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□人魚姫9
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人魚姫9










引き寄せられると体勢を崩して男のコートに顔がぶつかった。
ナミはびっくりして上を見る。

「何を根拠に俺を信じてやがる。俺より強いとも思えねぇお前が。」

「え、なに...」

「何を企んでる。」

こちらの思惑がバレてるの?
私はただ、ローが船を持っていればドフラミンゴを裏切って逃げることも辞さなかったのに。

「何でそう思ったの?」

ナミは掴まれた腕を振り切ると部屋に入って堂々とベッドに腰掛けた。
そういう態度が、危機感がなくてローにとっては違和感がある。

「俺が危害を加えるとは思わないのか。海賊だぞ。」

「寝てる私にも危害を加えなかったあんたが、今更私に無体をするかしら。」

「それにしたって弱い女にしては馴れ馴れしい。」

「それは...嫌だったら謝るわよ。ごめんなさい。」

だって、手っ取り早く仲間の元に帰りたかった。
誘惑して、目的の物が手に入るなら何でも良かった。

部屋中に目を光らせたが目的の物はなさそうな気がする。
と言うのも、部屋には何もなかったからだ。
椅子と、机と、ベッドと言えば聞こえがいい、ソファベッドが置いてあるだけ。

これは骨が折れると思う。
だってSADの製造法が書かれた資料なんて、何処にあるのか見当もつかない。

ローは私を助けた。
診察をし、唯一深手だった腕の傷には絆創膏が貼られていた。
それを貼っている所を想像して頬が緩む。
こんなに無愛想な顔をしてるのに、生真面目なのねと。

信用して、全て話してしまおうか。
ドフラミンゴと通じ、モネに監視されていると。
それは少し時期尚早か。

「....どこ行くの?」

「この部屋はお前に譲る。まさか一緒に寝る訳にも行かないだろう。」

「行くとこあるの?」

「昼間寝るからいい。」

「いいわよ、ごめんなさい。ここにいてよ。一緒に寝れば良いじゃない。」

ローは肩をずるりと落とす。
この女は、何を言っているのか。
男女同室の意味をわからない歳でもあるまい。

「毛布ひとつ?私細いから、二人でも大丈夫よ。一緒にくるまればいいわよね?」

子供に言い聞かすように言う女に、ローは言葉を失う。
何故、俺がこんな心配をしないといけないんだ。

寡黙な人間とナミは相性がいい。
ゾロがそうだ。
言いくるめられてしまう。
何故か言うことを聞かないといけないという気がする。
私の言うことは聞いて当然と心の底から思っているその場所から人を扱って来るからだ。
口では抵抗できないが、武力も何故か行使できない。

結局、背中合わせになって横になった。
密着する背中が暖かい。
体温の低い男には、熱すぎるほどの熱。

あの父のような、兄のような人と、こうして外で眠った夜もあった。
音のない、優しい静寂の中で、その温もりが、愛が、どれほど幸せだったか。

そんな記憶が呼び覚まされて、ローは息を吐いた。

変な気を起こすかと思っていたのに、自分の感じたものは心が溶けるような温もりだった。

そうだ。
泥棒猫なんかには、性的な魅力なんて一抹も感じない。
まだ20歳そこそこの子供だ。
全く、魅力なんて感じない。
なんにも、感じない。
全然、全く、一抹たりとも。

すー、すーと柔らかい寝息が聞こえて来て、ローはそんな呪文を唱えながら、それでもその寝息に同調して眠りについてしまったのだった。








夜中、ローが隣で寝ているのを確認して、ナミはゆっくりと起き上がった。

まさか、手を出して来ないとは。

どこまでも真面目な男だ。
海賊のくせに。
それとも女には興味がないのかもしれない。

どちらにせよ、男を寝かせることがナミの目的だったので、ナミは夜目が利く目をじっくり光らせた。

SADの製法が書かれた資料。
ひとまずこれを手に入れることが先決だ。
探し物は夜に限る。
ローがこの部屋以外のどこに出入りしているかもわからないので、ナミは隠す場所すらなさそうな部屋から外へ出た。

研究所は24時間照明が点いているようだ。点々とする足元の明かりを頼りに、ナミは施設を改めた。


盗ったものをどこに隠すか。
ナミは自分の経験を頼りに考えを巡らせる。
私なら、目の届かないところには置かない。
あの部屋にないならその他に、ローが出入りしそうな場所を探す。



その時、得体の知れない音がした。
ナミはビクビクしながら廊下を歩く。


「うっ...ふっ....ぅえぇ...」

泣き声。

ナミは足を止めた。

子供の泣き声が、聞こえた気がする。
ナミは一度通った道は忘れないけれども、ここはさっき壊された子供部屋からは離れている。
と言うことは、誰か部屋から出てきてしまったか、迷って心細くなってしまったか。

何にせよ、ナミは怯えていたことも忘れて泣き声の主を探した。

「どこにいるの?」

泣き声が息をのんで止まった。
ナミは不用意な自分を叱咤する。

「驚かせてごめんね。大丈夫?あなた、もしかして子供部屋にいた子?」

廊下を辿っていたナミは、薄っすらと光の漏れる扉に気づいてゆっくりと開けた。

廃屋と言う言葉が頭を過った。
使われていない研究室。
荒れ果てて、誰も出入りしていない風情の。

大きな女の子が、隠れたつもりで部屋の中央の物影から見えていた。

女の子はこちらの姿に気づいて、涙をぽろぽろ流していた。

「私はナミ。大丈夫よ。怖がらないで。」

ナミが名乗ると、その言葉に女の子は少し安心したようだった。

「お姉ちゃん、初めて見る...外から来たの?」

「そうなの。仲間とはぐれちゃって。あなたはなんでここにいたの?」

ナミが柔らかく聞くと、またぽろぽろ涙が出てきたようだった。

「あのね、お父さんとお母さんに会いたくて...怖くて。わたしたちずっとここにいるの。病気だからって。でも、ずっと会えないの。病気も、良くならないの。」

「待って、この施設は何なの?お父さんとお母さんに連れて来られたの?」

「ううん。悪い病気だからって、うつるからって、挨拶もできないままだよ。同じような子がいっぱいいるの。あの部屋にいると、何だかぼーっとしてきて...だから、怖くなって、シンドが壊した壁から出て、ここに来ちゃったの。そしたら、戻れなくなって、怖くて...」

黙って女の子の背中をさすりながら聞いていたナミは言った。

「そうだったの。もう大丈夫よ。」

もう大丈夫。

その言葉に言外の強さを感じ取って、女の子は涙を拭った。

「お姉ちゃん、ナミって言うんだね。わたしはモチャ。また遊んでくれる?」

「もちろん。しばらくここに居ることになりそうだから、明日また会いに行くわ。」

「約束だよ。」

「うん。眠くない?ここじゃ寝れないし寒いから、お部屋に戻ろうか。風邪引いちゃう。」

「お部屋...そうだね。行こうか、ナミお姉ちゃん。」


ナミはモチャを部屋に送った後、部屋に戻ってローが寝ていることを確認した。

子供のような寝顔だった。
あんなに隈が深いから、よほど睡眠が足りていなかったのだろう。

かわいい寝顔してるじゃない。
死の外科医とか呼ばれてるくせに。

ナミはそーっと元の体勢に戻ろうと、毛布の中に入った。
すっかり男の体温で温められた毛布は居心地が良く、すぐに眠りに落ちてしまった。









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