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□12.時化
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12.時化
「大時化!みんな位置に!!しばらく踏ん張ってね!」
「いい天気だったのにな〜!あいつが言うなら本当に来るからな。」
「お!トラ男がもう働いてる!ゾロは?」
「寝てるよ。大酒飲んで、廊下で大の字で寝てるの見たぜ。」
ウソップとルフィがそんな会話をしていると、ナミから怒号が飛んだ。
「こらそこっ!!大時化って言ってるでしょ!!危ないんだからちゃんとやって!!!」
「「ハイッ!スミマセンッ!」」
クルーが全員(ゾロを除く)動き出したところで、穏やかだった海は牙を剥いた。
雷が鳴り響き、大粒の雨が甲板を叩き、目の前も見えないほどの有様。
「だめだっ、雲が切れない....!」
風も強く、ナミの小さな体では危うく飛ばされそうになっている。
しっかりと船体にしがみついて、堪え忍んだ。
風雨が去った時には皆んなもうヘトヘトで、ナミはあまりの疲労にぼーっとしながら船内を歩いたので、足元を全く見ていなかった。
むぎゅ。
何かを踏んでやっと足元を見た。
まりも?
さっきの波に打ち上げられたのかしら。
随分大きい.....ってそんな訳ないわね。
ふつふつと、ナミの心に怒りが湧き上がってきた。
こいつは、あのクソ忙しい時に、こんなところでずっと寝ていたと言うのか。
いつも思うけどある意味すごい。
死んでるんじゃないかと思って、試しにむぎゅむぎゅと体の上を一往復してみる。
起きない。
ナミは男の寝顔を見る。
二年前、この男の全ては私のものだった。
だんだんと、胸の痛みも治まって来ていたけど、そう思うと切なかった。
ナミは考える。
ただの仲間だった頃は、どうして接していただろうか。
今ではもう思い出せない。
でも、普通にしなければ。
そう思って、ナミはゾロの上でジャンプした。
そして、その腹に両膝を刺そうと空中で膝を畳んだ。
「.......っっっぶねー!!!さすがに死ぬぞ俺でも!!」
ただならぬ殺気を感じて、ゾロは一瞬のうちに目を覚ました。
全体重と重力を込めて膝をゾロの腹に突き刺そうとしていたナミの脇に済んでのところで手を入れ、ぶらりとナミの体を持ち上げてその膝が自分を攻撃して来るのを阻止した。
「あんたはいつまでもグースカグースカと....この大変な時にこんなところで寝てるのが悪いのよ!往生しなさい!」
「往生ってお前......」
ナミに触れるのすら久しぶりだ。
二年前には自分の手の中にあったのに。
しかしその体はぐっしょりと濡れていて、セーターが水を吸って重くなっていた。
最近、暑苦しい格好をしているなと思っていたが、ナミはこのところ露出の高い装いをしなくなった。
「.....嵐か?」
「特大のね。次からはこうして起こすから。」
ナミはゾロから離れて去って行こうとする。
ゾロは慌てて口を開いた。
「待て!.....ずっと話したかった。お前は終わったと思ってるのか知らねぇが、俺はそう思ってねぇ」
お前を待って、酒を飲んでいたなんて、言えないけど。
「....何を?あんたが言ったのよ、私みたいな女は願い下げだって。」
冷めた目でそう言うと、また胸が痛くなったが、ナミはゾロにわからないように息を整えて心を落ち着けた。
私は嫉妬深い。
こんな自分だから、だめなんだ。
「それは....っ、お前が鷹の目と....」
「したわ?それがなに?」
あの時、自分で立つのがやっとだった。
「....っ、お前はそれでいいのかよ。」
「いいわ。私以外に触れられる男なんて、いらないの。」
なのに、自分は鷹の目と関係したし、触れられないように、服や態度で壁を作っている。
もう好きな人が、他の女に触れるところを見たくなかった。
ーーしょうがなかった。
「...?...何の話をしてんだ、お前は、ずっと....」
ナミは一粒だけ、涙を流してしまった。
我慢していたはずなのに。
「私、嫉妬深いの。もう、無理なの。」
「言ってくれなきゃ、わからねぇよ....」
涙を拭ってやりたいのに、それをナミは許してくれない。
泣いている顔を見るくらいなら、他のことなんか、何もかも取るに足らない事のように思えるのに。
「.......ゴーストの子と....ホテルにいたのも、遊園地に行ったのも、仲が良さそうに話してたのも」
ナミは横を向いて、床に向かって話していた。
「たしぎを担いでたのも、見ていて辛かった....」
助けるためだと、ちゃんとわかっているのに。
私は、心が狭い。
好きでいてくれるはずがないと、思うくらい。
「もう、耐えられないの。」
「それは、悪かったよ.....お前がそんな風に思うなんて、思わなかった。」
いつも、気丈で、怒っていて、前しか見ていなくて、俯くことなんて、ないのがナミだったから。
自分にはそんなつもりがなくても、そう思っていたなんて。
「でも、二年間、俺はお前がずっとーーー」
「はくしゅっ」
ナミは全身ずぶ濡れだった。
きっとさっきの嵐で同じようにびしょ濡れになった他のクルーも、もう風呂や着替えを終えている頃だ。
ナミは寒さに震えていた。
両手を組んで濡れたセーターを握りしめて、横顔は床を見ていた。
震える唇は青くて、何かに耐えるように下唇を噛んでいる。
頬に張り付いた髪が濡れていた。
惨めな姿だとナミは思った。
あの朝に戻りたい。
仲間に戻ろうと、がんばれた朝に。
ゾロは続きを言うのを諦めて、息を吐いた。
このままでは、風邪を引かせてしまう。
ドラム王国に行くまでの間、ナミが苦しむ姿を見て自分は生きた心地がしなかったことを思い出した。
「....風呂、行って来いよ。あと、手伝えなくて悪かった」
ゾロが言うので、ナミは何も言わずにその場を後にした。
ナミには、やっとちゃんと別れられたという気が、した。
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