novels
□2.
1ページ/1ページ
2.
ーー女神は天岩戸に籠ってしまった。
何度かドアの前に人の気配がした気がナミにはしたけれど、ノブを回して鍵がかけられていることを確認したきり居なくなった。
測量室で日誌を書くことに没頭していると、いくらか気持ちが落ち着いた。
仕事をするに当たっては、余計なことを考える余地もないのがナミの常だったので、御誂え向きと言えるだろう。
なのに、事細かに1日の出来事に言及して行くうち、内容が食糧の備蓄に関する情報になり、ナミはハァと息を吐く。
こうして日毎に管理して行かなければ、命に関わる事態になるのだ。クルーの命を握るキッチンの主が嫌でも連想される。
ーーこれだから、仕事に恋愛を持ち込んではいけない。
どんなに辛くても、サンジとは顔を合わせなければならず、二人とも常識的で能力が高いので船での雑務を一手に請負っているからだ。
普通にしよう。
何もかもなかったことにしよう。
サンジくんと付き合ってきたことも、さっき深刻そうな二人を見たことも。
別に、以前に戻るだけだし。
簡単簡単。
大丈夫。私は強いんだから。
その時上の浴室でガタガタと音がしてナミは手を止めて天井を見上げた。
誰か入っていたのか。
気づかなかった。
それでもまたノートに視線を落として。
梯子を下りて来たゾロはナミがいることに驚いて梯子をずり落ちた。
ナミは机に向かっているので、そんなところを見られずに済んで良かったけれども。
「大丈夫?」
見られていないと思ったのに、後ろに目があるのかこの女は。
「いや...別に...」
ばつが悪そうに言うゾロにナミが立ち上がった。
機嫌の良くなさそうな様子で近寄って来るナミに男は少し狼狽する。
「はい。ごめんね」
ナミはゾロを通り過ぎてパチリと扉の鍵を開けた。
「鍵かけてたの。もう通れるわよ。」
「は?鍵?なんで」
「...ちょっとね。誰も入って来て欲しくなかったの。」
床を見て俯く姿にどきりとした。
寂しそうで。
「誰が」
「...コックよ。付き合ってたの。もう向こうは違うみたいだけど。」
...........初めて知った。
何故か、頭を殴られたような衝撃にゾロは言葉が出なかった。
大変な情報が処理できるよりも多く入って来たので頭が混乱する。
「な、ん.....お前でも、飯は。」
「今日は要らないわ。まあ、明日からはそう言う訳にはいかないけど。....別に大丈夫だし」
自分に言い聞かせるように言って、ナミは机に戻った。
ゾロは自然と、口を開いていた。
「話聞く奴、必要か?」
それはいつもはロビンの役目だったけれど、もしさっき見た光景が思った通りの結果だとしても、それでも彼女を嫌いになれない自分に気がついて、ナミは目に涙を浮かべた。
「うん....うん、ありがとう。じゃあ、待ってる。今夜、飲みましょ。」
はい。とナミがこの部屋の鍵を渡した。
白い指が触れた手が、さっと熱くなるのにゾロは気づく。
それが何を意味するのか、妙に腑に落ちた気がした。
そう。きっと。
鍵を開けるゾロの手は少しおぼつかない。
いつものように酒瓶と、食事を取っていないナミに、干し肉を何とか手に入れて持ってきた。
部屋に入るとナミが机にうつ伏せていた。
寝ているのか、規則正しく背中が動いている。
少し拍子抜けして息を吐くと、閉じられた目から涙が流れていた。
それでまた、衝撃が来る。
涙を流すほど、好きな男がいたのだと。
いつも薄着の航海士は今日も水着のような格好だったので、羽織らせるものを探すが見つからない。
仕方なく自分の服を脱いでかけてやって、ソファに座って長く息を吐いた。
自分は無精だし鈍感な部類であるだろうし、気にならない訳ではなかったけど付き合っているなんて露ほどに思いもしなかった。
全く気づかなかったのは、それなりにナミが気をつけていたのだろうと言う気がする。
だって、船のことに関しては誰より真面目な奴だ。
私情を持ち込むことをしなさそうな分、抱えているのだ。寂しさとか、悲しさを。
「ん....ゾロ....?」
かけられた服の端を合わせるように掴んで、ナミが目を擦った。
「寝てた.....今何時?」
「寒そうな格好して寝てんな。風邪ひくぞ」
「なんかこの服臭うけど洗ってる?」
全く噛み合わずに好きな事しか言わないナミにゾロがため息を吐く。
「あ、持って来てくれたのね、お酒。」
ナミが表情を明るくした。
「じゃじゃーん。ここにもあるのよ。私のコレクション。」
机の一番下の引き出しを開けると、ぎっしりとアルコールの瓶が入っているのが見えた。
「この酒飲み。」
「あんたもでしょ。」
にこっと笑う目は少し赤い。
何故だかそれが無性に切なくて、男は憮然とする他なかった。
Next