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□撫でるつもりが引っ掻く
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撫で引
腕を絡ませて歩くと、心が近くにあって、ゾロの気持ちが伝わって来るようだった。
助けてくれた。
孤独から、救い出してくれた。
「ありがとう。助けてくれて。」
前の時と、まるで逆。
「お、おう。」
ナミが船で化粧をすることなんかないし、こんな動きにくそうなドレスを着ることだってないので、ゾロは狼狽してしまう。
もう酒場は遠のいたから腕は離してもいいのに、密着して絡ませてくるから余計に動転する。
まるで擦り寄って来る猫。
惜しくらむは女からは上等なコニャックの匂いがするということだけ。
最高級の靴は長々と歩くことを想定していない。
石畳みにつっかかって、しっかりとゾロの腕を掴んでいたはずなのにナミは転けそうになった。
くじいてはいないし、痛くもない。
ーー数時間前、私がもし足をくじいていたなら、どうなっていたんだろう。
サンジはどちらを選んだ?
嫌な女。変な女。
そんなこと考えても仕方ないのに。
でも、でも。
「大丈夫か?」
ゾロが優しく言う。
「....足、くじいちゃった。」
筋肉質な腕をしっかり持って、ナミは伺うようにゾロを見上げる。
ゾロは複雑そうな顔をしたが、歩けそうかと言った。
多分全く問題なく歩ける。
けれどもナミは首を振り、両手を差し出した。
「ゾロ、おんぶ。」
「ハァ?!」
ゾロは一瞬後ずさったが、すぐに息を吐いて背中を向けてしゃがんだ。
いつだったか、緊迫した戦場の中でこうしてもらったことがある。
それがきっかけで、優しいなと思って、好きになったのかもしれないな、とナミは思った。
もっと前に、素直になっていればよかった。
こんなにこんがらがる前に。
暖かい背中に頭を預けると、ナミは酔いから醒めたように大きな声を出した。
「あっ!!!」
「なんだよテメー今度は。」
「....トイレ行きたい。」
そりゃあんなに飲んでりゃ、何度か席を立つくらいのことがねーと駄目だろと思ったが、確かにゾロがナミの存在に気づいてから席を立った様子はなかった。
「子供かよ」
「もうむりかも」
「.....ここですんなよ」
「がんばる」
ゾロは少し考えて、言った。
「この近くに宿取ってる」
「それって三ツ星!?いやよ、あんたが行くなんてどうせ清潔じゃない安宿でしょ!?」
失礼なことを据わった目で喚く女にゾロはうんざりと息を吐いた。
「私もホテル取ってるの!すぐそこだから運んで!!」
不思議。
ゾロがいてくれてよかった。
いつも通りにわがままを言って、何も考えずに済むから。
ゾロは黙って言われた通りの部屋にナミを運んだ。
綺麗な部屋に一人残されて、思う。
何だこの格差は。
ナミの渡す金は全員同額ではなかったと言うのか。
多分この街唯一のタワーホテルの見渡しのいい上階に、一人では大きすぎるベッド、清潔なシーツに掃除の行き届いた豪華な調度品。
大きな窓から階下を見ると、街の光が途絶えた暗い海がぽっかり口を開けて、サニー号はあの辺だろうとゾロは頭を掻いた。(サニー号は全くの別方向だった。)
「綺麗でしょ。」
バスルームから出てきたナミは化粧をしているのでいつもより顔が派手だ。
「言っとくけどサニー号はあっちにはないわよ。あんたのことだからあの辺とか思って今納得してたんだろうけど。」
こいつ心が読めるのか。
いや、心が読めるならもっと今まで話は簡単だったはずだ。
「言っとくけど、この部屋だってへそくりだからね。今日1日で大枚はたいちゃったわよもー。」
いつもよりもペラペラと喋るナミは沈黙が恐いようだった。
そしてゾロの思考を読んでいるかのように話を投げてくる。
普段から、そうだ。
よく見ていてくれた。
自分のことをよく見て、理解してくれていて、わかって、できることだったのかもしれない。
それに気づかずにいた。
ナミは自分を見ていてくれたのに。
ナミはアイスペールに氷を山ほど入れて持ってきた。水割りセットを盆に載せているが水割りさせる気はない。
そのへんからひっつかんできたスコッチをドンと乱暴にテーブルに置いて、ロックでいいでしょ?と確認した。
「このショールいくらすると思う?」
ゾロが座って氷を入れるので、ソファーの後ろを歩きながらナミはショールを肩から取ってポイとベッドに投げた。
「5000ベリー」
「ぶっぶー20万ベリーでした!」
アハハハと笑いながらどさっとゾロの隣に座る。
ふかふかのソファーに腰掛けるとナミはストッキングを隣で脱ぎだした。
生脚をソファーの上にたたんでこちらを見ている。
(エロいし)高すぎるだろ....とごちるとナミは笑ってじゃあこの服は?と胸元をちらつかせた。
ゾロは顔を真っ赤にして胸元から目を逸らす。
ただの酔っ払いだ。
こちらの反応を見て喜んでるってとこだ。
人の気も知らずに、ヘラヘラ笑って。
でもこの方が、こいつらしい。
虚ろな目で、自分を低くする姿はもう見たくない。
あの酒場でのナミだって。
肩を落とし、頭を抱えて
ーーコックは何をやってる?
