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□人魚姫11
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人魚姫11











ナミは子供部屋に行く道すがら、研究所内だと言うのに、あまりの寒さに自分の体を抱きしめた。

外ではないのに、吹雪いている。
吹雪は自分の目の前で形になって、鳥の、いや女のシルエットになった。

「うふふ...首尾はどう?ローから盗めそうかしら。色々と。」

「目算してるわ。まだ数日は必要だけど。」

ナミは少しドキドキしながら、自分の意図を悟られないように言った。

モネは、子供たちに何かを与えていた。
中毒症状、とも。

わかって覚醒剤を与えている。確信犯だ。
許し難い行為だ。

そう...と一言呟いて、モネは雪になった。

「また進捗は聞かせてもらうわ。あなたが失敗したら、あなたを消すのは私の役目よ。」



吹雪が去った廊下をナミは歩く。
足が重かった。
モネの言葉はそれはそれで喉元に刃を突きつけられた気がしたが、ナミが思うのは。


ドフラミンゴ。

ジョーカーとしてシーザーと繋がり、モネを潜り込ませて監視し、資金さえ提供している。
子供を使った、非道な実験を許している。

許せない。

許せない、のに。

どこかで、あの優しい素顔の人が、そんなことをする筈がないと思う自分がいる。

そんなことをする人間を許せないのに、そうであって欲しくないと自分の中で齟齬が生じている。

事実だけを見れば、もう自分は自分の倫理でもって、ドフラミンゴに与することなんてできないのに。

こんな自分は嫌だ。

ドフラミンゴが善人であって欲しいと思ってしまった。

酷いことができる人なのに、惨いことをそう思わない人なのに。

ナミは両手で顔を覆う。

まさか、私はあの男が好きだったのだろうか。
その事実が心をズタズタにした。
こんなことができる人を、好きになりたくなんてない。

好きになんてなりたくないのに。








子供部屋へ着くと、みんなが歓迎してくれた。
彼らは娯楽や勉学にすら飢えており、実際に雲や霧を出して科学の授業をしてやると、目を輝かせて話を聞いていた。

「あっ、医者のお兄ちゃんも来たの?」

「わーい!またバラバラやって〜!」

ナミの様子をじっと見ていたローも子供たちに見つかって、輪の中に引き入れられていた。

仏頂面なのに、嫌と言わない。
子供と接することも苦手そうなのに、治療をしてくれている。

ローはきっと善人だ。

ナミは貼られた絆創膏に服の上から触れた。

行き倒れを拾ってくれた。治療をした。私に手を出さなかった。

子供たちの話を聞いていると、キャンディが怪しいと言うので、それは食べたふりをして隠すようにと指示した。
体からローが覚醒剤を取り除いたと言うので、中毒症状も出ないだろう。

でも、きっとこれでは足が着いてしまう。
ナミはある決心をしていた。






ローと部屋に戻った。
もう夜だ。
外は吹雪いていると言うが、研究所から出たことのないナミは外の気候にピンと来ない。

ナミは後手にドアの鍵を閉めると、胸元から錠を出してローをソファに押し倒した。

突然のことにローは目を白黒させたが、その鎖に力を奪われる。
海楼石の錠だった。

「なっ....!?」

「油断した?能力者は脆いわね。この研究所、至る所に錠があったけど、普通の鎖と、海楼石の鎖、酷似した錠がわからないように入れ替えられていたわ。入れ替えた海楼石の方はどこにあったと思う?」

ナミは鎖で動けないローに馬乗りになった。
仰向けに寝転ぶ男を組み敷いて、横に資料をドサリと置く。

「これはSADの製造資料ね。同じ所に隠してあった。」

ベガパンクと言う人物の名前を、ウォーターセブンで耳にしたことがある。
モチャと会った、あの使われなくなった研究室にはベガパンクの文字が。
ここは政府の研究室だったのだ。
それが今や、非合法の実験の巣窟となっている。

地下へ続くダストボックスの中に吊り下げられていた資料と鎖を、ナミの細腕で引き上げるのは苦心した。

「...何が狙いだ。」

「あんたを信用することにしたの。話を聞いて。」

ナミは話声が外に聞こえないように声を落とし、馬乗りのまま体を屈めてローの耳元で囁いた。

「モネはジョーカーと繋がってる。あんたの行動はジョーカーにバレてる。」

「何...!?」

「私はあんたからSADの設計図を盗んで来いと言われて、ドフラミンゴにここに送られたの。監禁されてた私はチャンスだと思ったわ。私の目的は仲間の元に帰ること。目的が達成されるなら、あんたに付こうがジョーカーに付こうがどっちでもいいの。それで、あんたを選んだ。」

子供たちへの対応を見て、信頼できると思った。
愛想のない顔で面倒そうにするのに、子供たちをぞんざいには扱わない。私に危害を加えない。
信頼できる。
ジョーカーに比べれば、それはもう格段に。

「私を信用するなら、この鎖を解くわ。そうじゃないなら、この資料とあんたをドフラミンゴに突き出すだけ。どうする?」

「脅迫じゃねぇか」

「私はあんた自身を盗むようにも言われてんのよ。従順にして不老手術をさせたいんだって。心を盗めだなんて、どこのハーレクインかしら。私にもなびかなさそうなあんたをどうこうするのは時間の無駄だわ。私は早く、仲間の元に帰りたいの。」

「...それは見当違いじゃないのか。」

言葉の意味がわからず、ナミは顎をツンと上げて男を見下した。
片眉だけを吊り上げるのは、魔女と呼ばれていた時の癖だ。

「もう少し下に座ってくれれば、今にもなびきそうだが。」

「こういうプレイがお好み?」

「もう落ちそうだ。」

この女に。

ーー面白い。
この女は賢く、善人で思慮深い。

男にはやすやすと触れさせない冷たい顔をするのに、子供には温かい愛情で接する。

目的の為に手段を選ばない所も好感が持てる。

自分もそうだからだ。

「何故海楼石との違いがわかった。お前は能力者じゃないだろう。」

「触わるとなんとなくわかる気がするの。設計図と一緒に隠してあったから確信したわ。」

ナミはローの上から退いて、鎖を解いた。
ローは残念そうに自分の手首を摩る。

「さあ、秘密を話した私を信用したかしら。」

「ああ、もちろんだ。おれの秘密も話そう。」


そう言うと、ローはナミの手を強く引いて、よろめいた体を自分の胸に押し付けた。










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