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□悪魔
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悪魔は囁く
SNLaw







「ねーナミさん、怒ってる...?」

「別に。」

「うそ、怒ってる。」

「怒ってなんかない。怒る価値もない。あんたに割く時間なんてない。」

つーんとして机に向かう航海士の後ろにコックは正座していた。

魚人島から次の島へ向かう航海に入ってこちら、ナミはずっとサンジに辛辣だった。

原因は明らか。

自分の男が、人魚に鼻の下を伸ばしていたらいい気はしない。
尚且つ、失血に心配もした。
しかしその原因だってよくよく聞いて見れば人魚の胸に挟まれたからだなんて、情けなくて涙が出てくる。

嫉妬深いタイプではないと、自分のことをそう思っていたのに、今回ばかりは度が過ぎている。
たまたまムシャクシャしていたと言うのもあるかもしれないが。




魚人島に行く前、過去のトラウマを心配してくれていたサンジを忘れてなんかいない。

ベッドの上で、事後に真剣な顔をするのは珍しい。
ナミは金髪を手で梳きながらどうしたのと言った。

「いや....次の島に行くの、ナミさんは大丈夫かなって思ってさ。」

「...あんた人魚人魚って言って鼻の下伸ばしてたじゃない。どの口が言ってんのよ」

「じゃなくて、故郷のことが、あるだろ?」

どんなに側にいても、ナミの経験したこと全てをわかってあげることはできない。
ただ寄り添うくらいしかできない。
けど、ナミの心の側にいたい。

思いつめる男の顔を見てナミはそんな優しさと謙虚さをサンジから感じた気がした。

あまりに真剣な声音に、ナミは戸惑う。
その戸惑いすら感じてくれて、温かく頭を包み込まれた。

「大丈夫。俺が側にいるからね。」

その腕の中でわからないように涙を流したことを、この男は知っているのだろうか。

聡い男だから、わかっていたかもしれないけれど。

「....どうせ、人魚のとこに行っちゃうんでしょ」

「あれっ、ナミさんヤキモチ?」

「!!うるさい!!」



その時、どれほど心の深い場所にこの男がいるのかがわかってしまったのに、現実はこの体たらく。


自分は嫉妬深いタイプではなかったはずなのに。





「すみませんでした。」

「何に?何を謝ってるのよ。言った通りじゃない。私を置いて人魚のとこに行っちゃうことなんて、わかってたもん。だから別に怒ってない。ただ....」


愛し続けることが、難しくなっただけ。


これを言ったら、また面倒くさくなるだろうな、と思って、言わなかった。

ナミはツーンとするのも忘れて視線を床に落とす。

するとサンジがそーっとナミの膝の上に頭を乗っけて来た。

「....何よ。」

「許して。」

「許すもなにも怒ってない。下りてよ。1分10万ベリー!」

「払います。」

払うのか...と拍子抜けして肩の力が抜けたのがわかった。

膝をさすられてもう何もかもどうでもよくなってくる。

「あんたが払うって言ったって...この船のお金じゃない。外資を稼いできなさいよ、外資を。」

ナミはブツブツと言う。


サンジが機嫌を取ろうとあの手この手を尽くして来るので、結局いつもうやむやになってしまうのだ。

深海1万メートルから上がって来たって、何も変わらない。

厳密に言えば、付き合っているのかもわからないような関係なのに。

体は許しているし嫉妬だってするけれど、向こうの性格がアレなので、深入りするのも考え物だと思っている。

惹かれるところは確かにある男だけれど。


「ロビンちゅわ〜〜〜ん!!」


これだものね。

恋愛なんて、そんなくだらないことで悩みたくないのよ。

きっと、この男を本気で好きになったら、どうしようもなく傷つく。
傷つき続けることになる。

今でさえ、少しかすり傷が痛いのに。

だから、深入りはせずに、クールにクールに。





「トラ男くん。」

「ナミ屋、針路のことだが。」

パンクハザードでローを拾うと、まるで仲間が増えたような錯覚に陥った。
だってルフィがローを好いているようだったから。

「...うん、わかった。トラ男くんも航海の心得があるの?クルーを置いて来てるって」

「まァ、少しはな。うちの航海士は...」

「ハイ、スミマセンンン〜!!何を二人っきりで話してンのかなぁぁぁァ?」

トラ男と話していると、決まってサンジが間に文字通り挟まってくるのも毎回だった。
ナミはうんざりして無視する。

自分は他の女にでれでれするくせに、私にはだめだなんて。

「...ナミ屋も大変だな。」

意地悪く笑って去ろうとするローに、頭に血が上った。

自分の心を見透かされて嘲笑われたように感じて、女のプライドが傷ついた。

よほど変な顔をしていたのか、ローがじっと見てきたかと思うと、また鼻で笑ったのだ。

どうせ、他の女にでれでれされる程度の女ですよ私は!!

「トラ男くん!待って!まだ話したいわ、二人っきりで!!」

語尾を強調してローが見えないようにナミの前に立っていたサンジを押し退けた。

サンジはこの世の終わりのような表情をしたが、ナミはいい気味だと思う。

ナミはローに並んで歩いた。
どうせ用事もない本好きな居候は図書室に行くのだろうから、丁度良い。
サンジにも、少しは人の気持ちもわかってもらえればいい。


「いいのか、死にかけてたぞ、あの男。」

「人魚に興奮し過ぎて死にかけたこともあるの。ちょっとこらしめてやらないと。」


ズキリと、胸の奥が痛い。
重症にならないうちに、クールに装う必要があるのだ。
なんとか、サンジを愛さずに済む方法を探している。

「難儀だな。」

「...何がよ」

「人の女には手を出さない主義だが。」

「あら、海賊のくせに、お行儀がいいのね。」

妖艶な女の顔でにっこり笑う。

「その顔よりも。」

ローがナミの顎を掴んだ。

「黒足屋に、嫉妬する顔の方が唆られた。」

「!!嫉妬なんか...!」

「してみろよ。もう一度、あの顔。」

気位の高い女の、本当は天真爛漫な女の、賢さ故の葛藤が面白い。

自分を当て馬に選んだことも光栄だ。

「やだ、トラ男く...」

「嫉妬させてやればいいんじゃないのか?さっきみたいに」

悪い男がニヤリと笑う。

「お前が俺で構わねぇなら。」

部屋に閉じ込められた細い腕。
掴むと折れそうで乱暴には扱えない。

「そうね、あんた悪い人じゃなさそうだし。」

「男を見る目がないお前に言われてもな。」

「うるさい!」

チョップした手を掴まれた。
そのままその手を引かれた。

唇を押しつけられて頭を固定されると、もうそのキスの餌食になってしまったのだった。










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