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□8.探すから見つからない
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探すから見つからない
サンジEND
慌ただしく島を出て何日か過ぎて、船にもいつもの日常が戻って来た。
早朝、サンジはキッチンで仕込みをしながらタバコを吹かす。
デートの予定もない暇人たちに買い出しを頼んだはいいが、不備は出すわ食材の質にこだわりを感じないわ、やっぱり人に頼むもんじゃないとコックの矜持を持ち直していた。
まだクルー達が起きてくるには時間がある。
最近はもう朝が肌寒くなって来た。
サンジには珍しくラフなパーカーを羽織って、じゃがいもの芽を取って行く。
ーーナミさんとは
あの街を出て以来、何もない。
ゾロと何かあった様子もない。
彼女のことだから、けじめをつけて、もうこんな関係は全部おしまいにしたいのかもしれない。
色々こんがらがって、ややこしいことになったから。
申し訳ないとか、思ってるんだろうな。
野郎の気持ちなんか考えなくていいのに。
ーー俺を、選んでくれたらいいのに。
ふ、と自嘲気味に笑いながら、朝のキッチンは一人きりで集中することができるのが救いだ。
最近ナミさんは多分故意にロビンちゃんと一緒に食堂に来るから、ついぞ二人になることだってない。
そんな風に思っていたのに、ナミがもこもこのあったかそうな部屋着を羽織って現れたので、うわー可愛いとか抱きしめたいとか色々思い過ぎてしばらく声が出なかった。
「.........」
「.........」
「....まっ、まだ5時だよ!早いね!」
「う、うん、寒いわね、朝...」
テンパって、おはようのひとつも出てこなかった。
あったかい飲み物でも、と湯を沸かそうとサンジが慌てると、ナミもキッチンに入って来る。
心臓が止まりそうになった。
ナミさんが後ろから抱きついて来たから。
「サンジくん、大好き。」
胸にあったかいものが流れて来るみたいだった。
体がぽかぽかして、手がちょっと震えながらゆっくりと動いた。
腰に回された細い、小さい手に自分の手を重ねる。
嬉しくて、少し目が潤んだ。
言葉を選んで選んで、時間がかかってやっとひと言つぶやいた。
「俺でいいの...?」
抱きしめる腕に力が籠って、後ろでナミが言った。
「今まで、本当にごめんなさい。私を大切に思ってくれて、ありがとう。」
ナミの言葉が耳に入って来て、寒さとか、痛みとか、全部この世から消えたみたいだった。
目の前がチカチカして、じーんとあったかくて溶けてしまいそう。
ゆっくり振り返ると、ナミが泣いていた。
心細そうにこちらを見上げている。
「まだ、変わってない?まだ少しでも、私のこと...」
「ナミさん」
遮って名を呼んだ。
ーー愛してる。
そう言って、涙で濡れたキスをした。
「......今日は何だってこんな豪華な朝食なんだ?」
まるでパーティーか何かのように、品目の数が異常に多いテーブルを見てウソップが瞠目する。
誰か誕生日か?と思ったが思い当たらない。
ルフィも珍しく早く起きて来て飯の匂いに待ち切れず涎を垂らしている。
「んーーーーーめェェーーーー!!!!」
「確かにこりゃスーパーにうめぇな!腕上げたなサンジィ」
「ヨホーー!!サンジさん何かいいことあったんですか?」
「てめェらうるせぇんだよ。とっととこれでも、食らいやがれ!♪」
「また出てきたーーー!!!」
「絶対いいことあったーーー!!!」
昼食もだった。結局夕飯までその調子が続き、浮かれるサンジにナミが忠言した。
(あんた、ちょっと露骨すぎ!いい加減にしなさいよ!!)
