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□13.お水ちゃん
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13.お水ちゃん











図書室は風呂の下にある。
浴室に行くには図書室内の梯子を登らなければならない構造だ。

ナミはふらふらと図書室に入って、梯子に手をかけた。

訳もなく、涙が溢れて来た。

本当に終わっちゃった。

私の初恋。


初恋は実らないと聞くけれど。

私だって、例外じゃなかった。


「.....ふっ、うぁ....っ」


喧嘩別れした時は、その後に目まぐるしい事件が勃発し過ぎて、こんなことにはならなかったのに。

なんで、今になってこんなに涙が出るんだろう。

ナミは梯子を登るのを諦めてずるずると床に座り込んだ。

早く着替えないと。

でも、涙が止まらない。


嗚咽に混じってカタリと物音がしたのに気づかず、ナミは突然の声に飛び上がった。

「そんなところで何してる。」

ローがすぐ後ろにいて、ナミは慌ててびしょ濡れのセーターでずるずると涙を拭った。


「別に!お風呂に行こうとしただけ!」

「なら早く行け。数分前からここでズルズルしてただろ。」

「なっ....!」

見てたの!?とナミがローを睨む。

「俺が風呂にいたらお前が下に来たんだよ。どっかの誰かがこき使って来るんで、びしょ濡れになったからな。」

「人をこき使って来るのはあんたの方でしょ!」

すっかり涙が止まって、ナミは元気を取り戻していた。

そうか。

今までは、ローがいたから、私元気だったんだな。

「言われなくても行きますから!覗かないでよ!」

「ほう、それは覗けと言うことか。」

「ち、が、い、ま、す!」

ベーっと舌を出すナミにローが言った。

「早く行け。唇の色が悪い。いくら健康でも、濡れたまま放っておけば医者の世話になることになるぞ。」

「それは困るわね。」

ローに診察されたくないナミはハハ、と笑った。
魅力的な笑顔だった。

「じゃあね、死の外科医さん。」

梯子を登るナミを見上げてローが言った。

「惜しいな、スカートなら中が見え...」

「うるさい!!」


叱咤して、上を向く。
涙が止まった。
一生止まる気がしなかったので、よかった、と胸を撫で下ろしながら、ナミは鏡の前で笑った。

セーターを脱いで、下着を取る。
濡れたズボンを脱ぐのには苦戦して、パンツを脱ごうとした時、鏡に写り込んだ後ろに忘れ物があるのに気がついた。

これ、ローの刀かしら。

ま、いいか、と思ってパンツを脱ぎ、温かい湯に浸かった。

「気持ちいい....」

心が解けるようだと思っていると、浴室の外に人の気配がした。

「....誰!?」

「...忘れ物だ。」

ローと思われる黒い影が見えて、ナミは肩までお湯に逃げ込んだ。

それで出て行けばいいのに、ローが浴室の扉を背にもたれて座り込んだ。

「なっ、何してるの!?」

「別に。話し相手になってやろうと思ってな。」

そう言えば、雨が降る前、ローが変なことを言っていた。
別れるならちゃんと別れろだの。なんだの。

ナミはちゃぷんと口元までお湯に入って、ぶくぶくした。

もしかしたら、さっき泣いてたことをわかった上での優しさかもしれないなと、何となく思った。
そういう所が、ある人なんだ。


「.....ちゃんと、別れたわよ!」

ちゃぷ、と水音をさせてナミが言った。

「初恋は実らないって言うけど、あれ本当ね。私ほどの可愛い女の子でも、だめな時はだめなの。残念だけど。」

「....よくそんなことを自分で恥ずかしげもなく言えるな....変な女。」

「なっ!あんただって!」

「うるせーな。騒がしい女は嫌いだ。」

「...じゃあ構わなきゃいいじゃない。本当失礼ね、あんた。」

「そうしたいけどできねぇんだよ。むかつく。」


デジャヴを感じた。
むかつくけど、むかつくけど、でも目が離せない。

ナミはひとつ決心しながらシャワーを浴びて、身体を洗った。

「ロー、出るから、どっか行って。」

「....どっかって.....」

ローが独りごちると、ナミが笑った気配がした。

「私の机にウォッカを隠してるの。アクアビットもあるわよ。ロー、北国出身でしょ?今日は飲みましょ。」

ローは思わぬ誘いに従順に従った。





二本の瓶が並んで、グラスも2つあった。

嫌なことを忘れるには酒を飲むに限る。それもうんと強い酒を。

しかし、一つ問題があった。

寝間着にゆるい服を持っては来ていたけれど、下着を持って来るのを忘れたらしい。

こんなことがバレたらローに何を言われるか。
ナミの中でローはすっかりセクハラ上司だったので、できるだけ悟られずに問題を解決したい。

ナミは下着を取りに帰ろうと部屋に戻ろうとしたが、机を家探ししたローが準備を整えていて、さあ飲むぞとばかりにグラスを突き出してきたので閉口してしまった。

まぁ、誰も見ていないか。

いや、でも、氷がないからそれを口実に部屋に戻ろう。

「あっ、ロー。氷、氷もらってくるから。」

ちょっと待ってて、と言うと、間髪入れずにローが言った。

「ノースブルーではストレートが基本だ。氷がなくても問題ない。」

それに、と続ける。

「女があまり体を冷やすな。氷は要らない。」

どこかの王様のようにどっかり座って言うローに、ナミが汗を垂らす。

「さあ注げ、部下。」

「誰が部下よ!」

言いながらナミがローのグラスにウォッカを注いだ。

「よく飲むの?」

「たまにな。」

透明な液体が注がれて、2人同時に煽る。
豪快な飲みっぷりに自然と頬が緩んだ。

「美味しい。でもこれだけで足りるかしら。」

「おいおい...40度の酒だぞ」

どんなけ飲む気だと、2つの瓶を交互に見ているナミを見た。

ナミのペースは尋常ではなく、自分に注いではこちらのグラスにも注いで来ようとしてくるので、ローは2回に1回断ることにした。
こちらの身が持たない。

「なによ!全然飲んでないじゃない!」

酔っ払いのおっさんの上司のようなことを言うナミに、ローは注がれそうなグラスをナミからできるだけ離すことに多大な労力を費やしていた。

ナミも負けじと瓶を差し出す。

「私が注いだ酒が飲めないって言うの!?」

「うるせーこの酔っ払いが....」

ナミが自分の太ももに登って注ごうとする。

胸が顔に押しつけられてローはカチリと固まってしまった。










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