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□2.平凡
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2.平凡
酒場に行く意味がなくなってしまったな、とナミは思った。
ここ数日、早く夜が来ないかと、酒場に行く度にわくわくしていた。
今日は会えるかもしれない。
今日は会えるかもしれない。
でも、会えたのに、嬉しくなかった。
早く、忘れないと。
別れを切り出された時には、平気でいられるように。
いや、それすらないかもしれない。
あまりに年月が経ち過ぎて。
でも、どうしたら、あんなに好きだった男を忘れられるの。
ここ数日色んな酒場を渡り歩いたが、この諸島は広い。
まだ足を踏み入れぬ土地、治安の悪そうな土地、様々だった。
ーー男と一発やってきたら
面白そうに言うシャッキーの言葉にぶんぶんと頭を振る。
いやいや、病気だってコワイし、まさか男を買うわけにもいかないし、こんな可愛い女の子が。
そうぼんやり思っていると、2人組の男にぶつかった。
いや、ぶつかられた?
気づけばここは11番グローブ。
治安のよくない、鬱蒼とした町だ。
バラバラと、男が持っていたものを落とした。
これは、黒曜石。
質の良いもの、それも大量に。
ナミが男たちを見ると、明らかに下っ端です。誰かに命じられて盗んで来ましたといった風貌だったので、ナミは口を開いた。
「これはなに?盗んで来たの?」
「ちっ、うるせぇ女だ。おい、こいつを攫って人質に逃げるぞ。」
物騒なことを言っているので、ナミは普段あまり持ち合わせていない勇気を出して戦うことにした。
雷を落とすと男たちは戦闘不能になったが、質の高い黒曜石はキラキラと輝いている。
宝石の入った袋をジャラジャラ言わせて持ち去ろうとすると、誰かがこちらを見ているのに気づいた。
「助太刀は要らなかったか?」
鷹のような目をした男は言った。
「なによ。拾ったんだからこれはもう私のものよ。」
「それは俺が店主に集めさせたものだ。剣を作る為に。返すならば礼はするが、渡さないのなら奪うしかあるまい。」
「それ、私はどっちが得なの?」
「こちらへ渡せ。なんでも好きなものを礼にしよう。」
ナミはぽこっと足元の石ころを蹴って言った。
渡して逃げられても、奪われるのと同じだ。
頭の中で、取りっぱぐれのないように懸命に損得勘定している。
「信用できない。あんたには高くつくと思うけどいいの?」
「金のことか?構わん。ガレオン船でもねだられるのでなければ、善処しよう。」
確かに、この男の身なりは金のない男のそれではない。
どこかで見たことがあるような気もするが、ナミには目先の宝石のことの方が大事だった。
「じゃぁ、私が納得したら、これはお返しするわ。それまで付き合って。」
ナミは手品のように宝石を何処かへ隠した。
「良かろう。泥棒猫、ナミ。」
「あら知ってたの?海軍に突き出すつもりじゃないでしょうね。」
「海軍と仕事をすることもあるが、その限りではない。俺の名はジュラキュール・ミホークだ。ミホークと呼べ。」
シャッキーが言っていた大物とはこの男のことだったのかと、ナミは瞠目した。
「さて、ワインでも飲むか。ああ、服も変えねばならんな。宝石でもなんでも、好きにするがいい。」
なんですってと、ナミの目がベリーになった。
男を忘れるには、男に限ると言うが、高級な服と宝石も、充分に効果があるとナミは思った。
ミホークのファッションに合わせた、キラキラとビジューが胸から足元まであしらわれた黒いドレスを着ると、少し気分が上向きになった。
ミホークが店員に宝石もずらりと持って来させたので、ナミはいくつか手に取ってみたが、ミホークは黙って大振りの首輪のような豪奢なネックレスを取るとナミにつけようとした。
ドレスに合わせた、漆黒の、黒曜石の首輪を。
ナミはされるがままに長い髪を両手で持ち上げて、首に男の手が回されるのにどきりとした。
体の前面から器用にネックレスをつけたミホークは無表情に頷いて、ではこれを、と言った。
