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□抱いたはずが突き飛ばす
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抱いたはずが突き飛ばして








優しく抱きしめたかった。
豊かな髪に手を差し入れて、華奢な肩に触れ、壊さないように、優しく、優しく。

しかし、自分の手がしたことは。






あの日以来、驚くほど変わらない日常を過ごし、ゾロはわずかばかり胸を撫で下ろしていた。

ナミは普通だ。
何もかも、いつも通り。
自分だって元々クルーとべったりとしているたちではないが、食事の度に航海士を含んで騒ぐ連中を見ていると、なんの変哲もない日常に拍子抜けがする。


ーー気安く触るな


あの日の言葉がなかったことになればいいのにと、何度も願った。
正確には思った、のだが、祈らない男にも希望を抱く余地はあるのだ。

あの傷ついたナミの表情を、忘れることができるならなんだってする。

掌の豆という豆から血が出るほど鍛錬に励んでも、あの悲しく震える顔を振り切ることができない。

忘れたいと思うなど、勝手な。

その言葉は自分が振り下ろしたのにも関わらず。

なかったことになっているのではないかと、安心した。
あまりにもいつもと変わらなかったから。

ゾロは酒瓶を握って夜の甲板に出る。
月を見上げる趣味などないが、空を見上げてもそこには吸い込まれそうな暗闇が垂れ込むだけだった。
塗りつぶした墨汁のようだ。
塗りつぶしたものは何か。
女の心か、自分の気持ちか。

次の夜にナミを見つけたら、酒を誘って謝ろうと決めていた。
夜風の中にオレンジを見つけて、遠くから近寄ろうとしたその時。



変わらなかったと、思っていたのは














なんで、こんなに優しいんだろう。

目の前の金髪を見て、ナミは思う。

なんで、今までわからなかったんだろう。

サンジの言う甘い言葉に、構えて、身構え過ぎて、その中身を知ろうとしていなかった。
誰にでもこうなんだから。
自分じゃなくてもいいんだから。

誰だって傷つきたくはない。
だから線を引いて。

こんなに優しくしてくれるのに。
こんなにも、私はこの人が必要なのに。

「サンジくん」

逞ましい腕で手首を掴まれ引かれると、どきりとする。
自分を溺れさせる青色の眼差しでいっぱいになって、目の前しか見えなくなる。

「ナミさん、手冷えてる。」

両手を包んで口元に持ってくると、珍しくタバコを咥えていない唇が指に触れてあたたまった。

幸せそうに笑う男はナミの知っているサンジとは違う男のようで、また鼓動が速くなった。

こんな顔もするんだと、初めて知った。

自暴自棄になって関係を迫り、利用してしまったのに。
しかも好きな男にふられたなんて理由、本当は薄々わかっているんだろうに、そんなことはどうでもいいと言うような顔で。

「あ、ありがと。今から見張りだから、朝またあったかい飲み物お願いね。おやすみ。」

手を引っ込めて、俯いてしまう。
一緒に朝を過ごして以来、直視することもできなくて、おかしくなっている。
初めて会う男のように、こんな顔をしていたかとか、こんな声だったかとか、見て、感じて、思い出して。

「ナミさん、寂しかったら俺の名前を呼んでくれたら、いつでも飛んでくからね」

顔に熱が集まるのがわかった。

初めて見るような気持ちで、改めてサンジの顔を見た。

いつも側にいて、優しく見守ってくれていた男だ。
わがままを聞いてくれて、自分を自分らしく居させてくれた男だ。

「....ハイハイ、じゃーその時はお願いね。」

いつもの軽口には、こんな感じで返していたかと、もう上手く思い出すこともできない。

明らかに不自然な態度になるのは、サンジに申し訳なく思っているから?



それとも
















ーー変わらなかったと思ったのは、間違いだ。

ナミのあの、コックを見る目は。

ゾロは酒瓶を握りしめた。

遠くに見える2人のやりとりを、まるで恋人のように手が触れるのを見て、殴られたように脳が揺れた。

ナミは、あいつにあんな目をしない。
少なくとも、今までコックに接して来たナミは、あんな目をしなかった。

ーー変わっていたのだ、何もかも。

あの目を、どこかで見たことがある気がゾロにはしていた。

いや、今まで、ずっと見ていた。
あの目が向けられていたのは、自分ではなかったか。

二人で酒を交わす時、船で目が合った時、すれ違う時、心配する時、傷に触れる時、飲み過ぎを怒る時、

どれも、自分の近くにあった。


いつだ。
気づけばずっとそばにあり、いつの間にか変わっていった。


ーー人の気も知らねーで、気安く触るんじゃねーよ


違う。拒絶したのではなかった。
偶然触れた手は熱を持ち、恋人を装って絡めた腕は、自分の気持ちを相手に伝えそうなほど熱かった。
だから、言ってしまったのだ。

自分しか見えていなかったからだ。
ナミの気持ちを、考えようとしなかったからだ。

見張り台に上がるナミの気配を感じて、ゾロは唇を噛む。
どうしたらいい。


頼むから、

誰か、





あの日のナミの、傷ついた顔を消してくれ。












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