速くなるのを感じた。

今ローが言った言葉どれをとっても、ナミには最高の口説き文句だ。

外見や上辺の美しさを謳う者は、いくらでもいる。
しかし、この男が見ているものは。


「な、な、な、なんなの突然....!」

一瞬で熱くなった頬を両手で隠すように抑える。きっと色は真っ赤に染まっているんだろう。

「お前が聞くから答えただけだ。」

フン、と鼻を鳴らして腕を組むローに、ナミは言い知れない感情を抱く。
なんなの、この人!
なんなの、どういうことなの!

「じゃ、じゃぁ聞けば答えてくれるのね?」

「......」

「あんた、私のことスキなの....?」

あれだけ私を見て、こんなセリフを吐くからには。
ただ、それなりに経験値のある自分が、まさか顔を真っ赤にしてこんな甘酸っぱいセリフを口に出す日が来るとは思わなかったけれども。

両頬を抑えながら横目で見上げて来るナミを見て、ローは眉をピクリと震わせた。

「お前、男はいるのか?」

「い、ないけど」

「俺の女になれば、束縛の日々を約束してやる。クルーと話すのは仕方ないが、男遊びも夜遊びも禁止だ。貞操を求めるが、身につける下着は俺が決める。」

「なにそれ、いやよ」

でも。
意外に真面目なのね。

ナミは笑う。
この死神のような男のことを誤解していた。
ローは、私を見ている。
私が大切にしている私を。

「あんたは、女がいるの?」

「いや」

「ほんとに?」

ローの顔を近くでまじまじと見た。不躾は承知だ。この男の頬が染まるなら見てみたい。

「私の男になれば、刺激的な日々を保証するわよ?かわいい彼女が他の男に取られないかハラハラできる特典つき。」

「は、」

ローが笑った。

「とんでもない女だな。」
「あんたもね。」

胸の熱さを恐がらない。
まだローの言葉が残っている。

「いいんだな?」
「下着は、自分で決めるわ。」

「....多少は妥協も必要か。」
「こんな美女目の前によくも妥協とか言えるわね。」



生真面目な恋。

自分を幸せにするのは何なのか、自分が一番よくわかっている。









End

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