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□12.イルカセラピー
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12.イルカセラピー










ルフィが起きて来たら、何て言おう。
ナミは朝から少しドキドキしていた。
まだ自分の心なんて全然わからないけど、でも少しずつ少しずつ、進んで行けたらと思う。

ローとの失態だって、きっと薄れて行く。
ルフィがいてくれたら、自分はしっかり立てるはずだから。


ぴょこりと麦わら帽子が遠くに見えて、天気のいい朝もやの中でナミは笑顔で声を上げた。

「あ。」

いた。
ルフィ。

「おー!ナミ。今日も天気いいなあ!」

「うん。今日は安定してそうよ。」

「そうか!」

「.........」

「.........」

「.........朝メシ、まだかな?」

そわそわしているルフィに、ナミはピキッと固まった。
気をとり直して、勇気を持って口を開く。

「ね、ルフィ。き、昨日の....」

「ん!昨日!お前途中でどこ行ったんだよ!部屋帰ったんだな!?」

「え、ごめ....」

途中!?と顔が赤くなって、ナミは動揺した。


「おれなんかすげー頭痛くてよー!お前と乾杯したとこまでは覚えてんだけど、その後気づいたら寝てて朝だったんだよ!」

「え.....」

ナミは頭がぐわんと鳴るのを感じた。

口がとても重かったけれども、何とか開いてルフィに聞いた。

「あ、んた、覚えてないの?自分が、何言ったかとか...」

「えっ?」

ルフィはきょとんとした。

「おれ何か言ったっけ?」

「...あ....」


ナミは何故だか泣きそうになるのをぐっと抑えた。


「そっか、そうよね....うん。わかっ、た....」

「なんか変な夢は見た気がすんだけどなー!頭が割れるみたいで、あれ?ナミ?」

「うん....そうね....」

床が歪んだみたいだ。
噛み合わない相槌を打って、ぐにゃりと曲がったような床を、転ばないようぎくしゃくと歩く。

「ごめん、私...ちょっと.....」


言葉が届くかもわからないうちに、ナミは既にすたすたと背を向けて去っていた。
その背中を見てルフィはまたきょとんとした。

だって、言えるわけねぇよ。
大好きなナミにキスをした夢のことなんて、とルフィは思った。






ナミは自分の部屋に帰って、しばらく部屋の半ばで立ち尽くした。
ロビンはもう朝食へ行ったようだ。

女部屋にはナミのタンスがまだハートの船から戻されていない。
そろそろ手持ちの服も限界になりそうだが、ローと関わるのが嫌で放置していた。

タンスがあるはずの場所の空洞を見て、ナミはぼーっとしていた。

ルフィの世迷言なんて、いつものことだし。
ドキドキして、信じたのは自分の落ち度だし。
でも。

キスまでしたのに。
忘れられるなんて。
ひどくはないか。

もう何も考えたくないし、見たくもないし、どーでもよかった。


なによ、みんなして。

人のことばかにして。

張っ倒すわよ。

ーーでも、そんな気力もない。



ナミはぽすっと自分のベッドに埋もれてみた。
このまま埋まっていたい。
イルカだ。
イルカと泳いで癒されたい。
あ、でも水着がタンスの中だ。
くそ、もう裸で泳いでやるか。

そんなことを考えていると、コンコン、と遠慮がちなノックの音がした。

思った通りチョッパーがドアの前にいて、朝食に遅れたナミを呼びに来たらしい。

「ナミー大丈夫か?食欲ないか?体調悪いんなら、診ようか?」

「ううん、チョッパー。ありがとう。大丈夫、元気よ。ちょっとそう、寝坊。」

「え?でもさっきルフィが会ったって言ってたぞ?」

ぐ、と苦虫を噛み潰してナミが引きつりながら笑う。

「あー、うん、そうそう。私ちょっと怠いみたい。今日はベポに航海の指揮任せようかな?多分安定してるの、空。」

ルフィに会いたくなくて、ヤケになって言う。

「そうか....大丈夫か?おれ心配だぞ。この前もトラ男の所で体調崩したばっかりだし、お前も一応若い女性なんだからホルモンバランスも...」

「一応って、なに?」

ナミが笑顔で雷が蠢く暗雲を背負って言うので、チョッパーはガタガタと震えた。

「あ、ああー!!ナミ!それ!!」

震えながらナミから視線を外したチョッパーは、タンスがあるはずの空間に落ちている本をダッシュで手に取った。

「この前トラ男が貸してくれた本の改訂版じゃねぇか〜!コノヤロー!これ借りてもいいかな!?」

そう言えば、チョッパーはローから本を借りていたな、とナミは思い出した。
そしてroomで何かを入れ替えるには代わりのものが必要なのだ。

「フレバンスって知ってるか?すごくいい国だったんだけど、今はもうないんだ。きっとトラ男はそこの出身なんだと思う。それで、この本を書いたご両親もお医者さんなんだ。すごくいい医者だよ、多分。誠実で丁寧に書かれてる本なんだ。おれにもすごく役に立つよ。」