どうしてこいつは一人でいたんだ。
グラスを煽っていると、宝石が目に入った。
無造作にテーブルに置かれたそれは、青く光っている。
何の気はなしにそのチェーンを持ち上げると、隣であ、と小さな声がした。
ブワーと、ナミの中で今日の記憶が思い起こされた。
考えずにいれたのは、ゾロがいてくれたからだ。
でも、今頃2人は何を。
悪い考えばかりが頭をよぎる。
だって、彼女に微笑みかけたサンジの顔は、とっても優しかった。
私がしたみたいに、抱いてと願われればそのようにしているかもしれない。
いつもそう。私にも、誰にも優しい。
好きも、みんなに言う。
お似合いで、絵になって。
泥だらけの私はおまけで。
ナミは自分でもあずかり知らぬうちに涙を流していた。
止めようとしても、止まらない。
ゾロが驚いてこちらを見ているから、止めないとと思うのに、目から溢れる涙が、本当に止まらない。
「どうした」
ゾロが眉をひそめた。
「言えよ。」
「....わっ、私っ」
「何か、サンジくんにちゃんと言われた訳でもないしっ。か、彼女なんかでもないし!でも、今日デートするの、楽しみにしてて、ふっ、服を」
「ロビンと選んで、このネックレスも、サンジの瞳と同じ色だからって、して。でも、女の人がぶつかって来たの。悪人から逃げてたの。
その人は足をくじいたの。サンジくんが抱っこして運んで、私は、ついてくの、2人の後ろを。おっ、おまけみたいに」
「転けた時泥だらけになって、私は酷い格好だったの。2人は私に気づかないの。はぐれて、それで、今頃、どうしてるんだろう。楽しかったはずなのに、その人だって悪くないのに、私勝手に落ち込んで、もういや....」
ナミは30万したドレスを涙や鼻水で汚すわけに行かず、ティッシュで鼻をチーンとかんだ。
それで、酒場であんなに飲んだのか。
ナミは少し落ち着いて、胸に手を当てて呼吸を整えた。
「でも、ゾロがいてくれてよかった。何にも考えなくて済んだの。
ごめんね。信じてみようと思ったけど、やっぱり、違ったみたい。
やっぱり、サンジくんの言葉を本気にしちゃいけなかった。
私が勝手に本気にして、落ち込んだだけの話なのよ。
肌が触れると、錯覚してしまうんだわ。もしかしたら、私だけを見てくれるのかもしれないって。」
そんなわけないのに。
「笑っちゃう。なんで、いつもこうなるんだろう。
好きだったんだって、気づいた時には、ふられてるの。
私サンジくんが好きだったんだわ。」
振られたというのは違うんじゃないのか、と思ったけど、ライバルの恋を、なんで応援してやらなきゃいけないという気もした。
サンジの気持ちはきっと本当だ。
だからあいつなら、幸せにしてやれるんだろうと思ったのに。
目の前の女が傷ついてるんなら、見過ごすことなどできないだろう。
「お前...バカじゃねーの。」
「なっ!?」
「俺にしとけばいいのによ。」
ナミは、また泣いた。
「無理よ....」
「なんで」
「だって私、抱かれてるのよ。サンジくんに何度も。あんたは、嫌だと思う。
ーーもう私に優しくしてくれなくていいのよ。」
カッとなった。
情けや慈悲でお前に優しくするんじゃない。
好きだからそうしたいんだ。
他の男との関係だって、嫌だけど、好きになったら仕方ないんだ。
「いいんだよ。それでも。」
カッとなってナミの腕を掴んだ。
「好きなものは仕方ねェだろーが。」
腕を掴むと、滑らかなはずの肌に違和感があった。
手に血がついていて、赤い色に釘づけになる。
「怪我してんじゃねーか...」
「あ...転んだ時に...」
サンジに見られたくなくて、隠した。
もし気づかれても心配されなかったら。
あの場面で心配され過ぎても困っただろう。
でも、気づいて欲しかった。
私をもっと見て欲しかった。
やっぱり、その程度なのだと、わかってしまったようで。
ポロポロと涙を流すナミに、ゾロが言った。
「痛いか。」
俯いてふるふると首を振る。
「.....気づいて欲しかった。」
ゾロの顔を見た。
「気づいてくれて、ありがとう」
幾らか救われた。
泥だらけの服は替えられるけれど、傷はそうはいかない。
これを見ながら一人で過ごさなくて済んで、よかった。
ゾロは思わず肘に唇を寄せて、傷を舐めた。
ナミは黙ってそれを見て、何も言わなかった。
傷口が綺麗になるくらい舐めて、ゆっくりと視線を上げる。
泣き濡れた瞳と目が合って、どちらともなく、2人はキスをした。
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