「だって〜」
サンジは人気のないダイニングで必要以上にナミに接近する。
「近いわよ!離れて!」
「だって声小さいから、近寄って欲しいのかな〜って」
ナミは恥ずかしさのあまりサンジを殴って去って行く。
ああ、今日が見張りなんかに当たらなければよかったのに。
でも、バラ色になった世界に浮足立たずにいられない。
まだ信じられなくて、でも体が軽い。
見張りだってやろうと思えば何日でもできるような気が、サンジにはしていた。
夜半見張り台で毛布に包まっていると、寝支度も整えたナミが現れたので、サンジは心の中で少女のように悲鳴を上げた。
「ナミさんっ、どうしたんだい?」
「別に!でも今日付き合った記念日だし、ちょっと側にいようかなって思っただけ!」
照れ隠しに口調が荒いのを、感動した目で見るサンジ。
いそいそと毛布にナミを迎え入れると、感動のあまり言葉が出てこなかった。
付き合ったって!付き合ったって!
記念日って!
ナミさんかわいすぎ!
ナミは黙って何か考えている様子で、抱きしめてもいいものかと戸惑う。
夜の航海は、航行する時には前方後方の二箇所を2時間交代で見張ることになっているが、航行しない時は見張り台で1人が一晩を担当する。
夜の航海をするとナミが大変になるので、急ぎの時以外は見張りは1人だ。
何か言いたげなことがありそうなので、焦らずナミが何か言い出すのを待つ。
「私、サンジくんに酷いこといっぱいしたと思う。」
同じ毛布に包まって隣に座る彼女が、ドキドキしているのが伝わって来た。
「どうしたら償えるかなって、ずっと考えてた。私もうあげれるものなんかないし、多分嫉妬するのも変わらないけど」
「ナミさん、おれ何も要らないよ。今最高に幸せなんだから。だってナミさんが彼女になったんだよ?大好きな君が側にいてくれるんなら、それ以外何も要らないのに。」
思わず遮って正直な気持ちを伝えると、ナミの目に涙が潤んだ。
「サンジくん!やっぱり私を殴って!」
「へ?」
「あんたは女を殴らないじゃない。でも、私許してもらうだけじゃ気がすまないし、これからずっとその思いを抱えて付き合って行くのも嫌なの。
サンジくんの特別になりたいから、それもいい考えかなって。」
サンジは思い詰める横顔を見て息を吐いた。
全く、変なところもまじめなんだから。
でも、頑固だからな。
俺は君の言うことは全部叶えないといけないんだろう。
「...じゃあナミさん目、瞑って。」
あ〜あ
殴るなんてできる訳ないのにメッチャきつく目閉じてるよ。
可愛いし、従順に目を閉じる君は扇情的だ。
絶対に気づいていないんだろうけど、俺はいつでも君に触れる口実を探していると言うのに。
ちょん。
拳すら、無理だったよ。
指で大好きな君の柔らかな頬を押しただけ。
思った通り不満そうな顔でこっちを睨む君。
「あーあナミさん。俺が蹴らずに殴るなんて、すごく特別なことなんだよ。あと、俺はコックだから、手を使うのは、基本料理の時だけなんだ。」
そうして、じりじりとナミに迫って行った。
ナミは少し雰囲気の変わった恋人に、きょとんとする。
「俺に手を使わせたと言うことは、君は食材だ。
最高級の素材だから時間をかけるけど、大丈夫だから。全部俺に任せて。」
「ななななに言って...!そそそう言うことじゃな...!!」
ナミは真っ赤になりながら事態の重大さがわかってきたようだった。
慌てるナミにサンジは紳士的に詰め寄り、全く表情にいやらしさはないのに、最高級の食材の皮を剥いてこようとして来る。
カーディガンのボタンに一つ一つ手をかけて行く表情は、キッチンで自分の仕事に集中している男の、たまに見惚れてしまうような格好のいいそれなのに、やっていることがちぐはぐで余計に心臓が速くなる。
ナミは口をアワアワさせて男を見下ろすが、サンジは当然のことのように一枚脱がせると、笑った。
ーー美味しく料理してあげるからね
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