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□人魚姫10
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人魚姫10
ローは朝起きて、目の前の光景に声を上げそうになった。
いい匂いとしか言えない女のオレンジの髪が目の前にあって、温もりを求めて抱きつかれていた。
驚くことに、自分の腕も女の体に回されていた。
服は、着ている。お互い。
ベッドで抱き合って清い朝を迎えてしまうなんて、どうかしてると思いながら、今起きられても困るのでローはその手をどうすることもできなかった。
できればそーっと抜け出し、何事もなかったかのような顔をする時間が与えられなければ冷静でいることができそうになかった。
「ん、ん...」
唇から漏れる声にどきりとする。
だめだ、今起きられたら何の言い訳もできない。
ナミの腕がぎゅーと殊更強く体を抱きしめて来る。
色んな所が密着してたまらなくなった。
もうこれ以上は我慢してやれない。
「あ、ロー、おはよう」
ナミは目をぱちりと開けて、こちらを見るともなしにあくびをした。
そのついでに体を起こして、伸びをしていた。
ローはナミの背中に手を回していたままの姿勢で固まっているにも関わらず。
「この部屋、寒いわね。上着がもう一枚欲しいわ。」
自分の肩をさするナミに、ようやくローも体を起こしてベッドに座った。
久しぶりによく眠れた。
頭がすっきりしている。
ーー違う意味ではすっきりしていないけれども。
「ねぇ、やっぱり考えたんだけど。」
ナミが自分を見たのでどきりとした。
「やっぱり子供たち、診てあげてくれない?おかしいと思うの。壁を壊したのも、親に告げずに連れて来られたのも。」
誘拐だ。
おそらく、そうなのだろうと思った。
子供ばかりを集めて、しかも、あの巨体。
おかしい。
何かあってはならない事が、起きているような感覚。
しかし自分は医者ではないので、誰かに診察してもらわなければならない。
病気なのか、そうでないのか、そうでないなら、何なのか。
「ね、行きましょう。ちょっと寝過ぎちゃった。約束してるの。」
ローはぐいぐい引っ張られて、子供部屋に連れて行かれた。
「ナミお姉ちゃん!!」
「モチャ!よく眠れた?」
「モチャ〜そのお姉ちゃんだれ〜?」
壊された壁から、空が描かれた明るい壁紙の部屋に入ると、子供たちがわらわらと寄ってきた。
「ナミお姉ちゃんだよ。遊びに来てくれたんだって。」
「最近新入りいねーもんなー!」
「ハーイ。新入りのナミよ。よろしく」
ナミが手を上げて言って、子供たちに声をかけた。
「みんな、早く病気治してお父さんやお母さんに会いたいよね。このお兄さんはね、すっごく腕のいいお医者さんなんだよ。だからちょっとだけ、みんなを診察させてもらっていいかな?」
「うん!早くお父さんとお母さんに会いたいよ...!」
「お兄さん本当にお医者さんなの〜?」
「顔がこわいよ〜!」
子供たちが口々に言うのに、ローは黙って唾液、血液を採取して行く。
能力があれば、痛みを感じさせることもなく採取が可能だった。
「ちょっとちょっと、マスターの許可もなくこんな所で何を...」
ローの姿を見つけて、ガスマスクを着けた人間がやって来た。
「ここには近寄らない約束でしょう。マスターに報告しなけりゃ...」
「あら。そうだったの?ごめんなさい。」
ローに詰め寄るガスマスクに、ナミが後ろからひょこっと現れて言った。
しなを作って、演技がかっている。
「私のせいなの。ここに迷い込んでしまって...マスターの手を煩わせるような事でもないのよ。でも、あなたのように所内を良く知ってる人に会えて良かったわ。食堂はどこかしら。お腹がペコペコなの。」
「あっ、ああ、それなら...」
追求をかわして子供部屋を後にした。
ローの部屋に戻ってサンプルを検査する。
「どう?」
結果が出たようなのでナミは聞いた。
床に座って試料を広げていたローは、眉根に深い溝を刻んだ。
「いい報告じゃないぞ。」
悪趣味な。
まだ年端もいかぬ子供に。
「覚醒剤だ。慢性的な中毒にして、ここから離れられないようにしてる。」
「!?...今、何て....」
なんて酷いことを。
ナミは座っていたソファの端をぎゅっと握る。
「あの巨体もおそらく、実験されている。」
「じゃあ大きい子とそうでない子がいたのは」
「多分実験に曝露された時間だろうな。」
「...やっぱり誘拐して来てるんだわ。」
ナミは拳を握った。
許せない。
非人道的で、倫理観の欠片もない。
こんなことは、絶対に許されない。
「マスターは科学者シーザー・クラウン。ジョーカーと繋がってるのよね。」
ナミが低く言うので、その強い目を、試験管を弄いながらローが見上げた。
「......お前、何故それを」
「私だって海賊だもん。色々あるわよ。うちの船長は、そう言うことは一切預かり知らないけど。だから情報戦は私の役目なの。」
「面白い。...どこまで知ってる?」
ローが笑うので、ナミは男の帽子のツバを手で掴んで押し上げ、顔を覗き込んだ。
「私にあなたを信用させて。危険があるのに、手の内を晒す真似はしないわ。」
「お前の船長が来たら、同盟を持ち掛けようとしているくらいには、こちらはお前らを買ってるんだがな。」
「...なるほど」
新聞ではキッドたちの同盟が結ばれるのではないかと騒がれている。
その類か。
最初から敵意がなかったのも、その意図があったのだ。
「ーー早く仲間に会わなくちゃ。子供たちを助けるにしても、船がなきゃなんにもできないわ。」
「助ける?正気か。」
「見て見ぬふりできるの?騙されて連れて来られた子供に、覚醒剤を投与してる。シーザーがどんな奴か知らないけど、ルフィにギッタンギッタンの無茶苦茶に、ぶっ飛ばされればいいのよ。
そしてあんたは、子供たちの体内から覚醒剤を取り除く。わかった?
その代わり、うちとの同盟は滞りなく締結できるように、私がしてあげる。ルフィに同盟だの何だの説明するのは骨よ。理解しないから。そこは私が請け負う。」
ナミは靴の紐を縛りなおしながら言った。
「私は子供たちの所に行くわ。あんたはサンプルの残りを検査して、一人一人完璧に治せるように治療する算段を立てて。じゃあね。」
そう言うと、ナミはパタンと扉を閉じて行ってしまった。
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