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□人魚姫5
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「え?違うの?そんな格好で?」

「違うの、これは...!!」

扉の前で押し問答する2人がいた。
片方はメイド、片方はバスタオル一枚、どちらも相当の美女だ。

「あ、声出るようになったのね。」

「あ、そうなの。おかげさまで。」

「寒いだろう。早く服を出してやれ。」

「あっ、はいはい。」

パタパタとベビー5が行ってしまったので、ナミの顔はすっかり青ざめた。
背後のドフラミンゴを振り返ることができない。

「そんなに怖がるな。何もしてねェだろう。」

確かに。何もされてないけれど。

「だって、あ、あんたがお、お世継ぎとか、言うから...!!」

身の危険を感じるのも、無理はない話だ。

「だから、良いと言うまでは待つ。命を助けられた礼に。」

「ちょっと待って!!それ、本当お礼になってないから!!」

この王様、ズレているとナミは思う。
無人島で出会った男とは別人のようだ。

あの優しい目、優しい腕、抱き上げられた時の匂いが忘れられない。

早く仲間の元に帰らなければ、取り返しがつかなくなるような気がするのに。

「私に船をちょうだい......他には何も要らないから......」

ドフラミンゴはサングラスの奥で目を見開いた。
俯くナミの姿を見て、初めての感情を覚える。

特別な体験をした。
初めての経験をした。
砂を払った手、自分を運んで疲れきった女の眠る顔が、忘れられない。

ーー思い通りにならない。
力づくでは、思い通りにしたいと思わない。

素顔の自分に、ホッとした顔をした。
男にとって素顔を晒すことは本心を晒すことだった。
その心の方にこそ安心した顔をした。

別人だと思っていたと言って、その本質を捉えていた。

そう。
彼にとっては、違う誰かになるほどのことだ。
確かに自分だけれど、誰にも触れさせずに来た、純粋な子供のような高潔な自分だった。
どんなに手が汚れていても。


「...もし、お前を愛していると言ったら、婚姻してくれるのか。」

ドフラミンゴはサングラスを外して言った。
ナミは自分の、心の奥こそを見ているという、自分の勘を信じた。
そこには、幸せだった頃の小さな子供が、純粋なままで眠っていた。
家族を愛し、弟を愛し、自分と同じ境遇の誰かを愛するような子供だった。

「そ....そんなの....」

男の唇が近づく。
逃げる時間の十分にあるキスだった。
なのに、ナミは逃げようとしなかった。
肩をつかむ手は優しくて、その視線は本当に柔らかかった。

唇に触れるか触れないか、その時。




「はっくしゅ!」
「若様〜〜!ナミ〜〜!服持って来たよ〜!」


バターンと扉も開けられて、ドフラミンゴはスチャッとサングラスをかける。

盛大にくしゃみをしたナミは鼻水をかんだし、ベビー5は部屋にナミの服を大量に持って来た。

「くしゅん!くしゅん!」

「あーほら〜ナミ、バスタオル姿でうろつくから。」

「う〜、られのせいよ。」

プルプルと震えているナミにカーディガンを羽織らせて、ベビー5が煙草をふかす。

「やだ、この子熱い。若様」

「....仕方ない。この部屋でいいから休ませてやれ。」

ベビー5に世話を任せてドフラミンゴは執務に戻ったのだった。

しっかりと素顔は隠して。










早く仲間の元に戻りたいのに、今度は熱なんて。

嵐、遭難、バスタオル一枚でウロウロ、と来ている。
そりゃ風邪の一つも引く。

ナミはその後2日そこで寝込んで、その間甲斐甲斐しくベビー5に世話をされた。

3日目風邪が治った時にはすっかり仲良くなっていて、朝お粥を運んで来てくれたベビー5をナミは笑って出迎えた。

「おはよう、具合どう?」

「もうすっかり良いわ。色々ありがとう。」

「私、風邪の人の看病するの好きなのよ。必要とされてる感じがするから。」

食事の支度をしながらベビー5は言った。
ナミは彼女の問題点にもう気づいていたが、何も言わなかった。
いつか良い人にさえ恵まれれば、幸せになれる素直な人だと。

「昨日も若様、ナミについてたんでしょ?」

「まあ、彼の部屋だものね、ここ...」

ベッドはいくらでもあるはずだけれど、夜になると現れていた。
何を話すでもない、ただ毎夜側に座って。

「ジョーラ達はお世継ぎもそう遠くないって言ってたけど。風邪とか耳に入らないみたい。」

「イヤイヤイヤ...」

何とかして、ここを脱出しなければならないのに。

「あの人、いい年じゃないの?奥さんの一人や二人いないなんて」

ナミがベッドから上目遣いで見上げる。
誰か後宮の存在さえ仄めかしていたのに、あり得ない。

「そうね〜女の人は顔を覚えられないくらいたくさんいるけど、ナミは若様の部屋にいるんだもん。特別ね。」

あっちは大奥みたいになってるわよ、とベビー5が手を上げる。
どこかそういう場所があるのだろうか。
ナミは何とも言えずに苦虫を噛み潰したような顔をすることしかできなかった。

「そういう仕事の女ももちろんいるわ。私だったら、誰でも必要とされるだけで嬉しいけど、若様モテるしね。若様にならどこへでも着いて行くわっ!って女もまあ何人かはいるでしょうね。」

温かいお椀を渡されて、受け取る。
ナミはお粥を見ながら呟いた。

「...顔に似合わず、派手なのね。」

顔に似合わず?とベビー5が聞き返した。

「私は、若様は素顔の方がいいと思うけど。」

あんなサングラスしなくたって。

「え!?ナミ若様の素顔見たことあるの!?」

ベビー5が煙草を落としそうなほど大口を開けた。

「すごーい!ファミリーの誰も見たことないのに!20年くらい一緒にいるけどサングラス外した所なんて見たことないわ!」

「それは...海に落っこちてたんだもん。不可抗力よね。」

あの時、助けたいと思ったから、力が湧いて来た。
薪の爆ぜる音、大きな手、優しい目。
振りきれない。頭から離れない。

「ナミが泳いで若様を助けたんでしょ?本当にまるで人魚姫よね。若様は王子どころか国王だし、ナミの声も出るようになったし、海上で結婚式するのね、ロマンチック〜!」

式場を押さえないと!と目元を緩ませるベビー5を、ナミは浮かない表情で見ていた。

でも。

もしここを出してくれなかったら。

私は船に帰れない。

逃げたら、殺されるかしら。

海軍に突き出されるかしら。

ーーーどうする。

体の調子が戻って来た今、真剣に考える時が来た。
逃げるしかない。
逃げて、走って、小船を見つけて新世界の海に出る。

この国を上空からちらりと見ただけのナミには途方もないことのように思えた。

ーーーでも、やらなくちゃ。

クリマタクトはある。
ルフィのビブルカードもある。

ナミは決心して、朝食をかきこんだ。










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