後ろに控えていた店員がかしこまると、ミホークはナミに腕を差し出して店を出る。
「.....支払いは....」
「そんなもの、使用人がすれば良い。」
ナミをエスコートしながら事も無げに言うと、迷いなく舗装された綺麗な道を選んで歩いて行く。
七武海ともなれば、こういう風に女遊びをするのかと思いながら、ナミは少し狼狽しながらヒールを響かせるのだった。
「あなた、この島に住んでるの?よくこんな場所知ってるわね。」
「いや、違うが、ここへは知人を送ったのでな。」
足が沈み込みそうな程のふわふわのカーペット、夜景の見える大きな窓、何も言わないのにソムリエがシャンパンを持って来て、最初は口当たりの良いものをとグラスに注いだ。
「お金持ちはこんな風に遊ぶのね。世界が違うわ。」
「クッ、遊ぶとは聞こえの悪い。お前もなかなか様になっているぞ。」
肘を椅子に預けてグラスを傾ける若い女に、ミホークが笑った。
「バカ言わないで。小娘だって自分でわかってるわよ。」
「それは謙虚なことだな。」
まさか、ゾロが目指す世界一の剣豪が目の前にいるなんて。
少し前なら、私は何を思っただろう。
もはやニュートラルな思考を持てないので、酒に酔うに任すしかなかった。
ミホークは思ったよりも紳士な男で、正直このドレスと宝石類だけで充分な謝礼をされている。
というか七武海なのだから泥棒どもから黒曜石を取り戻すことだって簡単だったはずだ。
わざと見ていたんだ。
私に拾わせて。
「海軍の奴らが」
ナミは思考をぱっと現実に戻した。
「お前の手配書ばかり貼り直しだと言っていたぞ。持ち去る輩が多いのでな。」
「え?なんで?かわいいから?」
「.....自分でわかっているなら結構なことだ。」
無表情のはずのミホークは面白そうに目元を隠してくつくつと笑っていた。
これが、ゾロの目指す男。
剣を握らなければ、穏やかで優しい紳士に見えるのに。
ゾロを思い出して、胸の奥がちくりと痛んだ。
耐え難い痛みだった。
「ボンベイ。ボンベイ持って来て。ボンベイ・サファイア。」
「酒豪だな。さすがにレヴェレーションは置いてないと思うが。」
「そんな最上級は求めないわよ。酔えればいいの。私、強いのよ。シャンパンなんかじゃ酔えないの。」
空になったグラスを揺らす。
「何か、酔いたい訳でも?」
「あなたがあの泥棒たちを私にやらせた訳を、教えてくれたら話してもいいけど。」
ジロリと上目遣いに見つめてナミが言った。
ロックで運ばれたそれを手に取って乾杯と言う。
「.....お前に、興味があってな。」
ミホークも同じ酒を手にする。
「あんな船に乗っている女だ。どんな豪胆な人間かと思っていたが、そこらの女と何ら変わらん。よくあんな船に乗っている。」
「ふん、どうせ平々凡々ですよ!」
自分では全くそのように思っていないので、ナミは頬を膨らませた。
「そこが良いと言っている。」
その様子にまたおかしそうに笑うミホークを見て、ナミはかぁと赤くなった。
「....あなただって、世界一の剣豪と思えないわ。もっと怖い人かと思ってたけど、全然普通の男の人。」
ナミはグラスを持つ手を止めたが、ミホークはしばらく考えるように透明な液体を傾け、飲み込んだ。
「....普通の男か。よい言葉だ。」
先ほどとはまた違う優しい笑みを浮かべた男に、ナミは皮肉で言ったのに、と狼狽した。
「次はお前の番だが。」
「わわわ私は......」
狼狽を引きずって真っ赤になるナミは、少し酔っていた。
肉体的には底なしに強いはずなのに、ナミは精神的ダメージに脆弱だった。
まだ20歳の女の子だ。
若さゆえに愚か。
そして、賢さゆえにそれを自覚する悲劇が、ナミを女としてより美しく見せていた。
人生経験の豊かな大人の男には、その可愛さがどれほど魅力的に写ることか、それはわかっていないだろうけれど。
「.......好きな男を、忘れたい。」
鷹の目の男は眉を上げた。
「あなた、忘れさせてくれる?助けてあげたお礼に。」
「面白い」
窓の外の景色が、息を飲むほどに美しかった。
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