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□舐めるつもりが噛み千切る
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舐め噛み







「ゾロ」

階段を追いかけて登ってくるナミが、自分の名前を呼んだことに驚き過ぎてゾロは生唾を飲んだ。

体は、大丈夫なのか。
酷い仕打ちをした自分に、怒ってはいないのか。

夜更けにしか起きてこないゾロを見つけたのだ。
ナミは至って普通の顔をして言った。

「見張り、代わってくれてありがとう。」

あの時、気絶するように眠ってしまった。
例えどんな理由があっても、敵や海は待ってはくれないのに、見張りを放棄してしまったのだ。
ゾロが責任を取るのは当然だが、ナミは船の役割に関して殊更に真面目だ。
泣きすぎて、どうでもよくなったと言うのもある。

何にも期待しない。
どうせ愛などない。
村を守っていた8年のように、心を凍りつかせて魔女の仮面を被れば、簡単に平静を装うことができる。

「お前....怒ってないのか。」

ゾロが驚きに目を見開いている。

「あんたいっつも私が怒ってると思ってる訳?失礼ね。」

「違う...体は、大丈夫か。」

こんなことを聞く自分が情けない。
ナミはぼんやりとして、体?と聞いた。

「別に大丈夫だけど。」
「あの時は、本当に悪かった...」
「ああ。」



「溜まってたのよね?かわいそうだけど、次からは他当たってね」

虚ろな目で、下卑たことを言うのは本当にナミらしくない。

まるで自傷行為を見せつけられているかのような感覚に、ゾロは眉根を寄せて思わずナミの腕を取った。

「ナミ、違う。何度も言ったが、俺はお前が好きなんだよ」

ナミはぼんやりしていた。

「好き...?ああ...そうなの....」


虚ろな目がゾロの胸を抉った。
もうその言葉は、何の意味もないのだ。


信じられないのだ。
傷つき過ぎて、信じても仕方がないと、虚ろな目に空虚を飼っている。

俺がこうしてしまった。
好きなのに、あんな一言で。

「お前が好きだ、ナミ。」

目頭が熱くなるのは初めての感覚で、ゾロは腕を取る手に力を込め過ぎて、ナミがよろけた。

力なく階段を踏み外したナミを抱きとめて、あの夜の情事を思い出す。

抱きしめるとオレンジの香りがして、現れた首筋にはあの日のものとはまた別の新しい跡があった。


「好きだ。」

ナミが誰のことを思っていてもいい。
触れたかった。触りたかった。
触れて欲しかった。

気安く触るなと言ったのは、気持ちが伝わるのが恥ずかしかったからだ。

ーー今、気持ちを伝えることがこんなに難しいのに。



ゾロ、泣いてるの?



ナミはぼんやりと思って、ゾロの言葉を考えた。

好きなら、どうして拒絶したの?
どうして無理矢理抱いたりしたの?
酔って女を抱くような奴なら、どうして今泣いてるの?


「...何があっても仲間だから、私はあんたを避けたりしないわ。」

感情が表に出ることはなくなっても、生きて役割を果たせれば、それで。

怒りのうねる気配があった。
無骨な腕に両肩をつかまれて、その眼差しに射抜かれる事態に竦んだ。


「俺を怒れよ!お前を傷つけて、無理矢理奪って、泣かせて、コックに嫉妬して、お前が誰のものにもならなけりゃいいと思ってる!お前が好き過ぎてお前の気持ちなんか二の次で、自分のことしか考えられねェ俺を怒れよ!!」

夜の帳に声が響いて、ナミはハッとした。
靄が晴れたようだった。

泣いている。ゾロが。
私のことを好きだと、自分に怒っている。

「な、んで....」

「ずっと前から、お前が好きだった。お前が好きで、手が触れるだけでおかしくなって、気安く触るなと言っちまった。」

ナミは目を見開いた。
じゃあ、じゃああの日の言葉は。

「その時のお前の傷ついた顔が消えなかった。なかったことになってりゃいいと思ってお前を見てたら、コックがお前をさらって行った。コックを見る目を見て気づいたよ。お前がもっと昔同じ目で俺を見てたことに。」

ズキンと、胸が高鳴った。
私が今誰を見ているのか、
私は知らなかった。


「私だって...あんたのことが好きだった。でも、拒絶されて、辛くて、私が頼んだの。サンジくんに私を滅茶苦茶にしてって、忘れさせてって。利用したの。だってサンジくんは、私を本当に好きなんじゃないから、許してくれるって。でも、そう思うと、辛いの。好きになって欲しいって、思うの。なんで私を触る手はこんなに優しいのに、心は私の物じゃないんだろうって、もっと辛くなって、私、私...」

ナミの顔が苦痛に歪んだ。
ゾロはナミの肩を掴んだ自分の手が、相手に痛みを与えるほど力が入っていたことに絶望する。

何ひとつ、何ひとつ、相手のためになることをしてやれない。
優しく触れることさえできない。
愛することは、自分の気持ちを優先することではないのに、それをし続けて来た。

なら今、自分がすべきことはなんだ。

生まれて初めて、自分以外の人間の気持ちを考える。

「....あいつはきっと、傷ついてると思う。」

涙を流すナミを見下ろして、拳を握る。

「あいつの気持ちは、本物だ。お前が信じてやらないと、傷つき続ける。」


俺は、言葉にしないことで、あいつは、言葉にし過ぎたことで、信用を失った。

変わって行くべきだ。

俺も、ちゃんと愛そう。
この女が幸せになるなら、それを守ろう。
ナミがあいつを好きなら、そこに幸せを祈ろう。

やっとわかった。
これが愛だ。




「ゾロ....?」


どさっと階段に座り込んだゾロをナミが見下ろす。
ナミが手を伸ばすとその手を取って、唇を掠めるように触れるか触れないかのキスをした。

決別を決めたかのような、でも、心が伝わることを願ったキス。

「...っ、なんで...」

「悪かった。」

今まで。

自分の言葉で、辛い思いをさせてしまった。
あまつさえ、自分の気持ちを押し付けて抱いた。

でも、どれも仕方なかった。
起こったことを変えることはもうできない。

自分が変わっていくしか。





ぬくもりから、ゾロの気持ちが伝わってくるようだった。

ナミは見ようとしなかったものをもう一度見た。

ゾロはナミの顔を見たまま、立ち上がった。
じっと見ているのは、推し量っているのは、ナミの心だ。
やっと、自分の気持ちよりも大切なものがわかったのだ。




ナミは去って行く男の筋肉質な背中を見つめて、冷たい指で唇に触れた。













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