そうなのか。
背表紙から、ちらと著者名が目に入った。
ご両親が。

フレバンスという国の情報は手に入りにくい。
それでも、その国に生き残りがいないらしいと言う話は知っていた。


チョッパーは若いのに博識だ。
だからこの本を渡されて喜んだのだろう。
そしてそれをわかって渡したローも。

ナミは複雑な顔でチョッパーを見て、笑って言った。

「もう読んだの?」

「え?」

「この前の本。」

「うん、全部読んだぞ。」

「私にも貸してくれない?今日はそれを読んでゆっくり過ごすわ。」

「うん、いいぞ。持って来る。」

チョッパーが扉を開けると、ウソップが入れ替わりに朝食を持ってきた。

「おー、ナミ大丈夫か?これ、朝メシな。あと、今日ジャンバールの誕生日らしいから、誕生会やるからな、来れたら出て来いよ。」

「誰よ、それは。」

「トラ男のとこのクルーだよ。あ、魚人だけど、いい奴っぽいぜ。二年前トラ男に拾われるまで天竜人の奴隷だったらしい。そんな奴もいるんだよな。色んなのがいるよ、トラ男のとこも。」

天竜人の諸行は許されるものではない。
ローは、それを助けたのか。


わかったと言うとウソップが手を振って退出した。

わからない。
ローってどんな人なのか。

サンジの愛情籠った朝食を摂り、チョッパーが持って来てくれた本を没頭して読んだ。

昼前まで時間を忘れてゆっくりしていると来訪者があって、ベポとシャチが部屋にずかずかと入ってきた。

「ナミー!体調良くないって、大丈夫〜!?」

「うおー!女子の部屋〜!めっちゃ息吸っとこ!ブハー!いい匂いだ〜!」

ベポは航海士なので一緒に仕事をする機会も多く、このように心配してくれる程度に仲が良い方だと思う。

シャチは、バカなのですごく話しやすい。気を使うことが一切ないので仲間のように楽な相手なのだ。

「あ、ううん、大丈夫よベポ。ありがとうね。シャチうるさい!張っ倒すわよ!変態!」

シャチが部屋をきょろきょろ見ているのでパンチして、ナミは腕を組んだ。

「なんであんたたちこっちの船にいんの?あの変態外科医についにストライキ?」

「あ、やっぱりナミも変態被害受けてたんだ〜」

「みんな止めたのに一晩中寝ずの看病だもんな。治ったみたいだったからよかったけど、絶対何かしてるって思ってたし。」

「ないわよ!すんでのところで回避してるの!!あと、ナミも、って何!?あいつ媚薬を盛る癖が他の女にもあるわけ!?さいってー!!」

ちょっと目尻に涙を出しながらナミが言うと、2人はドン引きしていた。

「え...?媚薬?ナミ薬盛られたの?キャプテンに?」

「ないない、そんな話は聞いたことないけど、その話詳しく聞かせてくれよ、エロすぎ....ぐふぁっ!!」

シャチを拳で黙らせるとベポがヒッと声を上げた。
まずい。
言わなくていいことを言ってしまったかもしれない。

「おれたちはジャンバールの誕生会の飾りつけに来たんだよ!」

「そうそう!ついでにこっちのコックさんの美味しいお昼をいただきに....って思ったら今船長の生々しい話されたからマジ焦る。」

「キャプテン、ナミが帰った日からすごい落ち込んでるんだよ。もう毎日お通夜みたい。」

「そうそう、こないだなんて二回もペンギンをバラバラにしたし。」

「ペンギンまだ薬指が見つかってないんだよ。」

「こわ〜〜い!」

きゃー!とはしゃぐシャチにイラッとしながらナミは俯いた。

そんな、弄ばれたのはこっちの方なのに。
なんで落ち込む必要があるのよ。
誰にでもそうなんでしょ。

ベポが黙ったナミを覗き込みながら言った。

「ナミはキャプテンをフったの?」

「え....フったとかそういうのじゃ....」

「船長とやったの?」

「やってない!!シャチうるさい!!」

ベポの口真似をして茶々を入れてくるシャチにバキッと腰が入ったパンチを打つと、シャチは膝から崩れ落ちた。

「ローは、私のことなんて好きじゃないわよ....。みんなの勘違い。」

ナミがベッドに腰掛け直して横を向いた。

「フラれたなら、私の方だわ....」

あんなことまでして、薬のせいとは言え抱きついたり、脱いで見せたりしたのに拒否されるなんて。

女としての魅力がないんだ。

ローの言葉を、本気だなんて勘違いして。

ルフィだって、さんざん私を好きだのなんだの言ったくせに、キス止まりで次の日には忘れて。

もう私、自信ない。
女として魅力ないんだ。


イルカと泳ぎたい。裸で。








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