novels

□9.上司
1ページ/1ページ

9.上司








「おい、そこの航海士!」

ナミは額に血管を浮き上がらせて振り向いた。
ローが不躾にも自分を航海士と呼んで、背後で待ち構えているのだ。

手には、ナミが提出した海図。
不備がないように何度もチェックした。

そしてナミは露出を控えていて、タートルネックのセーターを袖まくりしている。
体の線が出ないような服をあまり持っていないので、タンスの奥から引っ張り出して来たのだ。
キンエモンたちが後ろでさめざめと泣いていた。

「ここを見てみろ。」

ナミの几帳面な字で書かれた地図の書き込みを、刺青の手がなぞる。

ナミはぐ、と息をのんでそこを見た。

「この数値、ここが間違っていた。すぐに調べ直して訂正しろ。」

「えっ、待って、そんなわけ....!!」

「よく見ろ。」

ナミは真剣な眼差しで地図を見た。
その横顔を、ローがじっと見ていることにも気づかずに。

「....!これ、コンマの位置がズレてるわね...ひとつ...」

「こういうミスが命取りだ。同盟船の航海士なら、しっかりしろ。」

「....ごめんなさい。」

ーーなんで私が謝ってるの!?
そう思いながら、ナミの中に怒りと戸惑いが渦巻く。


最近、ローとナミは海図を一緒に作成しているらしい。

ドフラミンゴ討伐計画の最中とは思えないくらい、二人はのどかに言い合っているように見えた。


「なにあいつ!お小言ばっかり!」

ナミが航海日誌をダイニングテーブルに叩きつけて言った。

ちょこんと座って牛乳を飲んでいたチョッパーと、間食していたウソップがまあまあとナミをなだめる。

「次は絶対にノーミスの書類を上げてやるわ!バーンと!」

「なんかあいつ上司みたいだな。」

「ナミはトラ男と仲良くなったんだな!なんか生き生きしてるぞ。」

「仲良く!?どこが!!」

「やめろそこの非常食!ナミさんはローなんかと仲良くしない!!」

ナミとサンジが目を剥いてチョッパーに突っ込む。


でも、確かに他のことを考えずに済んでいる。

嫉妬深い自分が辛かった。

ゾロを見るたびに、他の女と触れ合う場面を思い出して辛かった。


でも鷹の目の存在や、ローが何故か自分を目の敵にしてくる状況が、自分を楽にしていることには間違いなかった。

楽な方へ楽な方へ行くけれども、立ち止まってはいない。
一応前へ進んでいるのだ。


いつかゾロを忘れられる。
いつか思い出になって、胸が痛むことがなくなればと、希望を持って。





海図をいつもの2倍描かねばならぬことになったので、ナミが図書室に籠る時間も増えた。

描き疲れて手を止めて、ローを出し抜く空想をする。

「......スーツで出勤してやろうかしら。」

「それはそれで、そそるな。」

ナミは驚きのあまりに咳き込む。
部屋には1人でいたはずなのに、すぐ後ろに外科医が現れたのだ。

「...あんたに唆られるくらいなら、一生着ない。」

「.....本当に可愛くねぇ女だな。」

「あんたに思われなくていいし。あんたに思われなくてもかわいいし。」

「......んっとに可愛くねェ....」

何故だか、ナミを見ているとむかついた。

あの剣士とは昔付き合っていたと言うし、あの日鷹の目と歩いていた。

興味なんてないのに。

むかつく。

何故かわからないけれど、腹が立つし目で追ってしまう。


「用がないんだったら出て行ったら?それとも役に立つ気あるのかしら。」

「俺がどこで何しようと俺の勝手だ。」

「あ、そう!」

ナミは立ち上がって、天井に吊るした地図を取ろうとする。
間違ったって頼ったりしてやるものかと思って、イスに登って届かないところを無理に背伸びした。

イスが不安定にガタッと揺れるのに態勢を崩して、ナミがイスから転げ落ちると、ローが自分と床の間に挟まっていた。

しかも、ちょうど胸の下にローの顔がある。

ヒッと声を出して、真っ赤になったナミが慌てて飛びのいて横に座った。

一瞬の出来事だ。なかったことにならないかとナミは涙ぐんでローを見た。

「ごめんっ....大丈夫...?」

「いや.....」

ローが床に寝転んだまま天井を見上げる。
両手を、何かを掴むように不自然に動かした。

「やっぱりでけェな。」



ドスッと、ナミがローの額に手刀を落とした。









Next

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