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□16.本当の名とタンス
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16.本当の名とタンス









「なーなー、ペンギンってどういうことだ?あいつペンギンに知り合いいるのかな?」

「....ペンギンはうちのクルーで人間だ。」

ナミがここから逃げるように立ち去って、ペンギンの横へ走って行くのが見えた。

あの日も、そうだ。

ナミが自分の船に帰った日、すれ違った奴からナミの匂いがした。

甘いフルーツの香りがして、前日のこともあって、思わず奴をバラバラにしてしまったのだ。

珍しく文句も言わないと思っていたら。

ーーそう言うことだったのか。




ローは俯いて、これ以上落ちることができないところまで落ちた。

ーーナミはキャプテンにフラれたって言ってたんだよ。

無理やり抱けば良かったのか。

手加減などせず、商売女のように手荒に扱って、自分の欲望を優先して、抱けば良かったのか。


そんなこと、できない。


だって自分は、心が欲しい。




「あー!ペンギンって、あいつか!」

ルフィが遠くの二人を見て、納得した。

「ま、いっか。最後にあいつがおれの隣にいればいいし。」

この男、何を考えているのか本当にわからない。
麦わら屋の思考回路が読めたことなどなかったが、いつもこちらの常識が通じないのだ。

いっかだと?
いい訳ないんじゃないのか、好きな女が他の男の手の中にいて。


麦わらの船長はもう次の瞬間には宴の中に入って肉を食べていた。
ケーキのろうそくを吹き消すジャンバールが照れている。
それを見ながらやいやいと中心で盛り上がっているのだ。

なんとなく、前ナミが言っていたことがわかった気がした。

ーー何考えてるのかわからない。

わかるようで、わからない。

全くその通りなんだろう。

ナミの船長を見る目は特別な気がしていた。
だから、最大のライバルは麦わら屋なのだと思っていたのに。


ローは無性に酒が飲みたくなり、たった一人で寂しく自分の船に戻ったのだった。






宴が終わった。

結局、最後までパジャマと言うか、気の抜けた部屋着で過ごしてしまった。

ナミは水をもらおうとキッチンに寄ると、チョッパーとサンジが談笑しているところだった。

「お水くーだーさーいーなー」

「ナミすゎーん!掛けてかけて。」

「お、ナミ顔色良いし、もう元気そうだな。」

「おかげさまで。」

落ち込むどころじゃない展開になったし、と心の中で愚痴る。
これでしばらく平穏が続けばいいけど。

「本、読めたか?」

「うん、時々専門用語があってわからないところもあったけど。」

「聞いてくれればおれ、なんでも教えてやるぞ!」

チョッパーが改訂版の方をどんとテーブルの上に出す。

「あ、この薬品のベンゼン環の構造式とか....」

「うん、これは安定してないから解りづらいよな。これはな....」

「そんなことよりナミさん!!さっきハートの野郎どもが騒いでたよ!!ナミさんがペンなんとかと付き合ってるって!!!」

サンジが水を置いて、お盆を抱きしめながら泣いていた。本当は名前も覚えてるくせに言いたくないのだ。

「ああー、あれね。うそよ、うそ。でもそう言うことにしといて。」

「えっ、なにウソなの!?」

ナミが視線だけを上に上げてサンジを見たので、サンジは目を輝かせた。

「ローとルフィが、うるさいの。だから誰でもいいから付き合ってることにしとこうと思って。」

「.....っ!.....っ!......じゃあ....っ!」

「そう、あんたでも良かったんだけど、ペンギンがちょうど近くにいたのね、ごめんね。」


心の底から悔しそうに、泣きながら拳を握りしめるサンジの言葉を頷きながら引き取って、ナミがなんか知らんが謝罪した。

その時側にいれば、その時側にいれば、とまだ悔しそうに泣いているサンジを尻目にチョッパーの本に目をやると、改訂版と初版では装丁が違うことに気がついた。

自分の読んだ初版より随分あっさりしている。




部屋に帰って初版をパラパラとめくった。
最後のページにある著者の本名は、改訂版では消されている。

ローの本当の名前は、トラファルガー・D・ワーテル・ロー?


本当の名前を手にすると、すとんと胃にものが収まったような気がした。
何度も何度も読んで、擦り切れた本。
それでもなお、大切にされた本。


そしてクローゼットに目をやると、何日ぶりかに自分のタンスが元に戻されていたのだった。









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